鹿園(1992)による〔『地球システム科学入門』(45-48p)から〕


目次

2-4-2 地球における物質循環と流れ
 以上述べてきた以外の他のガスや物質の多くも、たとえば、河川水→海水→堆積物→マントル→地殻→陸→河川水というような循環(サーキュレーション)をしていると考えられる(図2-17:略)。こういう循環は地球の生成から何回も行われたと思われる。その移行速度は元素により異なり、サブシステムが異なるとそれぞれのサブシステム間の移行速度は異なる。またマントルよりも深部における物質循環もある。たとえば、外核においても対流が行われていると思われている。
 循環にはこのように大循環もあるが、より小さな循環もある。その例として大気の循環や海水循環があげられる。岩石のなかを海水、熱水や温泉水が循環することもある。マントル対流のような固体の循環もある。以上の流体の循環、固体内での流体の循環、および固体の循環、種々な地学現象に伴う物質移動はそれぞれで、その速度が異なっている(表2-15)。
表2-15 地殻、陸水、海水および大気の循環の速度(岩生周一・木村敏雄、1973:一般地質学、朝倉書店)
 

速     度

地殻
大洋底プレート 南太平洋の一例 4.5cm/年 n×10(0〜1)cm/年
アイスランド南方の一例 1.0cm/年
比較的速い部分の例 9.0cm/年

氷河 アルプスの例 50〜300m/年

n×10(3〜5)cm/年
中央グリーンランドの例 1.5km/年
地表水(河水) n×109cm/年
地下水 浅層〜中層 n×10(2〜8)cm/年
深層 n×101cm/年以下
海水 表層(メキシコ湾流の一例) 10〜20km/時 n×109cm/年
中層〜深層 北大西洋の一例
南大西洋の一例
5.7〜0.8cm/秒
4.3cm/秒
n×107cm/年
深層(海水の年齢より計算) 0.05cm/秒 n×106cm/年

大気
ジェット(気流) 40〜50m/秒 n×1011cm/年
貿易風   n×109cm/年
 それではこの対流や循環の発生条件はどういうものであろうか。流体を下から熱したときに対流が起き、これが安定であるためには、レイリー数(R)の値がある値より大きければよい。このレイリー数は、
     R=(αgH4β)/(κν)
と表せられる。ここで、α:流体の熱膨張係数、β:流体層の上の面と下の面の間の温度差を流体層の厚さHで割った温度勾配、g:重力の加速度、H:流体層の厚さ、κ:流体が熱を伝える伝えやすさを示す熱拡散率、ν:流体の動粘性係数である。このRの分母の項はすべて対流を起こさせる働きをもち、分子の項は逆の働きをもっている。このRが特定の値(臨界レイリー数)以上になると対流が起こり、物質は、あるシステム内で循環して流動をする。このように地球システムは流体としての性質をもち、対流し、循環することにより、絶えず相互作用を起こし、物質・熱移動を行っている。このように地球システムにおいては流れが物質・熱移動のメカニズムとして基本的に重要である。
 それでは次に流れのある場合(開放系)と、流れのない場合(閉鎖系)のリザーバー間の物質移動の違いをみてみよう。たとえば一定量の岩石とH2CO3を含む水溶液を箱の中に閉じ込める。そうすると岩石中のカルシウムとH2CO3が反応し、炭酸カルシウム(CaCO3)ができる(ただしH2CO3濃度が小さいと炭酸カルシウムは生成しない)。そしてある量のCaCO3が生成されたら反応が終わる。この際、水溶液のある量のCO2が岩石へ移行したことになる。次に岩石のところに次々とH2CO3を含む水溶液が流れてくる場合を考える。この場合は、二酸化炭素は次々と岩石へ付け加わり、炭酸カルシウムができていく。この場合の炭素の水溶液から岩石への移行率は閉鎖系に比べて大きい。このように水溶液が流れている場合と流れていない場合では移行率が大きく異なる。この流れには、層流状態と乱流状態があり、この違いでも移行率は変化する。以上は水溶液の流れであるが、地球ではこのほかの流れもある。たとえば、大気の流れ、海流、マントル対流などがあげられる。こういう流れによって固体−液体−気体間の反応が促進し物質と熱の移動が起こる。
 それではこれらの流れの速度は何によって決められるのであろうか。今、一成分iの流れのフラックスをJiとすると、
     Ji=LiXi
と一般的に表せられる。ここでXi:駆動力、Li:現象係数(たとえば、熱伝導係数、拡散係数)。この駆動力は、化学ポテンシャルの差(親和力)、温度差、圧力差、濃度差などである。この流れには熱伝導、拡散、流動、化学反応がある。ここで流れJiが2つ以上共存するときは、
     Ji=ΣLijXi
で表される。LijはLjiに等しく、これをオンサーガーの相反定理(干渉効果の相互性)という。
 流れは以上の物質・熱移動以外に地球におけるミクロからマクロまでさまざまな構造をもたらす点でも重要である。たとえば、雲の形はさまざまであり、大気では竜巻などがみられることがあり、海には渦巻がある。このような大気、水などの流体には顕著な構造がみられ、この構造は次々と新たに生れ、そして死滅していく。固体にも構造がある。たとえば、マントル対流などの構造はスケールが大きく、生成から消滅までの時間スケールが大きい。これらの構造はすべて流れと関係している。このように流れというのは地球システムの諸特徴を定める最も重要なものといっても過言ではない。構造がみられるということはシステムが不均一であることを表す。地球には不均一性がみられるということを述べてきたが、この不均一性は流れによって生じるといってもよい。
 地球システムにおいては、多くの物質は循環をしているが、地球内部から、地球外部へと一方向的に移動する物質もある。ヘリウムなどの希ガスの脱ガスはこの例である。このように物質移動には2つのやり方があるが、これは地球の進化とともに変化したと思われている。1方向的脱ガスは現在よりも地球表層部が高温であった地球生成時において大規模に行われたと思われている(6章)。その後は循環によって決められていると考えられている(6章)。こういう循環や運動(たとえば、プレート運動)が地球生成後どのくらい経ってはじまったのか、という問題は地球科学上第一級の問題であり、これについては6章で考えてみよう。』



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