鹿園(1998)による〔『社会地球科学』(13-14,31-46p)から〕


2.1 地球資源論とは
 地球資源論にとって重要な問題として、以下のものがあげられるであろう。
 @資源の分類:地球資源にはどのようなものがあるか
 A資源の成因論:地球システム内における資源の生成過程とメカニズムはどのようなものか
 B資源の枯渇性、偏在性、開発に伴う問題:資源を人間圏に取り入れるときの問題
 C人間圏内部での資源の流れ:製品化、配分、消費、処理、リサイクリングなど
 D廃棄物・環境問題:地球システムに放出された廃棄物が人間圏に与える影響
 E資源問題対策:@〜Dに対する科学技術的、政治・経済・社会的対策
 @については、第2巻『地球環境論』で述べられた基本的事柄の上に立って、もう少しくわしく述べてみたい。Aについては、化石燃料資源と鉱物資源といった非再生資源を中心に生成過程について述べたい。Bについては化石燃料資源と鉱物資源の枯渇性・偏在性の問題を取り上げ、これらの原因などについて考える。Cについては、ここではあまり扱わないが,省エネルギー、リサイクリングなど、一部の問題について考える。Dの廃棄物・環境問題は地球資源問題とは別の問題であるという考えもあるが、ここでは、地球資源問題を地球システム−人間圏内における物質・エネルギー循環の問題と広くとらえるので、この問題についても考えることにする。しかし、地球環境問題(温暖化、酸性雨、砂漠化問題など)は、第2章で詳述されているのでここでは取り上げない。Eの資源問題対策としては、科学技術的対策(代替資源、省エネルギー、リサイクリング)と政治・経済・社会的対策(循環型社会の構築、環境資源倫理学、経済物質循環論など)と、大きく2つに分け、それぞれについての考察を行う。』

2.3 地球資源問題
(a)資源消費量・生産量の変遷

 世界のエネルギー使用量は、今世紀の初めから徐々に増加していたが、第二次大戦以降(1950年)急激に増加した。とくに石油の使用量の増加が著しい。エネルギー消費量は人口増加率と技術力によって決められる。
 金属資源消費量についてもエネルギー消費量の増加率との関係で同様なことがいえる。科学技術が進歩し、エネルギー消費量が増えることで、資源採掘技術が進歩し、採掘される鉱物資源量が増える。図2.7(略)に金属資源(鉱石)生産量の変遷を示した。金属の種類により増加率は異なるが、一般的傾向として、近年になって、生産量、消費量は指数関数的または直線的に増大している。このように消費量が増えてくると、非再生資源は地球内に存在し、その量は有限であるので、将来的に資源が枯渇するという事態になりかねない。
 図2.8(略)には、世界の水使用量の推移を示した。農業用、工業用ともにその使用量は急激な増加を見ている。水は地球表層で絶えず循環し、その供給量は無限に近く、再生資源であるといわれるが、その分布は、非常に不均一である。そして、このような急激な使用量の増加は先進国に著しく偏っている。さらに、水の汚染問題は深刻で、資源として使用可能な水の量は減少している。

(b)資源の耐用年数
 以上述べたように、資源の生産量、消費量がこのまま急激に増加すれば、地球における資源量は有限であるので、資源の枯渇が生じる恐れが出てくる。
 それでは、この資源の枯渇は本当に起こるのであろうか。もしも起こるとしたら、それはいつであろうか。この問題に対してどのように対処したらよいであろうか。これらの問題を考えるための第一歩として、それぞれの資源が現在どのくらい残っているのか、現在および将来的にそれぞれの資源をどのくらい生産し消費するのかという問題、すなわち資源埋蔵量、生産量、消費量を推定する必要がある。しかし、真の埋蔵量を推定することは、大変に難しい。金属資源や化石燃料資源に関していえば、知ることができるのは、ボーリングなどにより資源探査を行って実際に存在していることが確認された確認埋蔵鉱量である。ボーリング技術などの資源探査技術が進んだり、未探査地域の資源探査開発がなされれば、資源が新たに見出される。実際、新たな海底熱水性鉱床やマンガンノジュールが、深海底から近年発見されている。また、リモートセンシング探査によって、新しい鉱床が見つかっている。こうした発見によって、確認埋蔵鉱量は増える。しかし、採掘されればその分だけが減少する。すなわち、この確認埋蔵鉱量は一定ではない。したがって、将来何年で資源が枯渇するのかを推定することは難しい。しかし、確認埋蔵鉱量を年生産量で割った耐用年数(可採年数ともいう)は、資源の枯渇について知るための目安となるであろう。表2.2(略)にいくつかの資源の耐用年数を示した。これによると耐用年数の短い(50年以下)金属として、金、銀、水銀、銅、鉛、亜鉛、スズ、ヒ素、ビスマス、カドミウム、セレン、チタン、ジルコニウム、ウランがあげられる。耐用年数の長い金属としては、アルミニウム、クロム、コバルト、鉄、インジウム、ニッケル、ニオブ、白金属類、タンタル、タングステン、バナジウム、希土類元素があげられる。それでは、なぜこのようにそれぞれの金属で耐用年数が大きく違うのであろうか。その理由として以下があげられる。
 @それぞれの元素で濃集のされ方が異なる
 A地殻存在度が異なる
 B人間が古くから利用してきた元素もあれば、近年になって、利用を始めた元素もある
 C製錬技術のたやすいものもあれば、難しいものもある
 D利用のされ方が異なる
 ここでは、@の濃集のされ方の違いについて考えてみよう。上で述べたように、金、銀、水銀、銅、鉛、亜鉛、スズ、ヒ素、ビスマス、カドミウムは耐用年数が短い(チタン、ジルコニウムは確認埋蔵鉱量は小さいが、推定される埋蔵鉱量は大きい)。そこで、金、水銀、銅、鉛、亜鉛、スズの地球化学的特徴をみてみよう。まず、これらの元素の特徴として、鉱床への濃縮係数が大きいということがあげられる。図2.9(略)にはこれらの元素の地殻存在度と最大既知鉱山の鉱量の関係が示されてある。これより以上の元素(金、水銀、銅、鉛、亜鉛)が鉱床に多く濃集していることがわかる。
 それでは次に以上の元素の地球化学的特徴をみてみよう。元素は地球化学的には表2.3(略)のように分類できる。イオンのかたさ、やわらかさ、という概念(HSAB: Hard and Soft Acids and Bases)にもとづいたイオンの分類を表2.4(略)に示す。これによると、金、銀、銅、水銀、カドミウムの水溶液中のイオンは、やわらかいイオンである。ただし、鉛、亜鉛イオンは中間的かたさ、やわらかさのイオンと分類されている。以上より、耐用年数の短い元素はほぼ親銅元素、およびやわらかいイオンとなる元素であるといえよう。
 次に、これらの元素がなぜ耐用年数が小さいのかをもう少し詳しく考えてみよう。まず、これらの元素は熱水性鉱床に多く濃集していることが特徴としてあげられる。元素には熱水と岩石が反応すると熱水中に濃集しやすいものもあれば、濃集しにくい元素もある。濃集しやすい元素はCl-やHS-といった配位子と結びつきやすく、熱水中で錯体をつくりやすい。濃集しやすい元素は熱水中でやわらかいイオンをつくる。ゴールドシュミットの分類でいうとほぼ親銅元素に相当する。
 銅、鉛、亜鉛、銀、ビスマス、水銀、カドミウムは、熱水性鉱床では主として硫化物として存在する。熱水性鉱床へのこれらの元素の濃集率は他のタイプの鉱床への有用元素の濃集率に比べ一般的に大きい。熱水へと濃集されやすく、硫化物として鉱床に固定化されやすいためであろう。
 熱水性鉱床は、その特徴から比較的発見されやすく、太古の昔から利用されてきた。このことも、これらの元素の耐用年数を小さくしている。このように、これらの元素の枯渇が心配されるのであるが、
 ・代替金属の開発が進められている(例えば、スズ、水銀は代替金属の利用が進められている)
 ・有害なため、使用されなくなってきた(カドミウム、水銀など)
 ・貴金属は消費されず、また、廃棄物として出されない(金、銀、白金など)
などは、枯渇問題を引き起こしにくい原因になる。
 上では、金、銀、銅、水銀、鉛、亜鉛、スズなどの耐用年数が短く、枯渇の心配があることを示した。この他の希少元素でも枯渇の心配がある元素がある。それらは、熱水性鉱床の硫化物の製錬の際、副産物として回収される元素である。例えば、ガリウム、インジウム、カドミウムは、硫化亜鉛(閃亜鉛鉱)中に固溶体として微量に存在する。したがって、これらの元素の耐用年数は亜鉛とほぼ同じとみなしてよいであろう。ビスマスは、銅、鉛の製錬の副産物として回収されている。したがって、銅、鉛が枯渇したらビスマスも枯渇する。
 化石燃料エネルギー資源の耐用年数は、石油が43年、天然ガスが56年、石炭が328年である。したがって、耐用年数からいうと、石油の枯渇が問題となる。鉱物資源の場合は岩石中に散在している元素が濃集してできる。石油は、それと異なり、岩石鉱物中にはほとんど含まれていない。石油は岩石、鉱物とは独立して存在している。鉱物資源の場合は、品位は低いが、岩石中にも含まれている。したがって科学技術が非常に発達すれば、採掘も可能かも知れない。しかし、化石燃料エネルギー資源の場合は散在していたものが濃集するということもあるが、基本的には植物、微生物が変質してできるものであり、したがって、採掘してしまったらなくなってしまう。
 石油の耐用年数はあまり変わらず、最近ではむしろ長くなっている。これをもって、石油の枯渇問題はないとする議論がある。また、いままでは石油資源探査によって大規模油田が発見されてきた。例えば、近年に発見された大規模油田として、中東地域の油田がある。しかし、今後、このくらいの大規模な油田が発見される保証はない。したがって、この耐用年数はほぼ正しいであろうと考えられている。ただし、埋蔵量が減り、価格が高騰すれば、他のエネルギー源の方が安くなり、石油の消費量が減るであろう。この場合は、耐用年数は大きくなる。
 今後の対策としては、石油回収率の向上を図り、耐用年数を長くすることであろう。この石油回収率というのは、地下に存在する石油の全量に対して、汲み上げや回収できる量の割合をいう。この他に、石油の生産量を減らし、消費量を減らせば耐用年数が長くなる。このようなことは、資源量の枯渇問題だけでなく、温暖化問題にとっても、もっとも重要な対策法である。

(c)資源量の偏在性
 金属、非金属、化石燃料、資源の埋蔵量、生産量、消費量には偏在性がある。金属鉱物資源の分布には一般に非常に片寄りがある(表2.5:略)。たとえば、クロム、白金、バナジウムの多くは南アフリカ共和国から産する(図2.10:略)。この他に、埋蔵量の偏在性の著しい金属として、コバルト(ザイール、41%)、金(南ア共和国、48%)、水銀(スペイン、58%)、モリブデン(アメリカ合衆国、49%)、希土類元素(中国、80%)、タングステン(中国、47%)をあげることができる。このような偏在性がみられるのは、各々の金属を濃集した鉱床のタイプが限られており、各資源の生成が特定の地質環境と時代のみに起こるからである。例えば、南ア共和国から生産される金の多くは、礫岩型金・ウラン鉱床中に存在している。このタイプの鉱床は大気中の酸素濃度が低かった先カンブリア時代に生成した。また、鉄資源のほとんどは縞状鉄鉱層というタイプの鉱床に濃集している。この鉱床も、多くが先カンブリア紀という時代のみに生成した。
 金属資源の消費量にも著しい偏在性がある。例えば、図2.11(略)は異なる大陸での1人当りのアルミニウム消費量を示す。人口の少ない北米大陸の消費量が圧倒的に大きく、人口の多いアジアの消費量は少ない。このように消費量は地域によって大きく異なっている。
 エネルギー資源の埋蔵量、生産量、消費量も国や地域により非常に違いがある。表2.6(略)で示したエネルギー資源の埋蔵量を見てみると、その分布は遍在していることがわかる。例えば、石油などは、その資源埋蔵量の半分以上が中東地域にある。ここの石油の生成は、プレートの衝突の場で起こった。プレートの衝突の場においては、石油の生成されやすい堆積盆が発達したり、熱の供給があり有機物質の分解が起こり、石油が生成されやすい環境となるのである。表2.7(略)は、地域別および主要国の一次エネルギー消費量をまとめたものである(小西、1994)。これのよると先進国の平均は石油換算で年間4.75t/人で開発途上国の平均0.50t/人の10倍に近く、著しい格差がある。エネルギー消費量は、アメリカ、旧ソ連、中国の順となっており、上位3カ国で消費量は世界の50%を占めている(小西、1994)。とくにアメリカの消費量は世界全体の約4分の1である。

(d)環境破壊としての資源開発
 さまざまな資源を開発することにより、自然破壊、環境破壊の問題が生じる。従来は、これらの問題は環境問題と考えられてきた。しかし、その原因は資源開発にあるので、資源問題ととらえることもできる。この問題には、森林、食糧、水、鉱物、化石燃料などの資源開発によるものがあげられる。
 伐採により森林自体が減少すると同時に、土壌の荒廃(表土流出、塩類集積、汚染)、水涵養量の減少、水質汚染が起こる。これらが原因となり、食糧生産量の減少、水源量の減少が生じる。現在、とくに熱帯雨林の減少が大きな問題となってきている。この主な原因は、焼畑、過放牧である。例えば、アジアの熱帯雨林は毎年約180万ha、ラテンアメリカの熱帯雨林は毎年約412万haが消滅している。
 森林破壊によって、大気による二酸化炭素の固定量が減少する。また、枯れた木の分解により大気にいく二酸化炭素量が減る。すなわち、地球上における炭素循環に大きな影響が生じる。これは水源涵養量にも影響し、水循環も大きく変化する。炭素循環、水循環の変化により、地球の熱収支が変化し、気候変動が起こる。
 また、熱帯雨林は陸上生態系のなかでもっとも多様性が高く、陸地の6%を占めるにすぎないが、地球における既知の生物種の約半数がここに存在している(地球環境工学ハンドブック、1991)。しかし、その熱帯雨林の消滅により、野生生物種の絶滅、減少が際立ってきている。
 地表水の資源開発(例えば、ダム開発)に伴って水文環境の変化、すなわち
 ・河川流量の減少
 ・水路網の変更による水文状態の変化
 ・流域表面の変化
 ・大気汚染、大規模水資源開発による水循環の変化、およびそれに伴う水文環境の変化
が生じている(地球環境工学ハンドブック、1991)。水文環境の変化により、土壌の劣化、砂漠化などが起こり、農業、漁業に多大な影響が出る。例えば、旧ソ連南部の河川では、1971年1975年の間に17〜40%も流量が減少した。これは、農業用水の取水によって生じたと考えられている。このために、これら河川が流入するカスピ海、アゾフ海の塩分濃度が増大し、漁業に多大な影響が出ている。塩湖への河川水流入量が減少すれば、湖面積が減少し、塩類が湖底で晶出する。湖が干上がることがあれば、これら湖底に晶出した塩類が周囲の土壌に散らばり、土壌は塩化する。ひいてはこのことが、農業に多大な影響を与えることになる。
 地下水の開発に伴って、地盤沈下、塩水の侵入、水資源枯渇といった問題が起こる。塩水化した地下水が上昇し、土壌中に塩類を集積させると、その土壌は農業用地としては不適当なものになってしまう。鉱物、化石燃料の開発に伴って起こる問題は、森林開発、水資源開発に伴うものに比べれば、一般的に大規模なものではなく、ローカルな問題である。しかし、大変に深刻な事態をもたらすこともある。例えば、カドミウム、水銀などの有害物質が、何の汚染対策も講じずに鉱山から多量に排出されれば、生態系が多大な被害を受けることもある。また、製錬所から排出される有毒ガス(SO2など)により大気が汚染され、付近の森林が消滅することもある。金属鉱山から出る鉱石の中に含まれる硫化物が分解されると硫酸ができる。これにより酸性化した坑内水が河川へと排出されると、今度は河川水が酸性化し、水生生物の死滅をもたらす。鉱山開発のために森林を伐採すれば、多量の土壌が流失する。河川を通じて流された土壌は海へと入り込み、沿岸部の海生生物の死滅を招くこともある。

(e)廃棄物処分問題
 人間は、地球システムから資源を取り入れ、逆に廃棄物を地球システムへと出している。したがって、地球システムから人間圏への資源の供給量(ソース)と、人間圏から地球システムへの廃棄物の供給量(シンク)について、ともに考えることが必要である。これまで、ソースについては比較的よく考えられてきた。資源探査技術、資源の成因論、資源の枯渇問題は、ソースの問題といえる。また、ソースとシンクの間にある、人間圏内での経済循環(物、人、エネルギーの流れ、供給、配分、消費)の問題についても、多くの議論がある。
 ところが、それに比べて、シンクの問題については、従来、あまり考えられてこなかった。近年、地球環境問題が重大さを増してきているのは、その何よりの証拠である。こうしたシンクの問題への対策としては、いかに廃棄物を出さないかに重点がある。例えば、地球温暖化を引き起こすとされる温室効果ガス(CO2、CH4、フロン)などの排出量を減らす努力が、世界各国でなされている。また、固体、液体産業廃棄物、生活廃棄物などに関しても、その量を減らす処理やリサイクリングがなされている。
 しかしながら、人間圏において、資源をすべて無駄なく消費すること、すべての廃棄物を処理し、リサイクリングすることは不可能である。人間圏が完全なリサイクルシステムでない以上、図2.12(略)に示すような、一方的(スループット)なシステムとしての面は残さざるを得ない。つまり、消費した資源を廃棄することは避けられない。そこで、廃棄物をなるべく人間圏、生物圏とは離れた場へと処分する必要が生じる。
 このような廃棄物処分問題は、従来は、収集、運搬、中間処理、最終処分の問題に分けられて考えられてきた。これらの問題はそれぞれがすべて重要であるが、ここではとくに最終処分の問題について考えてみよう。
放射性廃棄物の処分
 原子力発電所から出る高レベル放射性廃棄物の処分をどうするかが、現在、廃棄物処分問題のなかでもとくに大きな問題となっている。地表近くに廃棄すれば、地下水などの水の働きで、短期間で地表に出てきてしまう。そこで、地下深所へ処分する、地層処分という計画が検討されている。
 地層処分をする場合、とくに重要なことは、
 ・処分場を確保する
 ・廃棄物処分技術を確立する
 ・水−岩石相互作用のメカニズムとプロセスを明らかにする
 ・廃棄物から出た物質が、人間圏、生物圏へ達する時間と量を求める
などの点にある。地層中に置かれた廃棄物は、まわりの環境とさまざまな相互作用をする。例えば、地下水が流れてきて廃棄物を溶かし、放射性物質がまわりへと移動することが考えられる。そこで、処分後何年に、放射性物質がどのくらいの距離を移動するのかを知る必要がある。一度は処分したはずの廃棄物が、再び人間圏にもどってきてしまうかも知れないからである。
 この移動のプロセスは、さまざまな地学現象の複合したものであり、非常に長期間にわたるものである。地下深部では水の影響がなくなり、岩石の流れによって物質循環が起こる。物質の移動は非常に時間がかかる。例えば、プレート運動やマントル対流の速度は、数cm/年と大変に遅く、この岩石圏内の循環には数億年くらいかかる。いま、地下深所、数百m〜1kmくらいに廃棄物を処分するとしよう。このくらいの深所になると、廃棄物体から出てきた放射性物質が、物質循環によって地表にまで達するのに1000年〜1万年以上かかる。地下深所の岩石圏に埋めるならば、一応は、人間圏、生物圏から隔離されると考えてよいだろう。どの程度フィードバックがあるかは、時間スケールの取り方によって異なり、また岩石圏のどの場所に廃棄するのかにもよるが、人間圏への負のフィードバックはなくなる。これが、地層処分の基本的考え方である。
 そこで、廃棄物を地下かなりの深部に処分すればよいということになるが、そう簡単にはいかない。深部まで掘削し、そこで処分場をつくることは、技術的にもコスト的にも大変な困難を伴う作業となる。また、高レベル放射性廃棄物の半減期は数万年〜数億年のオーダーにものぼり、加工技術も含め、これを十全に管理していくことの難しさも指摘されている。処分しなければならない廃棄物を、われわれは大量に抱え込んでしまっているのは事実だが、さきに述べたように、いかにこの廃棄物を出さないか、つまりこうした扱いの難しい廃棄物を生み出す原子力発電そのものを見直すべきではないのかという考え方も一方ではある。
産業廃棄物の処分
 産業廃棄物(廃油、燃えがら、廃プラスチック、紙屑など)、一般廃棄物(ゴミ、粗大ゴミなど)の処理、処分、リサイクリングの仕方はそれぞれで異なる。一般的には、これらの廃棄物の地中処分、地層処分は考えられていない。
 産業廃棄物の処分で問題となっているのは、地上投棄、地中埋設による影響である。廃棄物から出た有害物質が地下水に溶け、地下水が汚染され、さらには土壌、生物が汚染されることもある。ひとたび投棄、埋設されてしまえば、汚染を完全に防ぐことは困難であろうが、投棄、埋設された廃棄物とまわりの環境との間の遮蔽技術に関する研究開発は行われている。また処分場の建設などに対しては、その影響評価、環境アセスメントは十分になされなければならない。しかしながら、最近の産廃問題などを見るとおり、その対策は不十分であるのが現状である。
 そうした現状において、日常生活との関連から、目下、緊急な課題となっているのが、いわゆるゴミ問題、一般廃棄物の処分問題である。この問題においては、収集−運搬−処理・処分という一連のプロセスのすべてが重要である。これらそれぞれに多くの問題が発生してきているのが、いまの状況である。例えば、焼却処理の過程でダイオキシンなどの有害物質が発生し、大気、土壌、地下水、生物、人体への汚染が生じている。有害物質の発生量に対する規制や、処理方法に関するわが国の対策は著しく遅れている。なかでももっとも深刻なのは、やはり処分に関するもので、処分地確保の問題、不法投棄の問題、埋立処分場からの水銀など有害物質による汚染問題などがある。また、国際間の問題として、有害廃棄物の越境移動という問題もある。例えば、スイス、フィンランド、オーストリアといった国で発生した有害廃棄物の多くは、他国で処分されている(地球環境工学ハンドブック、1991)。
 環境汚染を防ぐためには、廃棄物の封じ込め技術の確立も重要である。しかし、そもそも廃棄物をいかに出さないか、出さなくてすむような人間圏を設計するかという点は、いまやいくら強調してもしすぎることはないであろう。それには、土壌や水、生物間での物質移動のメカニズムの科学的解明が重要であり、かつ必要であることはいうまでもない。』



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