氏家(1994)による〔『石油地質学概論−第二版−』(1-6p)から〕


1章 石油の正体
 “石油”といわれて、まず皆さんの頭に浮かぶのは何であろうか。自動車のガソリン、それともストーブの灯油であろうか。ガソリン・灯油・軽油などとよばれる“石油”は、正式には“石油製品”という。地下からくみ上げた石油を、工場で人為的に精製した商品である。
 天然に存在する“石油”、すなわち人間が全く手を加えていない石油は、もっともっと複雑な物質である。
 1章では、“石油とは何か(定義)”を中心に、その成分や性質について説明する。また、化石燃料として一括される石炭や天然ガスと石油との関係についても、あとで触れる。

1-1 石油の定義
 地質学で“石油”という単語を使うときには、一般に工業的に精製された油(refined oil)は除外されており、厳密には“原油(crude oil)”を意味する。“原油”とは“天然に産出して、地表条件では液状をなす炭化水素類の混合体”と定義されている。しかし、英語で一般に石油を表わす“petroleum”という単語の内容には、液体の油(oil)、気体の天然ガス(natural gas)、および固体の炭化水素類がすべて含められている。日本でも石油関係者は、同様の意味で“石油”という単語を使うことが普通である。
 本書でも、とくに区別する必要がある場合以外には、液体に気体と固体を含めた炭化水素類全部に対して、“石油”という単語を用いる。
 さらに、“石油”という単語は、次のような意味で使われることもあるので、注意しなければならない。“石油鉱床(油田、ガス田)”のことを単に“石油”とよぶ場合で、たとえば“石油の形成”というときには、“石油鉱床の形成”を意味することが多い。また、“石油に類似した物質”のことも、単に“石油”とか“石油炭化水素”とよぶこともある。“石油の移動”という場合が、これにあたる。
 このように、“石油”という単語には、内容のほかに使い方にも混乱がある。前後の文脈から、その意味を正しく判断しなければならない。

1-2 石油の成分と性質
 石油の成分を化合物として分類すると、表1-1のようになる。石油はきわめて多種類の化合物の混合体であり、しかも均一の組成をもったものではない。石油成分の完全な分析は、たった1つの原油試料についても、いまだかつておこなわれたことはない。おそらく1,000種以上の化合物から構成されているであろう。
表1-1 石油の成分

石油
炭化水素 パラフィン系(アルカン) 飽和鎖状化合物
ナフテン系(シクロパラフィン) 飽和環状化合物
芳香族 ベンゼン環をもつ環状化合物
オレフィン系 不飽和鎖状化合物(原油中には稀な存在)
非炭化水素 アスファルト S・N・Oなどを含む複雑な化合物
その他

 米国石油協会(American Petroleum Institute)は“Research Project 6”としてオクラホマ州Ponca City原油の成分分析をおこなった。また、Smithは世界各地の代表的な21個の原油の成分分析をおこなった。それらの分析は完全ではないが、石油成分の大部分は炭化水素(hydrocarbon;図1-1:略)であることが判明した。
 現在までに、350種以上の炭化水素が同定されているが、それらのほとんどは炭素数が15個以下の分子である。また、量的には少ないが、非炭化水素化合物(図1-2:略)も原油中から発見されており、200種以上の硫黄化合物、50種以上の窒素化合物、70種近い酸素化合物が同定されている。
 フランス石油研究所(Institut Francais du Petrole)の分析によれば、636個の原油の分析値を平均すると、原油は飽和炭化水素(パラフィン系+ナフテン系)53.3重量%、芳香族炭化水素28.2%、非炭化水素化合物18.5%から構成されている。
 石油全体の元素組成をしらべると、表1-2のような結果となり、炭素と水素で石油の80〜90%以上が構成されている。
表1-2 石油類の元素組成(重量パーセント)
元素 原油 アスファルト 天然ガス
炭素 82.2-87.1 80-85 65-80
水素 11.7-14.7 8.5-11 1-25
硫黄 0.1-5.5 2-8 微量-0.2
窒素 0.1-1.5 0-2 1-15
酸素 0.1-4.5

 石油の比重は、一般的には0.75〜0.95であるが、アスファルト分を多く含むオイルサンドなでは、1.0を超える重い石油も存在する。
 比重により原油は、軽質原油(light crude oil)・中質原油(middle crude oil)・重質原油(heavy crude oil)・特重質原油(specially heavy crude oil)に分類される(表1-3)。
表1-3 比重による原油の分類
  日本国内の分類 国際的分類
軽質原油 比重0.830未満 34゚API以上
中質原油 0.904未満 30゚API以上
重質原油 0.966未満 30゚API未満
特重質原油 0.966以上


 国際的には、原油の比重はAPI度(API gravity)で示すことが多い。API度は次式により求められる。
 API度=(141.5/G)−131.5
ここでGは60゚F(15.6゚C)における原油の質量と、それと同体積の60゚Fにおける水の質量との比を示す。
 原油の粘度(viscosity)は比重と関係し、比重の小さなものは、粘度も小さい。また、同一の原油では、温度の上昇にともない、粘度は低下する。圧力の上昇では、粘度も増加する。天然ガスの場合には、粘度は温度とともに増加するが、高圧下では逆に温度上昇により低下する。
 石油の発熱量は、原油で1l(リットル)当たり9,600〜12,000kcalといわれており、平均で10,000kcalとされている。また、天然ガスでは、1m^3当たり平均で10,000kcalとされている。したがって、発熱量から考えれば、天然ガス1m^3は原油1lに匹敵する。
 そのほかの主な石油の性質としては、蛍光性と旋光性がある。これらは光に対する石油の物理的性質である。
 石油の性状は、産地・年代に千差万別であり、100種類の石油があれば、100種類の性質を示す。

1-3 化石燃料
 地質時代の生物の遺体が、地層とともに埋積され、現在まで残存しているものを、化石とよぶ。化石のうちでも、そのままの状態でエネルギー資源として利用できるものを、化石燃料(fossil fuel)または有機燃料(organic fuel)とよんでいる。
 化石燃料には、石油・天然ガス・石炭(coal)があり、それらはさらにその成分などから表1-4のように細分されている。この表からみると、植物に由来する石炭と、石油とは全く別の燃料のように考えられる。しかし、実は両者の中間的な性質をもつものも存在する。水中植物に由来し、炭化水素類から主に構成されるボッグヘッド炭(boghead coal)がそれである。表1-4の分類は人為的なものであり、ボッグヘッド炭のように、石油と石炭、石炭と天然ガス、天然ガスと石油の各中間的な燃料も実際には存在する。』