園田・亀岡(編)(1993)による〔『有機工業化学』(14、55-60p)から〕


2.2 石油工業
 近代的な石油関連工業は主として次のように分類される。
石油工業 @石油鉱業 油田や天然ガスの所在を探索し、油井やガス井から原油や天然ガスを採掘する工業(天然ガスは一般に石油に含めて取り扱われることが多い)
A石油精製工業(製油工業) 原油を精製して各種燃料油、溶剤、潤滑油などの製品をつくる工業
B石油化学工業 石油を転化して有機化学工業用基礎原料や中間的製品をつくる工業
 石油工業ということばは厳密には上記分類のように石油に関係する工業を総括して使われるべきであるが、しばしば石油精製工業を対象として用い、石油鉱業および石油化学工業とは区別して使用される。』

3章 石油化学
3.1 はじめに
3.1.1 石油化学工業
 原油から燃料油を製造する石油精製工業は、20世紀に入っての自動車、航空機などの急速な発達による需要増加と共に、その規模が次第に大きくなった。ことに増大するガソリンの需要は、単なる原油の蒸留だけでは満たすことができず、高沸点留分の接触分解により、不足分のガソリンを供給するようになってきた(第2章)。このような石油留分の分解過程ではガソリンと同時に大量のガス状炭化水素(C2〜C4オレフィンを主成分とした製油所ガス)を副生する。そしてこの副生分解ガスを原料として合成品をつくるようになった。すなわち1920年アメリカで製油所ガス中のプロピレンからイソプロピルアルコールの合成がはじめられ、また第二次大戦中にはブタジエンとスチレンより合成ゴムの製造が開始された。
 一方、20世紀前半に大きく発展したカーバイド工業、および石炭化学工業、および石炭化学工業で供給されてきたアセチレンからの誘導体や各種芳香族化合物なども、分解ガスより供給する技術が確立された。石炭が固体であり、その輸送や加工に多くの費用を要するのに対し、流体でかつ無機質の少ない石油はあらゆる面で石炭よりも工業原料として優位に立ち、次第に石油への原料転換が行われるようになった。
 第二次大戦後には上述の製油所ガスだけでは石油化学原料として不足するようになり、ここに天然ガス、油田ガス、粗製ガソリン(ナフサ)を積極的に分解してエチレン、プロピレン、ブテンなどのガス状オレフィンを製造し、オレフィンを中心とする有機合成化学工業、すなわち今日の石油化学工業が発展していった。
 石油化学工業の主な特徴をあげると次のようになろう。
@石油は純度の高い炭化水素資源である。
A原料が液体であり、大量の輸送、貯蔵がきわめて容易。
B脂肪族炭化水素が主成分であり、ガス状オレフィンへの転換が容易。
C改質ガソリン製造技術を利用し、芳香族炭化水素が容易に生産できる。
D装置の大型化、連続化が可能。
E量産が容易であり、これによる生産経費の引下げが可能。
F装置の自動制御、品質管理が容易。
 石油化学(petroleum chemistry)という言葉は上述のように石油系炭化水素を原料とする有機合成化学に対して用いられる。また石油化学工業(petrochemical industry)とは、石油系炭化水素を化学的加工により、基礎原料(エチレン、プロピレンなど)や化学工業用中間体(たとえばアセトアルデヒド、酸化エチレン、ベンゼン、各種重合用ビニルモニマーなど)、さらにポリエチレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル樹脂などの石油系炭化水素から誘導される最終製品を製造する工業を指す。またこれらの基礎原料、中間製品、最終製品などはいずれも石油化学製品(ペトロケミカルズ、petrochemicals)と呼ばれる。このような石油化学工業の範囲は高分子化学工業(第5章)をはじめ他の化学工業の分野と重複する部分がかなり多く、その区別や定義の範囲は必ずしも一定していない。また水素は今日石油系原料から製造されるが(2.5.8項)、水素と窒素からつくられるアンモニアは石油化学製品とはしないなど、石油化学工業の発展以前のプロセスは、関連があっても含めないことが多い。本章では有機化学工業の基幹原料となる石油化学製品を対象とし、高分子化合物については第5章で説明する。

3.1.2 日本の石油化学工業
 わが国の第二次大戦後の復興の一環として重化学工業化が図られ、高分子化学工業育成と呼応して1955年、政府により「石油化学育成対策」が決定された。そして1958年にエチレン製造を目的とするナフサの分解*が開始されたのを出発点とし、その後石油化学工業は大きく発展した。
*アメリカの石油化学工業では、豊富な湿性天然ガスや大量のガソリン製造の際に得られる製油所ガスを主原料としているのに対し、日本およびヨーロッパ諸国ではナフサを主原料とする。これはわが国では当初ガソリンの需要に比べ重油の需要が多かったため、石油精製工業で余剰となるナフサ(ガソリン留分)を石油化学原料に用い需給のバランスをとったためである。しかし今日ではナフサは不足し、輸入により補われている。
 1960年代中東での大油田の相つぐ開発は、安価な原油の供給を可能にした。一方エチレン、プロピレンの低圧重合法をはじめ、プラスチック、合成繊維などの優れた製造技術の欧米からの導入に支えられ、わが国の石油化学工業は急成長をとげた。石油精製工業と石油化学工業との関係は図3.1(略)に示すとおりであり、石油化学工業の主要生産品目を表3.1に示した。
表3.1 石油化学主要生産品目とその主な用途
原料炭化水素 主要石油化学製品 主要用途または誘導品
エチレン 低密度ポリエチレン フィルム、加工紙(ラミネート)、電線被覆
高密度ポリエチレン 成形品、フィルム、パイプ
塩化ビニル(モノマー) ポリ塩化ビニル樹脂
酸化エチレン ポリエステル繊維、界面活性剤
アセトアルデヒド 酢酸、酢酸エステル、可塑剤
プロピレン ポリプロピレン 成形品、フィルム、合成繊維
アクリルニトリル アクリル繊維、合成ゴム
プロピレンオキシド ポロウレタン、ポリエステル樹脂
アクリル酸、アセトン、イソプロパノール、フェノール アクリル樹脂、溶剤、フェノール樹脂
ブタノール、オクタノール 可塑剤、塗料溶剤
C4留分 ブタジエン 合成ゴム
芳香族化合物 ベンゼン ポリアミド繊維(ナイロン)、合成洗剤、染料
トルエン 溶剤
キシレン ポリエステル繊維、溶剤
スチレン(モノマー) ポリスチレン、合成ゴム
 石油化学工業は典型的な装置産業であり、生産設備と製品の種類は多岐にわたる。したがってナフサを供給する石油精製企業、ナフサ分解を行う企業を中心に複数の企業が集まり、パイプラインで結ばれた各種原料の流れにそって生産活動を行うという、いわゆるコンビナート(企業集団)生産形式をとる。その生産規模はナフサ分解によるエチレンの年間製造能力で示され、昭和33年当初、分解装置1基のエチレン製造能力が2〜2.5万t/年であったものが、昭和47年には1基30万t/年の装置が完成し、今日では40万t/年の装置が稼動している。これは技術の進歩と同時に、大型化と量産により製造経費の低下が可能となるからである。図3.2(略)にわが国石油化学コンビナートの所在を、図3.3に日本におけるコンビナート生産形式の一例を示した。
図3.3 石油化学コンビナートの原料の流れと製品の例
| エチレン

→→→→→→→
ポリエチレン

|

エチレン

→→→→→→→
アセトアルデヒド | 酢酸
| ブタノール

石油精製

ナフサ
→→→

ナフサ分解

| エチレン

→→→→→→→
塩化ビニル →→→ ポリ塩化ビニル樹脂

|
|

プロピレン

→→→→→→→
ポリプロピレン
イソプロピルアルコール
| プロピレン

→→→→→→→
アクリロニトリル
| C4留分

→→→→→→→
ブタジエン →→→ 合成ゴム
| |

エチレン
ベンゼン
スチレン →→→ ポリスチレン
| 分解油→ |

トルエン

トリレンジイソシアナート(TDI)
|

キシレン

p-キシレン
o-キシレン
 今日、わが国のエチレン生産能力は約600万t/年であり、その規模はアメリカの約3分の1、ヨーロッパ諸国をしのぎ世界第2位を占める。
 1973年の石油危機は、石油化学工業に大きい影響を及ぼした。ナフサの価格高騰、供給不足に対処して経営面、技術面での改革・改善がなされ、原料の多様化(ブタン、プロパン、NGL*、重質油などの利用)が必要となった。
*天然ガス液、油田ガスから回収される液状油、natural gas liquid(3.8.3項参照)。
 石油化学工業の技術は当初ほとんど外国からの導入技術によるものであった。しかし導入技術を消化してその改良へと進み、さらに今日では多くの独創的な国産技術を生み出し、海外への技術輸出も盛んに行われている。
 石油化学工業の発展に伴う大気、河川、海洋などの自然環境の汚染は大きい社会問題をひき起こした。企業あげての対応の結果、環境保全のための種々の対策が講じられた。またその目的にそった新技術の開発が世界に先がけて着手され、数々の成果を上げると共に、無公害に向けてのたゆまぬ努力がなされている。また、環境保全のための新技術は国外へも技術輸出され貢献している。』