『その4:石炭への道
海浜湿地や内陸の湿原に堆積した泥炭は、ある時期、地殻変動にもとづく海水準上昇により砂泥に覆われ、地下深く埋没していくことになります。“ある時期”とは、先の堆積状況のところで述べましたバリスカン変動やアルプス変動の時期です。地下に入った泥炭には、人間が再現不可能な長大な時間をかけて、100m深くなる毎に約3゚C上昇するとされる地温と約25気圧上昇する地圧が加えられます。この大地のオートクレーブの中で泥炭から石炭への化学反応が進行していきます。この自然の作用を、一般に石炭化作用(Coalification)と言い、その石炭化の程度(石炭化度)は揮発分や水分、炭素含有量、反射率等で表すことができます。たとえば、ルール炭田での試錐深度と石炭化度との関係(第1・5図:略)から、深度が大きくなるほど堆積年代は古く、地温も高くなるため、低揮発分・低水分化、炭素含有率向上など石炭化度が高くなる方向に反応が進むことが理解されます。つまり石炭化度は、地温と被加熱時間に大きく左右されていると言えます(第1・6図:略)。
さらに、石炭の主要成分である炭素、水素、酸素の3元素に注目して石炭化作用を考えてみましょう。第1・7図(略)は各石炭化段階を[H]/[C]、[O]/[C](ともに原子数の比)に2元指数化し、グラフ上に位置づけたものですが、石炭化作用の当初は脱水、脱メタン、脱炭酸反応がバランスし、図中に示す木材→泥炭→褐炭への方向に反応が進行します。しかし[O/C]が0.3以下(いわゆる石炭の領域)になると脱メタン反応は僅かしか進行せず、脱炭酸反応が主に進行していくのが良く理解されるかと思います。これは図中に示す再現実験結果から、圧力を加えると脱メタン反応を抑え、脱炭酸反応を促進するのに効果があるとわかります。木炭を造る時のような炭化作用の脱メタン、脱炭酸反応が同時に進行する反応とは経路を異にします。
つまり石炭化作用とは、マイルドな温度(高々200゚C程度)ながら、超長時間・高圧の条件でもたらされた水素を温存し、炭素含有量を向上させる純化学的反応といえます。そしてこの泥炭から褐炭を経て石炭に至る道をコール・バンドと呼び、石炭化学者が石炭を捉える基本になっています。』