井上正澄(2004):石油資源の将来−生産量推移・油田規模分布・究極資源量に関する考察−.石油技術協会誌、69(6)、679-691.
Abstract
1.はじめに−2つのベル型曲線
2.生産量推移とHubbert曲線
2.1 Hubbert曲線とは
2.2 石油生産量推移のモデル計算
3.油田規模分布
3.1 探鉱効率と油田規模分布
3.2 フラクタルとべき乗分布
3.3 油田規模は対数正規分布かべき乗分布か
3.4 既発見油田規模分布は再現されるか
4.石油資源量の推定
4.1 世界の究極油田規模分布
4.2 世界の究極資源量
5.おわりに
謝辞
引用文献
『5.おわりに
(1)上記の考察やモデル計算の結果に基づき、筆者は次のように解釈する。
- @世界の石油生産量推移は発見量推移を何年か遅れで繰り返しているのではなく、その曲線形態はむしろ油田の生産プロファイルの重ね合わせ効果に依存している。今後新規発見がないと仮定しても2010年頃まで約8千万B/Dのプラトーを継続する生産能力がある。需給格差(生産能力−需要)や今後の新規発見および「埋蔵量成長」に応じてこのプラトー期間は延長される。その後生産は徐々に減退に向かうが、減退は増産に比べるとずっと緩やかなものとなる。すなわち、世界の石油生産量推移はベル型の「Hubbert曲線」をたどらない。資源の生産量推移が「Hubbert曲線」で近似されるのは、多くの場合枯渇がその原因ではなく、他の資源との競合に敗北していった結果であり、過去の生産量推移のみから究極資源量を予言することはできない。
- A世界全体や各堆積盆地の未発見油田も含めた「究極油田規模分布」は対数正規分布ではなくべき乗(フラクタル)分布で近似される。べき乗分布を仮定しモデル計算を行うことにより、現実の既発見油田規模分布が再現できる。この「究極油田規模分布」に基づくと世界の石油の究極資源量は、経済限界の設定にもよるが、3〜5兆バーレルと推定される。この数値は、「Hubbert曲線」に基づくCampbell(1997a)の評価よりかなり大きく、堆積盆地/石油システム法に基くUSGS(2000)の評価や全地球平衡システムを仮定したMiller(1992)の評価と整合性がある。すなわち、少く見積っても既生産量の約3倍の石油が残されていることになり、これは、21世紀前半はほぼ一定量で、後半に徐々に減退しつつ、今世紀いっぱいは生産が継続可能な量である。したがって、石油需要さえ適切にコントロールできれば、石油危機は訪れるとしてもかなり後ということになる。
(2)ただし、上記解釈は必ずしも一意的ではなく、異なった解釈も可能かもしれない。また、こうした統計的手法は実際の探鉱努力にとって代わるものではなく、このシナリオは無条件で保証されているわけではない。上記予測は、先人の努力と少くとも同程度の探鉱努力が今後も継続されることを暗黙の前提としている。一方、今後技術のブレークスルーや「探鉱パラダイムの変換」(井上、2002a,b)が実現すれば、むしろ過去のトレンドを大きく上回ることもあり得る。石油の歴史は古代エジプト・メソポタミアの時代から細々と使用されていた「第一波」、ドレーク井以降の「第二波」、「背斜説」および反射法地震探鉱技術の確立と探鉱対象地域の全世界への拡大による「第三波」に大きく分けられるが、ここで扱っているのは「第三波」のデータである。今後「探鉱パラダイムの変換」や「非在来型石油」の本格開発などにより「第四波」が実現すれば、資源量は大幅に増加する可能性さえある。Hubbert(1966)自身も「石油発見量の減退は、油の在り方に関する固定的な地質観念にも一部原因があり、在来型のトラップのみに拘泥せずに、柔軟な発想に転換すれば従来とは異なるタイプの大油田が発見される可能性がある。」と述べている。
(3)しかし、もとより石油資源は無限ではなく、今のペースで増産を継続すればいつかは枯渇するのは自明の理である。過去のエネルギー資源が他資源との競合に敗れ「Hubbert曲線」をたどって衰退していったのに対し、今だに代替資源が現れてこないところに石油の悲劇がある。現代は「石油文明」の時代と呼ばれ、石油消費の急増と歩調を合わせて、人口、諸資源の消費、環境破壊、廃棄物等々が爆発的に増加してきており、これをもって石油を諸悪の根源とする論評もあるが、石油はむしろ「絶滅危惧種」としてレッドリスト入りした被害者である。多少の時間的余裕が与えられていることからその間に、石油に代わる環境負荷の小さな再生可能エネルギー技術を確立する必要がある。石油にとっても、最後の一滴まで汲みつくされるより、後継者にバトンタッチすることにより他資源では代替できない用途限定の「貴重品」として生き延びるほうがはるかに幸せなシナリオであろう。多くの未発見油田が残されていると推定されることから、今後も探鉱努力を継続してそれらを発見することにより、この軟着陸を円滑に行うに十分な時間を確保することが、私たち探鉱技術者の使命であると筆者は考える。』
- Campbell,C.J.(1997a): Better understanding urged for rapidly
depleting reserves. Oil and Gas Jour., Apr. 7, 1997,
51-54.
- Hubbert,M.K.(1966): History of petroleum geology and its
bearing upon present and future exploration. AAPG Bull.,
50(12), 2501-2518.
- 井上正澄(2002a):背斜説から向斜説へ?−21世紀の探鉱パラダイム.石技誌、67(2)、143-152.
- 井上正澄(2002b):石油探鉱におけるパラダイム変換.ペトロテック、25(1)、503-507.
- Miller,R.G.(1992): The global oil system: the relationship
between oil generation, loss, half-life, and the world crude
oil resource. AAPG Bull., 76(4), 489-500.
- U.S.Geological Survey World Energy Assessment Team(2000):
World Petroleum Assessment 2000 - Description and Results.
USGS Digital Data Series DOS - 60 Multi Disc Set Version 1.0.
⇒U.S. Geological
Survey World Petroleum Assessment 2000 - Description and Results
戻る