清水(2000)による〔『燃料電池とは何か』(40-44p)から〕


3 燃料電池の基本原理
 電子の出入りで発電

 燃料電池の原理を説明するときに「水の電気分解」が例に出される。電気エネルギーを使って水を水素と酸素に分離したが、燃料電池の反応は水の電気分解と全く逆に水素と酸素を合成させ電気を発生させると、よくいわれている。
 しかし、正確にいえば、水の電気分解と燃料電池とは同じではない。専門家の間でも「水の電気分解の逆の反応」という表現は控えた方がいいという意見も多い。それではいったいどんな仕組みで、PEMは水素から電気を取り出すことができるのだろうか。あるいは、どんなメカニズムで水素と酸素が結合し電気を生成するのだろうか。
 燃料電池は、水素と酸素との電気化学反応により化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換する新しい発電システムであり、水素と酸素が供給されている限り発電が継続される。一般的な燃料電池の発電の仕組みは、陰極(水素極)に水素(H2)を送り込むと、水素は触媒の作用で水素イオン(陽子あるいはプロトンともいう)(H+)に変わり、電子(e-)を放出。この電子e-が陽極(空気極)に向って外部の回路を流れる際に直流電流が発生するというメカニズムだ。
 水素イオンは電解質(イオンの電導物質)の中を移動して陽極に至り、酸素と、外部回路を経由して届いた電子(e-)と結びついて、その結果副成物としての水(H2O)が生成される。このようにして水素と酸素はまるで七夕の伝説に出てくるように出合う。
燃料電池の化学式
H2 + 1/2O2 → H2O + 電気

燃料極   H2 → 2H+ + 2e-

空気極   1/2O2 + 2H+ + 2e- →H2O

 このようにイオンを透過する電解質の種類によって燃料電池の種類が分類される。

 PEMの秘密はポリマー膜
 さて、PEMのメカニズムに話を戻すことにしよう。PEMはプロトン・エクスチェンジ・メンブレン(陽子交換膜)の略であり、「陽子を交換する膜」という意味である。その膜はとても薄い固体高分子でできており、ふたつの電極がこの膜を挟んだ状態で1組のセルができている。1組のセルで発電できる電圧はバラード社の燃料電池で約0.7ボルト。このセルを数百枚束ねることで自動車が動ける電力となるのだ。
 それでは水素イオン(電子を失った状態なので電気的にはプラスの性質)がどうやってポリマーの膜を透過するのだろうか。ポリマー膜を通過しなければ水素イオンは酸素イオンと出合うことができないので、電気は作れない。PEM型燃料電池の秘密はどうやらポリマーの膜の中にありそうな感じだ。
 この反応を成功させるには、無事に水素イオンが酸素イオンの待っている陽極までたどり着く必要があるのだ。この道は近くて遠い。膜の厚さはわずか数ミリ程度(バラード社の場合)であるが、水素イオンが効率よく通過するには多くの困難が待っているのだ。
 固体高分子の内部ではプラスの電荷をもつ水素イオン(水素陽子)がどのようにして薄い高分子の膜を通り抜けるのだろうか。この膜は水素イオンの伝導率の高い物質が使われる。現在明らかにされている物質としてはフッ素を含む高分子、ナフィオンが有力である。
 この膜の中にあるマイナスの電荷をもつスルホ基(SO3-)が水素イオン+を引きつける役割を演じる。高分子膜の中では水をはじく領域と、水を吸収する親水性の領域が存在する。この水を吸収する領域ではスルホ基(SO3-)が水素イオンを引きつけ、御神輿のように水素イオンを通過させてゆくと考えられている。
 この水素イオンが通る通り道は電子顕微鏡で見ると、まるでトンネルのようにできている。この通り道は「水素イオン交換膜のクラスターモデル」と呼ばれており、その直径は約40オングストローム、水素原子の4倍くらいの大きさだ。
 こうして膜の反対側まで到達した水素イオンは、酸素分子と電子に出合うことができる。こうして電気を発生させ、さらに水を生成するのである。
 ポリマーの膜を挟むセパレーター板には数多くの細い幾何学的なパターン模様が掘られていて、ここを外部から供給された酸素と水素が通ることによって、反応が起こる。バラード社のものでは、パターンは1ミリ程の深さと幅をもち、まるで象形文字のように刻み込まれており、とてもなぞめいていた。』



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