亀山(1999)による〔『エクセルギー工学』(16-18p)から〕


1.エクセルギー概念の誕生
 一般に使われるenergy(エネルギー)は、1717年に物理学者Bernoulliがギリシャ語で“仕事”を意味するergonに“中へ”を意味する接頭語enを付けたものといわれ、“仕事をする潜在的能力”を意味している。この言葉は、エネルギー保存の法則(熱力学第一法則)といわれるように、本来の“仕事の能力”の意味とは別の意味で理解されている。すなわち、エネルギーには“熱エネルギー”、“力学的エネルギー”、“電気的エネルギー”、“化学的エネルギー”などいろいろな形態があるが、それらすべての種類のエネルギーをひとまとめにして、相互に変換しても全体として増えも減りもしないという量的意味に使用されている。たとえば、300℃(573K)の水蒸気のもつ1kJの熱エネルギーも40℃(313K)の温水のもつ1kJの熱エネルギーも同じ1kJのエネルギーとみなしている。したがって、水蒸気が水と接触して冷えてお湯になっても、1kJの熱エネルギーであれば、どちらも同じ熱エネルギーは保存されていることになる。ところが、仕事をする能力という本来のergonという言葉からすると、300℃の水蒸気はタービンで仕事を取り出せるが40℃のお湯では給湯に使える程度で、ほとんど仕事を取り出せない。水蒸気が冷えてお湯になれば仕事の能力が失われているというのがエネルギーを実際に扱う者の実感である。現在使用されているエネルギーの概念では、この区別ができず、工学的なエネルギーの有効利用を考える場合に不便である。もっと明確に仕事の能力を表現する概念が必要とされる。そこで、本来の仕事の能力の意味を考察する中で、エクセルギーの概念が生まれた。その歴史を文献1)〜3)から見てみることにする。

文献
1) Haywood,R.W.:J. Mechanical Eng. Sci., 16(4), 258-267 (1974)
2) 中西重康:エクセルギーによる総合管理手法.熱管理と公害、26(10)、10-15(1974)
3) 斉藤孝基:エネルギー利用上の熱力学的問題(1).機械の研究、30(10)、1021-1026(1978)


 エクセルギーの概念の誕生は、最大有効仕事の研究と関係している。Sadi Carnotは、1824年に発表した「火の動力についての省察」において熱エネルギーのうち仕事に変わりうる部分に限界があることを述べている。William Thomson(後のKelvin卿)は、1950年に発表した「熱の原動力について」において、得られる最大仕事の概念をmotivityという語で表現した。Maxwell,J.C.は、1971年の「熱の理論」のなかでavailable energyという語を使用して取り出しうる仕事を議論している。1873年にGibbs,J.W.は、このavailable energyの概念に解析的基礎を与えた。Gouyは1889年にenergie utilisableという語で最大仕事を論じ、Stodolaは、1898年にtechnishe Nutzarbeitを流れから得られる最大仕事として定義している。Jouguetは、1907年にこの2人の考えを総合して環境の値をゼロとおくことを提案した。たとえば、平地にある環境中の水の仕事能力はゼロである。これらの、最大仕事に関する研究を踏まえて、Keenanは、1932年に1つの系から得られる最大仕事をb=h−Tosとして定めた。1951年の論文で最大仕事(availability)と実際に取り出された仕事の差は不可逆性によるもの(irreversibility)とした。そして、従来の熱から仕事への変換率を表すefficiencyに対して、最大有効仕事に対する実際の取り出す仕事の割合をeffectivenessとした。Rantは、1953年にそれまでに使われていたいろいろな最大有効仕事の表現を統一するために、ギリシャ語で“仕事”を意味するergonに“外へ”を意味する接頭語exをつけ、さらに愛称の接尾語ieを付けて、ex erg (on) ie → exergie(エクセルギー)を提案した。そして、エネルギーは、(1)他のエネルギー形態(仕事)に変わりうる部分と(2)変わりえない部分とがあり、前者exergie(有効エネルギー)と呼び、後者をanergie(無効エネルギー)と呼ぶとして、エネルギーとエクセルギーの関係を明確にした。すなわち、エネルギー(有効エネルギーと無効エネルギーの合計)は保存される(熱力学第一法則)が、有効エネルギーはエネルギー変換の過程で保存されず、次第に無効エネルギーに変化していく(熱力学第二法則)ことになる。文献2)の中西のまとめによれば、エネルギーとエクセルギーの特徴は次のようになる。
 エネルギー:
 (1) 系のパラメータにのみ依存し、外界(周囲媒体)のパラメータに依存しない。
 (2) 絶対値はゼロとならない。
 (3) いかなる場合も保存則に従い、消滅することはない。
 エクセルギー:
 (1) 系のパラメータ以外に周囲媒体のパラメータにも依存する。
 (2) ゼロとなる(系が最初から周囲媒体と完全に平衡の場合)。
 (3) 可逆プロセスにおいてのみ保存則に従う。現実の非可逆プロセスでは一部または全部が消滅する。
 現在は、available energy、availabilityの表現は米国を中心に、Exergi(独)、exergy(英)の表現は、ヨーロッパを中心に受け継がれている。日本では、エクセルギーを利用可能度、有効エネルギーと呼ぶこともある。最近はどこでもexergy(エクセルギー)がよく使用されるようになってきた。次の節では、これらの議論を数式で表現して紹介する。』