田口(1993)による〔『石油はどうしてできたか』(148-151p)から〕


石油は堆積岩中のケロジェンから生じたとする説−ケロジェン根源説の再台頭
 ケロジェン根源説は、現在、多くの石油地質学者や石油地球化学者によって支持されている石油の成因説で、石油は堆積物中のケロジェンが堆積物の埋没していく途中で、地熱により分解されて生じるという考え方です。すなわち、生体を構成している有機物は、堆積物とともに沈積するさいにケロジェン化しますが、同時に堆積物が埋没作用を受けると、その途中で堆積物中の無機物や有機物が続成・変成作用を受けます。石油は、この続成・変成作用のある段階でケロジェンから生成されたものであるというのです。一部の学者は、そのためにケロジェン根源説を“乾留説”とさえよんでいます。
 もう一つ大事なことは、石油根源岩という概念を持っていることです。ほとんどの堆積岩が、多少の違いはありますがケロジェンを含んでいます。しかし、貯留岩石油は、堆積岩のすべてのケロジェンから生じたのではなく、石油化しやすいケロジェンを相対的に多量に含んでいる石油根源岩という特殊な堆積岩から生じたとしているのです。この概念は、石油の早期生成説派の一部の人々には、認められていません。そういう意味では、石油根源岩の存在は仮説的なものといってよいでしょう。
 現在のケロジェン説は、1880年代の初期に信じられていた「石炭・油母頁岩起原説」の自然発展的なもので、スミスの研究以前からあった古いケロジェン説が復活したものにすぎません。この古いケロジェン説は、現在と同じように、長いあいだ反ケロジェン根源説派と論争を続けていたのでした。
 地殻の中で石油に最も似た性質や組成を持っている液状の炭化水素を探すと、それは地質時代の堆積物に広く含まれている、ビチュメンの中に存在している炭化水素類であることがわかります。しかし、石油の組成に似た液状炭化水素は、どのビチュメンにも含まれているわけではなく、堆積岩の埋没深度のあるところで、炭化水素比が最大ピークを示すところにあるビチュメンに限られています。しかも、そのようなところでは炭化水素比だけでなく、ビチュメン比も一般に最大ピークを示しています。
 では、ビチュメンはどこから来たのでしょうか。ケロジェン根源説派の人々は、ビチュメンの起原をケロジェンに求めました。ケロジェンも堆積物中の有機物の一つで、埋没とともに続成作用を受けて変化し、その途中でケロジェンから石油炭化水素を含んでいるビチュメンを生じると考えたのです。
 それでは、ケロジェンはどのようにして生成されたのでしょうか。この起原について、ケロジェン根源説派の代表ともいえるフランスのB.P.ティッソは、生物遺骸の炭水化物やアミノ酸、脂質が重合・縮合した後、フルボ酸や腐植酸、ヒューミンをへてケロジェンが生成されると考えています。ケロジェン自体の起原問題を別にすると、ケロジェンがビチュメンや石油炭化水素の起原物質であることを多くの人に信じさせたのは、ティッソによるパリ盆地のジュラ紀層に含まれている炭化水素の研究結果でした(図46:略)。
 横軸に地層の埋没深度およびその増加に伴う温度をとり、縦軸にそれぞれの深度におけるケロジェンとMAB抽出物(堆積岩試料のクロロホルム抽出後に得られる残渣有機物に、メタノールやアセトン、ベンゼンの混合溶媒による抽出をおこなって得られる有機フラクションで、通常のアスファルテンよりも重い)、樹脂物質+アスファルテン(RES+AS)、炭化水素(HC)の量をとっています。しかし、それぞれの有機物の量は、全有機物の炭素量を1000ミリグラムとした場合の比例的な有機炭素量で表わされています。深度増加に伴って、ケロジェン量が著しく減少し、同時にMAB抽出物がゆるやかに減少しているのにたいして、石油成分と見られる炭化水素とRES+ASの量は、明瞭な増加を示しています。しかも、ケロジェンとMAB抽出物が著しく減少しはじめるところで、炭化水素とRES+AS成分が増加しはじめているのです。この観察結果をティッソらは、ケロジェンから最初にMAB抽出物が発生し、これを経て炭化水素が形成されると解釈しました。ケロジェンが堆積岩の有機量の90〜95%をも占めていることを考慮すると、たいへん説得力ある説明でした。そして、炭化水素が急激に増加しはじめるのは、埋没深度が1400〜1500メートルで、地下温度が60〜65゚Cのところであることを明らかにしました。
 これによって、古いケロジェン根源説と反ケロジェン説とで論争の種となっていた、化石ケロジェンからは高温でないと石油ができないという問題は、石油の生成に必要な高い温度は長い地質時間が補償してくれるという主張に軍配が上がりました。しかし、ケロジェンの人工的熱分解で生じる石油に大量の不飽和炭化水素が含まれてくるという問題は、この時点でも解決されませんでした。ところが、最近、ケロジェンを無水条件ではなく、水の存在している条件下で熱分解すると、石油に似た炭化水素が生じることがわかり、現在では、大きな問題ではなくなっています。』