『5.1 大気の起源
(1) 再び太陽系の材料物質−元素の宇宙存在度
3.2節の(1)項で、10kmほどの微惑星の衝突によって地球が形成されたと概述した。今、惑星空間から直径10kmほどの隕石が地球に衝突したとすると、そのとき出るエネルギーは、現在アメリカと旧ソ連が保有している核爆弾の数千倍ほどになるであろうといわれる。
太陽の材料物質は、太陽大気とC・1コンドライト隕石を使って推定されたことについても、3.2節の(1)項で述べた。宇宙の元素存在度は、原子核の安定な原子、すなわち生成されやすい原子ほどたくさん存在することも、そこで述べた。ともあれ、元素の宇宙存在度は第3章の表3.3をごらん頂きたい。
なお、ここでちょっと突然のようだが、太陽、地殻および海水中の元素存在度も表5.1(略)として示しておくことにする。化学像を知る手がかりになろう。
(2) 希ガスからみた原始大気の起源−一次原始大気と二次原始大気
本章の5.1節の(1)項で述べた宇宙存在度そのもの元素から、地球すなわち個体地球、大気、水圏、生物圏ができたとまずは考えられる。ここで、希ガスに注目したい。
原子核の中に存在する陽子の数だけの電子が原子核をとりまいていることは、既に2.2および2.3節で詳述した通りである。希ガスはその最外殻の電子が2個(Heの場合)または8個で、最も安定したものであり、一般的にいうと、他の元素と反応したり結合することはない。単体の気体として存在する元素群である。だから希ガス元素は、岩石中でも他の元素と結合することもなく、そのかなりの部分は気体の形で大気中に存在するものと考えられる。実は、観測で求められる現地球大気中に含まれる希ガスの総量は、宇宙存在度の元素組成からみると、極端に小さいのである。
絶対量の比較はできないので、Si(ケイ素)を10^6個としたときの希ガス元素の宇宙存在度からみた太陽系における存在量と、現地球大気のそれとを比較すると、図5.1(略)に示すようになり、地球大気では一番重い希ガスのXe(キセノン)でも、太陽系の存在量の約100万分の1、軽いNe(ネオン)では、なんと100億分の1ほどしかないことが明らかにされた。太陽系材料物質そのものから地球ができたと考えると、現地球大気中の希ガスの量を100万分の1とか100億分の1に減らす何らかの過程を考えなければならない。反応性の極端に小さい希ガスであるので、地球内部の岩石中に閉じこめられるとは思えないし、キセノンのように重い希ガスが地球重力圏外に逃失するとは思えない。ここで、太陽や隕石から求められた元素の宇宙存在度の太陽系の揮発性物質を、一次原始大気と呼ぶことにする。
希ガスの以上述べた現状を考えると、地球の事実上の大気、水圏、生物圏の材料物質である揮発性物質としては、一次原始大気とは違う、希ガス含有量などの大変小さい原始大気を考えざるをえない。それには、地球形成時の初期に一次原始大気は地球の重力圏外に吹きとばされてしまい、そのあと二次的に固体地球の内部から出てきた希ガスの少ない揮発性成分が現地球の大気、水圏および生物圏の材料物質である、事実上の地球の揮発性物質であると考えざるをえないことになる。これを二次原始大気と呼ぶ。
一次原始大気を、地球形成時に地球の重力圏外に吹きとばしてしまったような強烈な風が、太陽からやってきたと宇宙物理学者は想像している。この話をまとめてみると、次のようになる。
微惑星の衝突を通して地球が形成された初期の頃、強い太陽風でその頃存在していた一次原始大気は地球の重力圏外に逃失してしまった。そのあと固体の地球内部から揮発性成分が、地球表層に二次的に脱ガスしてきて、これが事実上の現地球の大気や海洋、生物体などの材料となった。これを二次原始大気と呼んでいる。
一次原始大気が、地球の重力圏外に逃失してしまったと考えざるをえない背景としては、次のような事情もある。もっとも始原的な物質は、3.2節の(1)項で既に述べたように、C・1コンドライト隕石である。
今、そのC・1コンドライト隕石から固体地球を作るとしよう。そもそも同隕石は、多量の揮発性物質を含んでいるので、それから現固体地球を作ろうとすると、表5.2に示すような多量の揮発性物質が存在することになる。その量は、観測を通して知られている現地球に存在する揮発性物質の総量に比べて、表5.2からわかるように、驚くほど大きすぎる。C・1コンドライト隕石から予想される揮発性物質は、すなわち一次原始大気のほとんど全ては、地球外に逃失させねばならないことになってしまう。
地球の質量 | 6×10^27 g |
C・1コンドライト | 10×10^27 g |
|
4×10^27 g |
地球の揮発性物質 | 2.5×10^24 g |
故に揮発性物質の残存率 |
2.5×10^24×100/4×10^27 |
H2O | 16,300 |
C(CO2として) | 2,000 |
S | 25 |
N | 45 |
Cl | 330 |
Ar,F,H,B,Brなど | 10 |
(北野 康、1990) |
水蒸気(H2O) | 16,300 |
二酸化炭素(CO2) | 2,000 |
塩素(HCl, CaCl2, MgCl2, NaCl, KCl, FeCl2,……として) | 330 |
二酸化硫黄(SO2) | 50 |
窒素(N2) | 45 |
水素(H2) | 40 |
酸素(O2) | 0 |
(北野 康、1990) |