井田(1988)による〔『図説地球科学』(2-7p)から〕


目次

−1− 地球の内部構造

 地震波の伝播と地球の構造

 地球の内部構造を探るための最も質のよい情報は、地震の観測から得られる。ある地点で地震が発生すると、そのまわりに地震波が伝播していく。地表におかれた各観測点には、震源からの距離に応じて、一定の時間後に地震波が到達する。様々な観測点における地震波の到達時間を、距離に対してプロットしたものが走時曲線である。図1.1(略)に、走時曲線の概要を、地球の内部構造と対比して示す。ここで、距離は、震源と観測点を地球の中心から見込む角度(各距離)で表わしている。地震波の伝わる速度は、深さの関数としてほぼ決まるので、球対称の地球を考える。地震波には、観測点に最初に到達するP波と、遅れて到達するS波があるが、ここには、P波の走時曲線をあげる。
 観測された走時曲線を用いて、地震波速度の深さ分布が計算できる。代表的な2つのモデルを図1.2(略)に示す。図1.1に示した走時曲線のとびと重なりは地震波速度の不連続な変化を反映している。このことから地震波速度は、どの深さでもなだらかに変化しているわけではなく、いくつかの不連続を含んでいることがわかる。これらの不連続面を境にして、地球内部は、4つの大きな区画、すなわち地殻、マントル、外核、内核に区分される。さらにA〜Gの7層に細分化することもできる。地球の内部構造を模式的に図1.3(略)に示す。

 内核と外核
 図1.2で、マントルの底、2900kmより深い部分では、S波のデータが欠けている。弾性論によれば、P波は縦波、S波は横波であり、S波は、媒質が固体の場合にだけ存在する。そこで、図1.2は、外核が液体であることを示している。外核は、硫黄やニッケルなどを少量含む鉄が融解してできたものと考えられている。この外核内部の流体運動で、地球の磁場を説明することもできる。いっぽう内核の方は外核とほぼ同じ成分をもつ固体であると考えられる。いいかえれば、地球内部の温度分布は、外核と内核の境で、融点と交差する。内核のS波速度は、外核の存在のために正確に決めるのが難しい。

 マントル
 地球の体積の80%以上は、マントルによってしめられている。マントルは、珪酸塩鉱物や金属の酸化物で構成されると考えられている。これらの物質の融点は鉄よりずっと高いので、マントルは、固体であって、S波が伝播する。ただし、マントル上部には、低融点成分がとけ出して、少量の溶解相ができている部分もある。それが寄せ集まって、火成活動のマグマの源にもなる。マントルは、地震波速度の急増するC層(遷移層)を境にして、B層(上部マントル)とD層(下部マントル)に分かれる。C層の速度の急増は、20゚不連続面とよばれる走時曲線の折れ曲がりと対応している。後に、図1.5(略)で示すように、この速度の急増は、密度の急増をともなっている。
 地表で採取される鉱物の内、マントルに存在すると思われるものに、カンラン石、輝石、ザクロ石などがある。そこで、マントルB層は、主として、このような鉱物から構成されていると考えられる。そこに含まれる主要な元素は、酸素、珪素、マグネシウムと鉄である。一方、室内実験により、カンラン石や輝石に高圧力をかけ加熱すると、ある圧力以上で密度の高い別の構造をもつ結晶に順番に変化していく。そこで、C層における地震波速度の急増は、このような相転移に対応しておこると考えられる(図8.1参照:略)。圧力をふやしていって、カンラン石や輝石が最終的にたどり着くのは、酸化物の結晶とペロブスカイト構造をもつ結晶の混合物である。したがって、これが、D層を構成する物質と考えられる。このようなマントルの物質構成は、図1.2の地震波速度の分布をうまく説明する。B層とD層の内部における速度の微増は、主として、圧力が増加するためにおこる。C層の速度が急増するのは、この圧力効果に、相変化の効果が重なるためである。

 地殻
 固体地球の一番外側を形成するのが地殻である。地殻の厚さ、地震波速度には、地域性があるので、図1.2には、地殻の速度はかきこまれていない。地殻とマントルの間には、地震波速度に段差があり、走時曲線の上でも明確な折れ曲がりができる。そこで、地殻とマントルの速度の不連続は、古くからモホロビチッチ面(略してモホ面)として知られていた。
 図1.4に示すように、地殻の構造は、大陸と海洋の間で画然とした差異をもつ。大陸地殻に対しては、代表的な厚さとして、30kmが仮定されることが多いが、それよりかなり厚い地殻も、かなり薄い地殻も存在する。大陸地殻の内部は、カコウ岩質の岩石からなる上層と、玄武岩質の岩石からなる下層で構成されると単純化できる。しかし、どこでも2層に分かれるとは限らず、さらに多層構造が考えられる場所もある。いっぽう海洋地殻の厚さは、大部分の地域で6〜7kmである。海洋地殻の内部には、玄武岩質の火成岩と堆積物とのちがいや、海水による変質の度合により、場所によって、明瞭な多層構造をとる。構成元素の立場から見ると、地殻は、マントルより、Siを多く含み、Ca、Al、アルカリ金属などが多く、代りに、Mgが少ない。

図1.4 大陸と海洋の地殻構造とP波速度
(‘地震・プレート・陸と海’、深尾、1985)。
(注:原図を表形式に変えたため、原図とは異なっている。)
構成物質の違いに対応して、地震波速度は、地殻とマントルの間で顕著な差をもつ。一方、地殻とマントル最上部(リッド)をまとめて、プレート運動の単位としてリソスフェアを考えることもできる。各層の厚さとP波速度は、むしろ概念的な値を示すもので、場所によっては、この値からかなりはずれることもある。
  大陸 海洋  

地殻


30km

大陸上部地殻
(6km/s)

     

海洋地殻
(7km/s)


7km

リソスフェア
(プレート)

大陸下部地殻
(7km/s)

マントル
(8km/s)



80km

マントル




120km


マントル
(8km/s)

低速度層
(7.8km/s)
 

アセノスフェア
 

低速度層
(7.8km/s)

(地殻とマントルの境はモホ面)

 密度と弾性定数
 地球内部の地震波速度の分布を用いて、密度や弾性定数を計算することができる。弾性論によれば、P波(縦波)とS波(横波)の伝播速度は、各々、次式で与えられる。
     Vp=[(Ks+4μ/3)/ρ]^(0.5)、   Vs=(μ/ρ)^(0.5)
ここで、ρは密度、Ksは体積弾性率、μは剛性率である。実際には、地震波速度の2つの観測量Vp、Vsだけからは、3つの未知量ρ、Ks、μは決まらない。それを決めるために必要なもう1つの関係式として、マントルのB層とD層や、外核、内核のように、同じ物質で構成されていると考えられる部分では、密度の増加が圧力の増加のために体積弾性率Ksに比例しておこるという関係式を用いる。C層のように、密度や速度の変化の原因が、単純に表現できない部分では、適当な内挿式で変化を表わしておいて、未定係数を、天体観測から得られる地球の全質量と慣性モーメントの値から決める(地球の諸定数は付録1の表をみよ)。このようにして求めた、ρ、Ks、μの分布を図1.5(略)に示す。重力gは、着目する深さより深い部分に含まれる全質量から、また、圧力pは、それより浅い部分に存在する全荷重から定まるので、いずれも密度の分布と関係している。これらは、ρ、Ks、μの計算の際に、いっしょに決まる物理量である。

 低速度層
 図1.2の地震波速度の分布で、グーテンベルグのモデルには、B層の上部に、速度がその上下より低い層がみられる。このような低速度層は、距離10゚付近に地震波の到達しないかげができ、走時曲線にとびが現われることから識別される。しかし、地震波のかげは、観測に含まれるノイズなどに邪魔されがちであり、必ずしも明瞭に認識されなかった。ジェフリースのモデルが低速度層を含まないのは、そのためであった。その後、地球の表面にそって伝わる表面波や、地球全体の自由振動について、観測や解析が可能になり、低速度層の存在が確認され、その詳細が明らかにされた。図1.6(略)は、S波の速度分布である。各地域には、いずれも低速度層が存在するが、それが始まる深さや、速度の減少の程度には、地域差があることが分る。
 プレートテクトニクスの中で、低速度層は重要な役割を与えられている。速度の低下は、温度の急増か部分融解(第2章参照)の発生のためにおこり、物質の流動しやすさと対応すると考えられる。したがって、低速度層は、その上部に横たわる硬いプレートを円滑にすべらせる潤滑層(アセノスフェアに対応する層)の役割を果たすと期待される。この意味で、低速度層が始まる深さは、プレートの厚さを定義するものとみなすことができる。図1.6にみられる速度分布の不均一は、プレートの厚さや、アセノスフェアの性質が、地域ごとに異なっていることを表わしている。地殻構造に地域差があることは前に述のべたが、水平方向の不均質は、実は、マントルにまで及んでいたのである。このようなマントルの不均質性は、マントル対流の様相を探る上で重要な手がかりになるので、最近の地震学の研究でも、最も重要なテーマのひとつになっている。

 電気伝導
 地震学的な観測から地球の弾性的な性質が決められるのと同様に、地磁気の観測から、地球内部の電気伝導度の分布を決めることができる。電離層や磁気圏で磁場の変動がおこると、地球内部に誘導電流が生じる。地表で観測される磁場は、誘導電流の原因となった外部磁場と、誘導電流の結果として現われる内部磁場に分離することが可能なので、この2つの磁場を比較して解析すると、地球内部の電気伝導を見積ることができる(図1.7:略)。地震波の観測に比べ分解能が悪いので、モデル間の差も大きいが、各モデルに共通した傾向もみられる。最もいちじるしい特徴は、深さ400km付近で、電気伝導度が急増することで、これは、C層における相転移と対応するものと考えられる。また、低速度層に対応して、高電気伝導度層が観測されることもあり、電気伝導度は、プレートやアセノスフェアの構造を決めるためにも利用されている。(井田喜明)』



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