安田(1995)による〔『地球の水圏−海洋と陸水』(41-44p)から〕


目次

3.海の水
(1)海水の性質

 太陽系の惑星の中で地球だけに液体の水が存在するが、地球上の水の大部分は海にある。海の水は淡水ではなく、海の形成過程において種々の化学成分が溶けこみ、無機電解質の水溶液となっている。ここでは、海水の基本的な性質である塩分と主要な化学組成について、また密度および大気、海洋を含む地球環境と関係の深い海水の熱力学的性質についてとりあげる。

 塩分と化学組成
 海水には塩化ナトリウムなどのいろいろな塩類(無機電解質)が溶けている。海水中の塩類の濃度を塩分とよび、千分率(‰・パーミル)で表される。外洋水の平均の塩分は約35‰であり、海水1kg中に約35gの塩類が溶けていることになる。海水の塩分は、海面からの水の蒸発や、海氷の形成などによる濃縮作用と、降水や淡水の流入、融氷などによる希釈作用のかねあいによって決まる。したがって、海水の塩分は場所によって異なる。河川から大量の淡水が流入している沿岸海域では塩分が低く、降水量よりも海面からの水の蒸発量の方が上まわっている海域では、塩分が高くなる。
 海水の塩分、つまり溶解している塩類の濃度は場所によって変わるが、その主要成分の存在比はほぼ一定であることがわかっている。表2-1に塩分35‰の海水に含まれる主要成分の組成を示す。これによれば、表に示した11種のイオンで全溶存成分の99.99%を占め、そのうちナトリウムと塩素で約86%、さらにマグネシウム、カルシウム、カリウムと硫酸イオンを加えた6成分で99%を超える。
表2-1 海水の主要成分の組成(塩分35‰)(堀部純男、坪田博行「海水の物理化学」『海洋科学基礎講座10 海水の化学』東海大学出版会、1970)
成分 濃度(g/kg) 重量百分率(%)

Cl-
Na+
SO42-
Mg2+
Ca2+
K+
HCO3-
Br-
Sr2+
B3+
F-

19.35
10.76
2.71
1.29
0.41
0.39
0.14
0.067
0.008
0.004
0.001
55.07
30.62
7.72
3.68
1.17
1.10
0.40
0.19
0.02
0.01
0.01
合計   99.99
 空間的に一定な海水中の主要化学成分の組成は、時間的にもほぼ定常状態にある。約46億年前の地球誕生の後、海水の形成とともに原始大気から溶けこみ、固体地球から溶出してきた海水の化学成分の組成は、生命の誕生した約38億年前には現在の海水の組成に近くなっており、少なくとも6億年くらい前から現在まで、海水の主要化学成分の組成はほとんど変化していないと推定されている。
 海水の塩分を測定する方法として、海水中の塩素イオン濃度を用いる方法がある。海水の主要化学成分の存在比が一定であり、塩素イオンが全体の約55%を占めていることを利用し、塩分を直接測定するかわりに、滴定により塩素イオン濃度を測定する。これを塩素量とよび千分率(‰)で表す。測定された塩素量Clから次式により塩分Sが計算される。
   S(‰)=1.80655 Cl(‰)
 ただし、この方法は最近はあまり用いられなくなり、それにかわって、海水の電気伝導度から塩分を求める方法がよく使われている。

 密度と熱力学的性質
 水は熱力学的にきわめて特異な性質をもっているが、密度に関しては、他の液体とくらべても、ごくふつうの値である。海水は、塩類が溶けているぶん、淡水よりも少し重くなる。たとえば、20℃、1気圧における純水の密度が0.99820g/cm3であるのに対し、おなじ条件下の塩分35‰の海水の密度は1.02478g/cm3である。また塩分の密度におよぼす影響のひとつとして、最大密度の温度の降下があげられる。純水の密度は1気圧下では3.98℃で最大になるが、塩分35‰の海水では-3.54℃で密度が最大となる。ところで水温や圧力の変化に対する密度の変化の割合は熱膨張率と圧縮率に関係するが、水の両者の値は水銀などの例外を除いて他の液体よりも小さい。また氷点付近の低温の場合を除いて、海水の値は両者とも純水の値に近い。したがって、海水は他の液体よりも温度や圧力の変化による密度の変化が小さいといえる。
 さらに水の特異な熱力学的性質についてみると、まず凝固点(氷点)と沸点が高いことである。水は同じ第六属元素の水素化合物の系列(H2Te、H2Se、H2S、H2O)の中で、凝固点、沸点ともに異常に高いのである。もし水の凝固点や沸点が他の第六属元素の水素化合物と同様に低ければ、地球表面には現在のような海や湖、川、また極域や高地の海氷や大陸氷、氷河も存在しなかったであろう。海水では塩分の効果により、わずかに凝固点が降下し、沸点が上昇する。
 水の比熱と潜熱も特異な値を示す。水の比熱は液体アンモニアを除いたすべての液体と固体のなかで最大であり、また融解熱はアンモニアを除いて最大、気化熱はすべての物質のなかで最大である。比熱や気化熱は,純水と海水とではそれほど大きな違いはない。海水の氷の融解熱については(3)項を参照されたい。熱伝導率も、水は水銀以外の液体の中でもっとも大きい。海水の熱伝導率も、純水よりわずかに小さいだけである。しかし、熱伝導がよくても比熱が大きいので、温度はあまり変化しない。実際の海洋では、熱輸送の大半は熱伝導ではなく、海水の乱れによるうず拡散によっておこなわれる。
 水の大きな比熱により、海は大気や陸地にくらべて大きな熱容量をもち、暖まりにくく冷めにくい。そのため、海は地球表面の温度変化を抑えるはたらきをし、温暖で気温の日較差の小さい海洋性気候をもたらす。また熱帯海域の表層に太陽放射による大量の熱をたくわえ、海洋の水循環を通じて高緯度海域に輸送して、高、低緯度地方のあいだの温度差を小さくするはたらきもある。さらに、大きな融解熱は水を凍りにくく、また氷を融けにくくしており、これによって高緯度地方の海水と大気の温度を氷点(凝固点)付近に保ち、変化を抑えるはたらきをする。このとき、塩分による氷点の降下と、それを上まわる最大密度の温度の降下は、さらに海水を凍りにくくし、海洋表層の冷却を促進する((3)項参照)。
 一方、気化熱が大きいことは、海水の蒸発にともなって海洋と大気とのあいだの熱の輸送量を大きくし、水の熱容量が大きいこととあいまって、大気と海洋間の大規模な相互作用を促進して、地球規模の気候変動に重要な役割を果たしている。』



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