田口(1998)による〔『石油の成因−起源・移動・集積』(5-8、17-20p)から〕


1−3 石油の起源と有機成因説
 石油の起源が問題にされて以来、有機成因説として数多くの仮説が提案されてきた(田口、1972、1973、1975)。初期の時代にはある特定の生物に石油の起源をもとめた。大型の海生生物・陸生の高等植物・プランクトン・バクテリア(細菌類)など、ほとんどの生物にその起源がもとめられた。
 1-3-1 ケロジェン
 石油とおなじように化石燃料として扱われている石炭・油母頁岩・腐泥岩などの有機質堆積岩にふくまれる固体有機物が、石油の起源であるとする説が提唱された。しかし初期の有機質堆積岩を起源とする説はケロジェンにたいする化学的認識が充分でなかった時代のもので、地質学的な産状に根拠をおいたものであった。やがて油母頁岩を乾留してえられるオイル(頁岩油)の起源となった有機物が、有機溶媒に不溶な高分子量の有機物であることが明らかにされ、この固体有機物はケロジェンと命名された。また油母頁岩以外の種々の堆積岩(頁岩・炭酸塩岩など)にふくまれている有機溶媒に不溶な有機物もケロジェンと同質のものであることが明らかになってくると、ケロジェンが石油の起源となる有機物ではないかと考えられるようになった。
 このような“初期のケロジェン起源説”は、ケロジェンが熱分解(thermal decomposition)によってオイルを生成するのには300〜400゚Cという高い温度が必要であるのに、原油中には約300゚C以下で熱分解するポルフィリン(クロロフィルやヘモグロビンに由来する複素環化合物)が普遍的にふくまれているとして反対をうけた。これにたいして、“初期のケロジェン起源説”の賛成派は、地質時代の長い時間(地質学的時間)が経過すればより低い温度でもケロジェンから石油が生成できるのではないかと反論した。
 1-3-2 ビチュメン
早期成因説
 “初期のケロジェン起源説”をめぐって論争がつづけられているさなかに、Smith(1952、1954)は現世の海成堆積物中に有機溶媒で抽出される有機物(ビチュメン;bitumen)や炭化水素がふくまれていることをしめした。ひきつづいて多くの研究者によって土壌・生物・天水(海水・湖水・河川水)などからも微量ではあるが常温で液体の炭化水素が検出された。これらの炭化水素こそがもとめられていた石油炭化水素であるとして、石油の“早期成因説”が提唱され、当時の主流説となった。
プロトペトロレアム Smithによって液体の炭化水素が発見される以前には、一部の学者は液体の石油炭化水素が生成される過程の中間生成物として、半固体のアスファルトのような物質であるプロトペトロレアム(proto-petroleum)を仮想していた。これらの学者は、Smithが発見した液体の炭化水素をふくむ比較的重質なビチュメンこそがプロトペトロレアムの一部に相当するものであると主張した。
 現世堆積物(土壌をふくむ)にふくまれるビチュメン中の石油炭化水素類はつぎの2つである。
 @生合成によって生成した炭化水素(生合成炭化水素)
 A生物の死後、生体構成有機物の生物分解作用(biodegradation)・化学的分解作用(chemical decomposition;加水分解・酸化など)によって生成した炭化水素
 ところがSmithによって現世堆積物から液体の炭化水素が発見されて4、5年もたたないうちに、いろいろな堆積岩からもビチュメンが抽出された。そしてそのビチュメンから分離・同定された炭化水素類が@・A起源のものとは性質・組成をことにすること、堆積岩から分離されたビチュメンや炭化水素は、ある埋没深度にたっするとその量が増大しはじめ、さらに深度が増大するとふたたび減少することが明らかになってきた。そしてこれが堆積岩中のケロジェンが地温によって分解された結果であることが明確になると、装いをあらたにした“ケロジェン起源説”が再台頭することとなった。
 1-3-3 ケロジェンの再定義
 やがて、それまで“残渣有機物(organic residues)”とよばれていた現世堆積物中の不溶性有機物までが広義のケロジェンの範疇にくわえられるようになった。この不溶性有機物はヤングケロジェン(young kerogen)、あるいはプロトケロジェン(protokerogen)とよばれるようになり、堆積岩中にふくまれている従来のケロジェンは、化石ケロジェン(fossil kerogen)として区別されるようになった。そしてヤングケロジェンの前駆的な有機物であるバイオポリマーが、しだいに特定されるようになった。
バイオポリマー(biopolymer) 生体で合成された高分子化合物で炭水化物・タンパク質・脂質・リグニンなど。
バイオモノマー(biomonomer) バイオポリマーのおもな構成単位。糖・アミノ酸・脂肪酸・フェノールなど。

 ケロジェンの研究には有機化学の知識はもとより、石炭岩石学・石炭組織学の知識も応用され、顕微鏡観察(ビジュアルケロジェン法とよばれる)・古生物学的研究などによりケロジェンに関する知識は一挙に増大した。その結果、鎖状構造を豊富にもち炭化水素を多量に生成しうる特定のバイオポリマーが、石油炭化水素の主要な起源物質であると考える研究者もあらわれるようになった。
 1-3-4 生体構成有機物
 石油の起源となる物質は研究史的に、あるいは研究者の立場によって、生物の種類(藻類・高等植物・バクテリアなど)・地質学的な有機質堆積岩・堆積岩中にバイオポリマーあるいはバイオモノマーとして残存している有機物・微生物化石・植物砕屑片(花粉・胞子など)・マセラル(maceral;石炭の基本単位)の特定のもの(エグジナイトなど)・堆積岩のケロジェン型など、いろいろな表現がとられている。石油の有機成因説の内容がこれまで一般によく理解されなかったのは、有機成因説が研究者の立場にしたがって一方的に主張され、起源物質の概念がまちまちで、起源物質の概念と各成因説との相互関係が明確にされてこなかったためである。
 ごく最近になり各堆積岩にふくまれているケロジェンの研究が若い堆積物、さらには生物にまでさかのぼっておこなわれるようになってきた。同時に、いろいろな動物組織や植物組織の形態学的・化学的な性質の解明がすすみ、生体構成有機物がどのように運搬され、堆積物となり、堆積物のなかでどのように変化してゆくかという研究がおこなわれるようになると、いままで不明確であった石油のいろいろな起源物質間の相互作用がようや明らかになってきた。また生体構成有機物と一部のケロジェンとの直接的な関係も石油成因説的な立場から明らかにされつつある。』

石油の起源物質
 2−1 起源生物と生体構成有機物

 ケロジェン起源説では、ケロジェンを構成している−CH2−鎖状構造(ポリメチレン鎖)が石油炭化水素の主要な起源有機物であると考えている。しかしながらケロジェン自体の成因をめぐっては、意見がかならずしも一致しているわけではない。ここでは石油炭化水素の直接的な起源有機物であるとされている脂質がどのような生物に多くふくまれているかという観点からバイオポリマー・バイオモノマーの組成についてのべる。
 2-1-1 生体構成有機物の割合
 すべての生物は機能のことなるいくつかの化合物グループから構成されており、それらの代表的なものとして、炭水化物・タンパク質・リグニン・ポリフェノール・脂質があげられる(図2-1:略)。生物によりこれらの化合物の相対的な割合はことなっている。たとえば、おなじ植物でも植物プランクトンと陸上の高等植物の有機物組成は大きくことなっている。高等植物は約5%のタンパク質、約30〜50%の炭水化物(おもにセルロース)、および約15〜25%のリグニンをふくんでいる。セルロースとリグニン量は、高等植物を構成する全有機物の75%以上にたっするが、植物プランクトンにリグニンはまったくふくまれていない。
 2-1-1A 高等植物の脂質
 高等植物の脂質の含有量は比較的に低く、おもに果実と葉の上皮を被覆しているワックス(waxes)として存在している。生物にふくまれる脂質の一種としてのワックスは、おもに脂肪酸とアルコールのエステルよりなることが多いが、高等植物のワックスはとくに植物ワックスとよばれ、ワックスエステルのほかにC23〜C35の長鎖のn-アルカン(脂肪族飽和炭化水素、正パラフィンともいう)が顕著にふくまれている。
ワックス 石油地球化学ではワックスは飽和炭化水素を主成分とした天然固形レキセイ(natural solid bitumen)を意味することもあり、ミネラルワックス(mineral wax)ともよばれる。オゾケライト(ozokerite;地ろう)がその代表的なものとして知られている。泥炭(peat)から抽出されるモンタンワックス(Montan wax)、原油中の石油ろう(petroleum wax)もこの種のワックスの仲間である。長鎖のn-アルカンの多い原油は、ワックス質オイル(high-wax crude oilあるいはwaxy oil)、ワックスがすくないか、あるいはふくまれていないオイルは非ワックス質オイル(non-waxy oil)とよばれる。このようなワックス質オイルの起源は、高等植物に由来する長鎖のn-アルカンではないかと考えられている。
 2-1-1B プランクトンの脂質
 一方、海洋において主要な有機物の生産者となっている植物プランクトンは、陸上の高等植物と対照的に比較的多量のタンパク質と脂質をふくんでいる。たとえばケイソウと鞭毛藻類は、約25〜50%のタンパク質、約5〜25%の脂質、および約40%以上の炭水化物からなる。
生息環境と脂質組成 おなじ生物でも、温度・塩分などの環境因子が変化すると脂質の組成が大きく変化する場合がある。たとえば橈脚(じょうきゃく)類(水生小動物)では、冷水(250m以深や高緯度地域の表層水など)に生息しているものは、暖水に生息するものよりも一般的により多くの脂質をもっている。また脂質のなかでもワックスエステルの含有比が高い。また冷水に生息するものはCの2重結合がより多く認められ、脂質の不飽和度が高い。
 橈脚類で実際に認められる全脂質・トリグリセリド・ワックスエステルの広い組成範囲を表2-1(略)にしめした。脂質には−CH2−鎖状構造が豊富であり、脂質にとむ生物、たとえば乾燥重量にして約10%もの脂質をふくむプランクトンやワックスにとむ高等植物などは石油の重要な起源生物である。』