加藤(1998)による〔『マンガン鉱物読本』(1、6-8p)から〕



 この本の内容は、わが国によく見られ、その種類も豊富なマンガン鉱物について説明したものです。
 マンガン鉱物というと、勿論マンガンを主成分とした鉱物一般を指すことになりますが、ここでは、わが国で比較的普通に見られる種63種と、それに伴われることのある種37種を選び、それらの主な性質について記述しました。
 わが国は、比較的マンガン鉱物の種類に恵まれています。昭和7年、吉村豊文博士が北海道轟鉱山から発見した新鉱物轟石は、日本産新鉱物第一号で、今では、世界中どこでもこの名前が使われています。その他、わが国から発見されたマンガンの新鉱物には、万次郎鉱・高根鉱・磐城鉱・神保石・上国石*・滋賀石・園石・吉村石・マンガンパンペリー石・オホーツク石・加納輝石・南部石・ソーダ南部石・神津閃石・種山石・益富雲母*などがあります。これらの中で*印のもの以外は、すべて変成層状マンガン鉱床と呼ばれる、主に中生代から新生代の堆積岩中になったマンガン鉱物が、変成作用や交代作用を受けて生成された、マンガン鉱石中から発見されたものです。
 今から野外に出かけて、こうした種類に巡り合うことは困難かもしれませんが、一つの場所で多数の鉱物が見られ、また、要領が分ってくれば、それらの多くを識別することは、そう困難ではありません。そのほか、ある種のマンガン鉱床では、マンガン鉱物ではないものの、そこに濃集することのある、特殊な元素を主成分とした鉱物が生成されていることもあります。
 採集するだけでなく、産地で観察出来る鉱物から、何かを探りたい、と希望する方々のために、今回試みた記述方法の一つに経験則の紹介があります。ある鉱物について見られる傾向を取り上げて、それから派生する事項に入って行く、という方法です。例えば、『殆どない』という表現があれば、その例外側に置かれているものの秘密を探る、というような内容です。
 特別な元素の鉱物であるということで、多少は程度の高い知識が必要になってくるかもしれませんが、兎に角現地へ行って見て、重そうな真っ黒いものを叩いて見ることから経験が始まります。その時の参考書の一つとして御利用頂けたら、というつもりで、この内容をまとめてみました。

平成10年6月
加藤 昭』

目次
第T章 総説

 T.1. マンガン鉱物概説
 マンガン鉱物といえば、マンガンを主成分とする鉱物であることは、すぐ分ります。確かに金属元素が主成分となっている殆どの場合は、このような表現が適用されます。例外はと申しますと、もうすぐお分りのように、地球上に非常に豊富にある元素の鉱物は、それが含まれていて当然なので、例えば、酸素鉱物というような表現はありません。実は珪素鉱物も同じことなのですが、珪素を主成分とする鉱物は、ごく僅かの種類を除いて、珪酸塩鉱物という、鉱物の系統分類上の区分に入りますから、珪素鉱物という表現もまた、殆ど用いられません。
 何故、このような話をするかというと、複数の元素を含む鉱物、例えば金・銀鉱物というような場合であれば、これは貴金属であるこれらの金属を含む鉱物であると同時に、これらの鉱石鉱物、すなわち掘って儲けることの出来る対象となる、ということをも意味するということで、金・銀鉱物すなわち金・銀鉱石鉱物であるというような、別の意味を持ち得る場合が、元素名+鉱物という単語にはあり得る、ということなのです。
 この例で最もよく知られているのは、中学校や高校の教科書にも出てくる、鉄苦土鉱物という表現です。これは、単に、鉄あるいはマグネシウムを主成分として含む鉱物という意味ではなく、珪長鉱物と共に、造岩鉱物の一つの区分を担う、複数の鉱物を指す用語となります。鉄やマグネシウムを主成分とする鉱物の一部が、造岩鉱物という鉱物の成因や産出状況を考慮に入れた、一つの区分中に含まれる、ということになります。
 マンガンという元素は、鉱物中に含まれる時には、原子価+2、すなわちMn2+を造る、原子価+3としてMn3+を造る、そして原子価+4としてMn4+を造るという三種類の異なった状態を取ります。これ以外にもMn7+という形でMnO41-(過おマンガン酸イオン)を造るという記述が公表されたことがありますが、確実ではありません。
 こうした原子価状態を持つマンガンは、単一種鉱物中、二種類存在することがありますが、他の元素には見られない特徴があります。すなわち、二価と三価の共存は当然としても、二価と四価の共存という、間を飛ばしての共存が見られるのです。それも、現在迄に知られた例では、四価のマンガンを主成分とする種が、少量の二価のマンガンを含むという形で、例えば、エヌスタ鉱(Nsutite、(Mn4+,Mn2+)(O,OH)2)がこれに該当します。何故、こういうことを言うかというと、四価のマンガンの鉱物は、主に酸化物で、二酸化マンガン鉱物と総称され、地表条件あるいは深海底で生成されるものですが、そのような場では、三価のマンガンは生成されないか、あるいは生成されても不安定であると考えられています。何れにしても、条件によっては、二の次、三でなくて四である、という奇妙な環境がマンガン鉱物の世界にはある、ということが言えるのです。
 二価のマンガンイオン(Mn2+)は、先程出てきたマグネシウムや二価の鉄のイオンと色々な点で似ています。すなわち、あるマグネシウム鉱物において、そのマグネシウムの代わりにマンガンが含まれているような種、すなわちマンガン置換体の存在する例が、色々な鉱物について見られます。中学校や高校の教科書にも見られるような、鉄苦土鉱物の中にも、その例があります。橄欖石族の鉱物で、マグネシウムを主成分とした苦土橄欖石(Forsterite、Mg2[SiO4])のマンガン置換体として、マンガン橄欖石(あるいはテフロ石)(Tephroite、Mn2[SiO4])という種類があります。また、最も普通の鉱物の一つである、方解石(Calcite、Ca[CO3])のカルシウムを、二価のマンガンで置き換えた種として、菱マンガン鉱(Rhodochrosite、Mn[CO3])という種もあります。磁力のある鉱物として知られている、磁鉄鉱(Magnetite、Fe2+Fe3+2O4)の中のFe2+をMn2+で置換したヤコブス鉱(Jacobsite、Mn2+Fe3+2O4)という種もあります。ここに掲げた例は何れも、もとの鉱物と置換体とは、同様の原子配列を持ち、それらの間には、中間組成のものが存在します。例えば方解石と菱マンガン鉱との中間物は、化学組成式(Ca,Mn)[CO3]で与えられ、原子数がCa>Mnであれば、含マンガン方解石、逆であれば、含カルシウム菱マンガン鉱と呼ばれます。なお、これらは何れも独立の鉱物種ではなく、それぞれ方解石および菱マンガン鉱として取り扱われます。このような鉱物の中では、括弧で括られているイオンが占めるべき原子配列上の位置は、ある所はCa、別の所はMnというように、特定の規則に作用されることなく均等にばら撒かれており、ある領域を取れば、その領域全体が、両者の分布に関しては均一になっています。このような物質のことを固溶体といい、もし二つの物質の間に、連続的な化学組成変化が存在する時、両者の間に連続固溶体がある、あるいは連続固溶系が成立する、と言います。
 マンガン鉱物の種類が多いのは、このように色々な造岩鉱物について、それを構成しているマグネシウムや鉄の代わりに、マンガンが入ることができる、ということと、三種類の原子価を持っているということによります。そして勿論、わが国が、地質学的に見て、マンガンを含む地質単位に富んでいる、ということも、我々がマンガン鉱物に関心を持つ上での大きな要素になっています。具体的に言えば、中生代から新生代の堆積岩の中に、マンガンの炭酸塩・酸化物・珪酸塩などからなる特殊な堆積岩があり、これらや、それが色々な種類の変成作用や交代作用を受けて生成された、複雑な内容の鉱物集合に出会う機会が、わが国では多い、というようになると思います。また、このような堆積岩に伴って、マンガン以外の元素が濃集されることもあります。しかも、その種類は半端ではなく、多い場合には、一産地で十種類を超えることもあります。そうすると、あるマンガン鉱物の産地で、これらの元素の鉱物が観察の対象となることも起こり得ます。
 本書では、比較的普通に見られるマンガン鉱物の他に、マンガンを主成分とはしないけれども、マンガン鉱物を含む鉱物集合を構成することがある種について、その主なものを紹介するようにしました。』

 T.2. 苦鉄鉱物との関係/T.3. 主な産状/T.4. 成因/T.5. 特徴と識別
第U章 各論
 U.1. 閃マンガン鉱/U.2. 緑マンガン鉱/U.3. ガラクス石/U.4. ヤコブス鉱/U.5. 磐城鉱/U.6. ハウスマン鉱/U.7. パイロファン石/U.8. 軟マンガン鉱/U.9. 万次郎鉱/U.10. クリプトメレン/U.11. 轟石/U.12. ラムスデル鉱/U.13. エヌスタ鉱/U.14.バーネス鉱/U.15. マンガン重石/U.16. パイロクロアイト/U.17. ファイトクネヒト鉱/U.18. 水マンガン鉱/U.19. ランシー鉱/U.20. リシオフォル鉱/U.21. 菱マンガン鉱/U.22. 神保石/U.23. ウィゼル石/U.24. サセックス石/U.25. 滋賀石/U.26. マンガンベルツェリウス石/U.27. マンガン橄欖石/U.28. 灰マンガン橄欖石/U.29. 満礬石榴石/U.30. アレガニー石/U.31. 園石/U.32. リッブ石/U.33. ブラウン鉱/U.34. 紅簾石/U.35. マンガンパンペリー石/U.36. オホーツク石/U.37. サーサス石/U.38. アルデンヌ石/U.39. 吉村石/U.40. マンガン斧石/U.41. ティンツェン斧石/U.42. ゲイジ石/U.43. 加納輝石/U.44. ヨハンセン輝石/U.45. マンガンカミントン閃石/U.46. 含マンガン透閃石/U.47. 神津閃石/U.48. バスタム石/U.49. セラン石/U.50. ばら輝石/U.51. マースター石/U.52. 南部石/U.53. 曹達南部石/U.54. マンガンバビントン石/U.55. パイロクスマンガン石/U.56. 種山石/U.57. ペナント石/U.58. カリオピライト/U.59. バニスター石/U.60. ガノフィル石/U.61. マンガンパイロスマライト/U.62. ネオトス石/U.63. ヘルバイト
第V章 マンガン鉱物以外の鉱床構成鉱物
 V.1. 石墨/V.2. 閃亜鉛鉱/V.3. 黄銅鉱/V.4. 安四面銅鉱/V.5. 方鉛鉱/V.6. 辰砂/V.7. 磁硫鉄鉱/V.8. 紅砒ニッケル鉱/V.9. シーゲン鉱/V.10. 黄鉄鉱/V.11. 輝コバルト鉱/V.12. ゲルスドルフ鉱/V.13. 輝水鉛鉱/V.14. 磁鉄鉱/V.15. 赤鉄鉱/V.16. 石英/V.17. 針鉄鉱/V.18. 方解石/V.19. 重晶石/V.20. 石膏/V.21. 灰礬石榴石/V.22. チタン石/V.23. ダトー石/V.24. 透輝石/V.25. 灰鉄輝石/V.26. 錐輝石/V.27. 透閃石/V.28. ハウイー石/V.29. 白雲母/V.30. 木下石/V.31. 緑泥石/V.32. グリーナライト/V.33. キュムリ石/V.34. 正長石/V.35. 重土長石/V.36. 曹長石/V.37. 重土十字沸石

あとがき



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