北野(1992)による〔『化学の目でみる 地球の環境−空・水・土−』(66-73p)から〕


目次

5.1 大気の起源
 (1) 再び太陽系の材料物質−元素の宇宙存在度

 3.2節の(1)項で、10kmほどの微惑星の衝突によって地球が形成されたと概述した。今、惑星空間から直径10kmほどの隕石が地球に衝突したとすると、そのとき出るエネルギーは、現在アメリカと旧ソ連が保有している核爆弾の数千倍ほどになるであろうといわれる。
 太陽の材料物質は、太陽大気とC・1コンドライト隕石を使って推定されたことについても、3.2節の(1)項で述べた。宇宙の元素存在度は、原子核の安定な原子、すなわち生成されやすい原子ほどたくさん存在することも、そこで述べた。ともあれ、元素の宇宙存在度は第3章の表3.3をごらん頂きたい。
 なお、ここでちょっと突然のようだが、太陽、地殻および海水中の元素存在度も表5.1(略)として示しておくことにする。化学像を知る手がかりになろう。

 (2) 希ガスからみた原始大気の起源−一次原始大気と二次原始大気
 本章の5.1節の(1)項で述べた宇宙存在度そのもの元素から、地球すなわち個体地球、大気、水圏、生物圏ができたとまずは考えられる。ここで、希ガスに注目したい。
 原子核の中に存在する陽子の数だけの電子が原子核をとりまいていることは、既に2.2および2.3節で詳述した通りである。希ガスはその最外殻の電子が2個(Heの場合)または8個で、最も安定したものであり、一般的にいうと、他の元素と反応したり結合することはない。単体の気体として存在する元素群である。だから希ガス元素は、岩石中でも他の元素と結合することもなく、そのかなりの部分は気体の形で大気中に存在するものと考えられる。実は、観測で求められる現地球大気中に含まれる希ガスの総量は、宇宙存在度の元素組成からみると、極端に小さいのである。
 絶対量の比較はできないので、Si(ケイ素)を10^6個としたときの希ガス元素の宇宙存在度からみた太陽系における存在量と、現地球大気のそれとを比較すると、図5.1(略)に示すようになり、地球大気では一番重い希ガスのXe(キセノン)でも、太陽系の存在量の約100万分の1、軽いNe(ネオン)では、なんと100億分の1ほどしかないことが明らかにされた。太陽系材料物質そのものから地球ができたと考えると、現地球大気中の希ガスの量を100万分の1とか100億分の1に減らす何らかの過程を考えなければならない。反応性の極端に小さい希ガスであるので、地球内部の岩石中に閉じこめられるとは思えないし、キセノンのように重い希ガスが地球重力圏外に逃失するとは思えない。ここで、太陽や隕石から求められた元素の宇宙存在度の太陽系の揮発性物質を、一次原始大気と呼ぶことにする。
 希ガスの以上述べた現状を考えると、地球の事実上の大気、水圏、生物圏の材料物質である揮発性物質としては、一次原始大気とは違う、希ガス含有量などの大変小さい原始大気を考えざるをえない。それには、地球形成時の初期に一次原始大気は地球の重力圏外に吹きとばされてしまい、そのあと二次的に固体地球の内部から出てきた希ガスの少ない揮発性成分が現地球の大気、水圏および生物圏の材料物質である、事実上の地球の揮発性物質であると考えざるをえないことになる。これを二次原始大気と呼ぶ。
 一次原始大気を、地球形成時に地球の重力圏外に吹きとばしてしまったような強烈な風が、太陽からやってきたと宇宙物理学者は想像している。この話をまとめてみると、次のようになる。
 微惑星の衝突を通して地球が形成された初期の頃、強い太陽風でその頃存在していた一次原始大気は地球の重力圏外に逃失してしまった。そのあと固体の地球内部から揮発性成分が、地球表層に二次的に脱ガスしてきて、これが事実上の現地球の大気や海洋、生物体などの材料となった。これを二次原始大気と呼んでいる。
 一次原始大気が、地球の重力圏外に逃失してしまったと考えざるをえない背景としては、次のような事情もある。もっとも始原的な物質は、3.2節の(1)項で既に述べたように、C・1コンドライト隕石である。
 今、そのC・1コンドライト隕石から固体地球を作るとしよう。そもそも同隕石は、多量の揮発性物質を含んでいるので、それから現固体地球を作ろうとすると、表5.2に示すような多量の揮発性物質が存在することになる。その量は、観測を通して知られている現地球に存在する揮発性物質の総量に比べて、表5.2からわかるように、驚くほど大きすぎる。C・1コンドライト隕石から予想される揮発性物質は、すなわち一次原始大気のほとんど全ては、地球外に逃失させねばならないことになってしまう。
表5.2 揮発性物質の残存率
地球の質量 6×10^27 g
C・1コンドライト 10×10^27 g

(差)
4×10^27 g
地球の揮発性物質 2.5×10^24 g
故に揮発性物質の残存率

2.5×10^24×100/4×10^27
=0.06 (%)



 (3) 二次原始大気の登場
 地球の原始大気は、実際には二次原始大気であると考えられる。二次原始大気については、次の2つのことが問題となる。
 1つは二次原始大気の地球内部からの脱ガス速度であり、2つ目はその化学像である。まず初めに、脱ガス速度について論述することにしよう。
 典型的な場合としては、図5.2(略)に示すような3通りが予想される。いずれにしても、地球の揮発性物質は二次的に地球から脱ガスしたものと考える。1つは地球形成の初めに脱ガスしつくしてしまい、初めから地球大気に存在し、その後の脱ガスはほとんど無視できる、図5.2の(a)の場合である。2つ目は徐々に脱ガスした場合で、徐々にその量が地球表層で増加する(b)の場合、そして3つ目は現在に近い時期に脱ガスした(c)の場合である。
 既に第3章3.2節の(1)項で述べた地球形成のシナリオによると、地球は微惑星の衝突ででき、その衝突で地球表面は溶けてマグマの海(magma ocean)の状態にあったということになる。そうだとすると、脱ガスは地球形成の初期に起こってしまった(a)の場合が考えられる。この考えは、例えば現地球大気中では希ガスの1つであるアルゴン(Ar)の安定同位元素の40Ar(注:40は質量数)が多いことでも支持される。40Arは地殻岩石中に含まれる40K(放射性同位元素、半減期12.5億年)が崩壊して生成され、これが脱ガスして大気に供給されたものである。というのは、次のような事情によっている。
 大気中には、Arの安定同位元素である40Arの他に36Arも存在している。現地球大気中では40Ar/36Ar(存在比)=290である。そもそも原子核のできやすさは40Ar/36Ar=10^(-4)であるので、原始大気中には40Arはほとんど存在しなかったはずである。それなのに、現地球大気では40Arは36Arの290倍も含まれているのが事実である。それは先述したように、岩石中の40Kから生じた40Arが脱ガスして大気に供給されたからである。固体地球ができてから45億年立っている。岩石中の40Kの含有量も半減期もわかっている。もし40Arの脱ガスが比較的近年に起こったとしたら、40Ar/36Arの大気中の値は大変大きくなるはずであり、その比が290であるためには、地球形成後の5億年ほどの間にArの大気中への脱ガスは起きてしまい、その後の脱ガスは無視してもよいという結論になる。Arの脱ガスの仕方と他の揮発性成分のそれとは、高温下では基本的には似ていると考えられるので、揮発性成分の脱ガスは地球形成の初めの頃に起こってしまったと考えるのが妥当であるということになる。
 また、こういうことも検討された。地球内部から水を初めとする揮発性物質が今でもかなりの量、脱ガスし続けているとすると、その出てくる場所は火山であろうと思われる。火山から大気に出てくる水蒸気(H2O)の水素と酸素のそれぞれの安定同位元素比の2H/1H、および18O/16Oを観測した結果、詳しい説明ははぶくが、火山の噴気水蒸気は、降水が滲みこんで熱せられ、水蒸気となって出てきているだけで、地球内部から初めて大気に出てくる処女水ではないと推論される。つまり、火山噴気孔から出ている揮発性物質には、初めて大気に地球内部から脱ガスする水蒸気は、ほとんど含まれていないというのである。
 これらの説明からも、地球の大気、水圏、生物の材料物質である揮発性物質の二次原始大気は、地球形成の初めの頃に既に出つくしてしまったと考えられることになる。

 (4) 二次原始大気の化学像
 二次原始大気の化学像を論ずるには、まず現地球上に存在する物質の中で、熱すれば何らかの形で気体になりやすい物質を観測を通して拾い出すことから始める。その結果は、表5.3のようになる。
表5.3 地球表層に存在する揮発性物質の量(単位:10^20g)
H2O 16,300
C(CO2として) 2,000
S 25
N 45
Cl 330
Ar,F,H,B,Brなど 10

(北野 康、1990)


 ただ、水素ガス(H2、分子量2)やヘリウム(He、原子量4)のように軽い気体は、地球の重力に基づく引力が小さすぎて、これらを地球大気中に保持し、留めておくことはできず、惑星間空間に逃失させてしまったので、現地球から拾い出すことはできない。しかし、二次原始大気に本来含まれてはいたが、逃失してしまったH2の量は、特に次の理由で推定しておく必要がでてくる。
 例えば炭素(C)についていうと、炭素の化合物のCH4(メタン)、CO(一酸化炭素)、CO2(二酸化炭素)は、いずれも気体である。二次原始大気中で、炭素が上記のうちのどの形で存在していたかは、大変重要な問題となる。そのいずれの形かは、二次原始大気中のH2(水素ガス)の量によって決まる。すなわち、H2の量が大きいとCH4の形となり、小さいとCO2の形で存在することになるからである。
 窒素(N)の場合は、大気中のH2の量が大きいとNH3(アンモニアガス)で、小さいとN2(窒素ガス)であり、また硫黄(S)では、H2の量が大きいとH2S(硫化水素ガス)で、小さいとSO2とかSO3になる。元素の存在形で、化学反応は全く違ってくることはご存じであろう。だから、元素の化学形を知ることが要求され、そのためには二次原始大気中の水素ガスの濃度の推定が要求されるのである。
 さて、次の話の経過、つまり論理の組みたてはあまりにも専門的になりすぎるので、詳しいことは述べず、筋だけをここでは記すことにする。
 二次原始大気中のH2の量の推定には、まずケイ酸塩鉱物の平衡関係から酸素ガス(O2)の量、すなわち酸素ガスの分圧を推定する。それは可能である。次にその値を使って、水蒸気の解離平衡関係から〔H2〕/〔H2O〕の比を計算することにする。次の平衡関係のK(定数)は、実験室内で求められる値である。
 すなわち
   H2O=H2+1/2O2
   〔H2〕・〔O2〕^(1/2)/〔H2O〕=K(定数)
 先述したように、〔O2〕の値をケイ酸塩鉱物の平衡関係から推定し、この推定値を上式に入れると、Kの値はわかっているので、〔H2〕/〔H2O〕の値がわかることになる。この場合の酸素ガスの分圧は誠に小さく、10^(-9)気圧くらいの値となり、大気中に酸素ガスは極端に少量しか存在しないのである。さて、水蒸気の分圧〔H2O〕の値は、現在の地球に分布する氷を含めた水の総量から推定できるので、結局〔H2〕の値はわかる。
 〔H2〕の値がわかると上記した炭素、窒素、硫黄などの存在形、すなわち化学形が定量的に推定できる。以上のようにして推定される〔H2〕の量と、表5.3を用いて二次原始大気の化学像と量を推定すると、表5.4に示すようになる。
表5.4 (二次)原始地球大気の化学像(単位10^20g)
水蒸気(H2O) 16,300
二酸化炭素(CO2 2,000
塩素(HCl, CaCl2, MgCl2, NaCl, KCl, FeCl2,……として) 330
二酸化硫黄(SO2) 50
窒素(N2) 45
水素(H2) 40
酸素(O2) 0

(北野 康、1990)


 これが現地球の大気、海水を含めた天然水、生物体の実際上の材料物質である。この二次原始大気からどのような変遷を経て、現大気、海水ができ、生命が生まれたかについては、次項以下で論ずることにする。それは大気と海水の形成の歴史物語になる。』



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