広渡・桃井(1978)による〔『日本のマンガン鉱物の研究の現状と問題点』(139-141、151p)から〕


1.はじめに
 今日までの日本のマンガン鉱物および鉱床の研究の歴史をみると、3つの分野に分けられる。その1は個々のマンガン鉱物の鉱物学的諸性質をできるだけ詳細に記載していく記載鉱物学の分野、その2はマンガン鉱物の集合体としての産状、共生関係に主眼をおき、鉱床を記載していく記載鉱床学の分野、その3は合成実験および熱力学的データーから、マンガン鉱物の安定条件を考察していく理論的分野であろう。それぞれの分野における研究者の数は、決して多くはないが、その成果は多くの論文として発表され、その評価は世界的にも高い水準にあると思われる。
 筆者らは、これらの研究の成果について、その現状を紹介し、特に鉱物学的にも、鉱床学的にも重要で、かつ興味ある問題を取り上げ、解説しようと試みたのであるが、紙数の関係からつぎのような順序で紹介することにした。すなわち、(1)まず日本における研究の概要を、1934〜1967年頃までと、1968〜1977年までの2時期に分けて紹介する。(その理由は、1967、1969年に、吉村豊文による日本のマンガン鉱床補遺前編、および同後編が出版され、これまでの研究の大要が集録されているからである)。(2)つぎに1968年以降に研究が活発に行われ、明らかになった鉱物のうち、筆者らが興味をもち、重要と考えた鉱物についてその問題点を紹介する。(ただし、二酸化マンガン鉱物全般については割愛することにした)。(3)最後に、1968年以降に発見された新鉱物、および新産鉱物はできるだけとりあげ、簡単に紹介する。
 ところが、結果的には(2)の項で、準輝石・輝石類、および含マンガン角閃石類などの珪酸塩鉱物に頁数を割きすぎ、酸化鉱物として、ヤコブス鉱、ガラクス石、およびブラウン鉱をとりあげるに止まった。
 なにぶん、最近の研究成果は目覚ましく、かつ多方面に伸展しているので筆者らの未見の文献も多く、また理解不足のため、重要な文献の見落しや誤解があると思われる。諸賢のご批判とご教示を賜れば幸いである。なお、マンガン鉱物の和名についての使用は、研究者によって異なるので、原著に従い統一せずに用いた。

2.日本におけるマンガン鉱物の研究
(1)1934〜1967年までの研究

 この間の研究の方向は、前述の記載鉱物学全盛の時期といえる。すなわち、日本のマンガン鉱物の記載的研究の端緒は、吉村豊文(1934)による新鉱物轟石の発見に初まる。その後、吉村の研究は栃木県加蘇鉱山産のマンガン鉱物の記載に移り、多数のマンガン鉱物の鉱物学的性質を明らかにするとともに、いくつかの新産鉱物および新鉱物を報告した(1938、1939)。すなわち、そのおもなものは、轟石(1934)、緑マンガン鉱(1936)、マンガンざくろ石(1936)、加蘇長石(1936)、ピクロガラクス石(1936)、ウルバン石(1937)、クネービル石(1938)、アレガニー石(1938)、マンガノヒライト(1938)、ブラウン鉱(1938)等であろう。
 これらの研究には、主として顕微鏡と化学分析が用いられた。その後吉村は、九州大学に移り、研究室の若手研究者を指導しながら、マンガン鉱物の記載的研究分野の基礎を作った。当時は、第2次大戦後間もない時期であり、研究設備としては、顕微鏡・化学分析であった。1952年頃からX線装置、示差熱分析装置が整備され、マンガン鉱物の記載的研究は急激に進んだ。当時の研究室には、白水晴雄、森山善蔵、安部善信、松石秀之、木村守弘、吉永真弓、青木義和、尾崎正陽、および筆者らが在籍し、研究の一端を担った。
 吉村は、1969年定年退官まで、終始一貫、日本のマンガン鉱物および鉱床の研究を行い、この間、日本のマンガン鉱床(1952)、日本のマンガン鉱床補遺前編(1967)、同後編(1969)の3巻の集大成を世に送った。この3巻にこれまでの研究成果の大要が集録されている。これらのうち、特筆すべきものはつぎのとおりであろう。(それぞれの文献は挙げないが、上記を参照されたい)
 ハウスマン鉱(1949)、ダンネモル閃石(1947、1961)、紅れん石(1954)、ベメント石(1955)、ガノヒル石(1955)、ピロックスマンガン石(1958、1963)、ヘルビン(1959)、イネス石(1960)、ソノ石(1963)、ヨハンゼナイト(1964)、バラ輝石(1964)、バナジウムザクロ石(1964)、ウイザマイト(1964)、マンガンスティルプノメレン(1964)、カーホライト(1966)、トサライト(1967)、ドスライト(1967)等の研究であろう。
 一方、1952年頃から当時東京大学の渡辺武男、および加藤昭、由井俊三、伊藤順らは、岩手県野田玉川鉱山、および関東地方のマンガン鉱床の研究を開始し、数多くの鉱物学的記載を発表した。特に新鉱物、新産鉱物など特筆すべきものが多い。すなわち、
 バスタム石(1956)、パイロスマライト(1957)、パイロクロイット(1960)、マンガンパイロスマライト(1961)、吉村石(1961)、原田石(1962)、神保石(1963)等の発見であろう。
 当時、北海道大学の原田準平・松田俊治らは、1944年から1954年頃まで北海道道南地域に多産する菱マンガン鉱を主とする浅熱水性鉱脈型鉱床の鉱床学的研究を行い、菱マンガン鉱、マンガン方解石、マンガンアンケライト等の炭酸塩鉱物の化学組成を明らかにした。また、針谷宥・原田準平(1957〜1963)は、北海道地方の二酸化マンガン鉱物を研究し、その成果を発表した(1961)。特にグロータイト(1959)、バーネス鉱(1961)、ラムスデル鉱(1963)、ランシー鉱(1958)等の記載は、本邦新産鉱物である。
 1956年頃、京都大学の鵜飼保郎、西村新一・前田喬らは、丹波地域の二酸化マンガン鉱物を研究し、クリプトメレーン鉱(1956)、パイロルース鉱(1956)について最初の記載を行った。
 一方、東北大学選鉱製錬研究所の南部松夫・岡田広吉・谷田勝俊らは、1959年頃から東北地方の二酸化マンガン鉱物の鉱物学的研究を精力的に行い、1965年頃までに二酸化マンガン鉱物の鉱物学的性質を明らかにし、その分類の大綱を完成した。特に、サイロメレーン鉱(1959)、γ-型ラムスデル鉱(1959)、ホーランド鉱(1963)、リシオホル鉱(1963)等の詳細な記載は特筆すべき成果であろう。
 以上が、1934〜1965年頃までの約30年間における日本のマンガン鉱物の研究の概要である。この間における研究は、一口でいえば、各種のマンガン鉱物の記載的な研究であり、研究方法としては、偏光顕微鏡、反射顕微鏡による観察、化学分析、X線粉末回析法、および示差熱分析、加熱実験による実験、1部合成実験による鉱物の同定試験などが用いられた。
 この間に明らかにされたマンガン鉱物は、酸化鉱物6種類、二酸化鉱物・含水酸化鉱物14種類、珪酸塩・含水珪酸塩鉱物26種類、炭酸塩鉱物3種類、その他4種類、合計約53種類の新産鉱物および新鉱物が記載され報告された。このうち、日本人研究者によって命名された新鉱物として、轟石、加蘇長石、吉村石、神保石、原田石、ソノ石、万次郎鉱、トサライト、ドスライト等があるが、これらの記載は日本のマンガン鉱床補遺前編(1967)に集録されている。

(2)1968〜1977年までの研究
 1965〜1966年頃までは、二酸化マンガン鉱物を除く大部分のマンガン鉱物の研究は、九州大学吉村研究室、および東京大学渡辺研究室で行われてきた。しかしながら、1966年頃から、東北大学選鉱製錬研究所の南部研究室が東北地方のケイ酸マンガン鉱の鉱物学的研究を精力的に行うようになってから、研究の中心は東北大学に移った感がある。南部は、谷田勝俊・北村 強・熊谷 進らの協力のもとに、現在まで各種のケイ酸マンガン鉱物を記載報告している。その主なものは、マンガンかんらん石(1966a、1975b)、スペサルティン(1966b)、各種の準輝石および輝石類(1967、1970a、1970b、1972、1975a、1976a、1976b、1977)、各種の含マンガン角閃石類(1968、1969、1971、1973a、1973b、1974a)、含マンガン金雲母(1974b)、および新鉱物神津閃石(1969b)等である。
 また、その他の大学、研究所でも各種の鉱物が研究され、つぎつぎに新産鉱物、および新鉱物が発見され報告されている。今日まで報告された新鉱物としては、松原・加藤による磐城鉱(1975)、吉井・青木・前田らによる南部石(1972)、吉井らによる木下石(1973)、原田らによる益富雲母(1975)、南部・谷田による高根鉱(1971)、上国石(1977)、および小林による加納輝石(1977)等8種類が記載されている。
 また、新産鉱物の発見も多く、松原らによるszmikite(1973)、manganberzeliite(1975)、orthoericssonite(1975)、sussexite(1976)、ilesite(1976)、南部・谷田らによるmallardite(1977)、および広渡・福岡らによるwelinite(1977)等の発見があげられる。このように、マンガン鉱物の記載的研究は、依然として活発であり、今後も新しい鉱物が発見されるであろう。
 一方、1970年頃からMnを主成分とする準輝石(rhodonite、pyroxmangite、bustamite、nambulite、serandite)の結晶構造に関する詳細な研究が、大阪大学産業科学研究所の森本信男・床次正安・小藤吉郎・成田英夫らや、東京大学の竹内喜慶夫・山中高光・工藤康弘らによって精力的に行われ、1976年頃までに準輝石の結晶化学的問題が体系づけられた。(Narita et al., 1972, 1973, 1975;竹内ら1976;Takeuchi et al., 1977)。
 他方、マンガンを含む珪酸塩鉱物の合成に関する研究が、1970年代からヨーロッパで活発になり、アメリカでは伊藤 順(1972、1973)、わが国でも秋本・庄野(1972)、桃井(1973、1974)らによってMn-Mg-輝石類の研究が進められている。また、石田・桃井ら(1977)はヤコブス鉱−ガラクス石の熱水合成を行った。桃井(1976)は、マンガン珪酸塩鉱物の合成実験のデータ−をもとに、天然のマンガン鉱物の安定関係を論じている。
 また、硫化鉱物(MnS-FeS系)の合成実験は、苣木・北風(1972);石田・苣木・島・北風(1977)らによって行われ、MnS-FeS系の相平衡図、fs2-T図が求められた。福岡・広渡(1977)は、天然産のアラバンダ鉱の化学組成を検討し、生成条件を検討した。
 津末(1967)は、本邦新産のMg-kutnahoriteを発見記載し、さらにCaCO3-MgCO3-MnCO3系のサブソリダス関係から、この系の生成温度や鉱物共生を論じた(1970)。また、宮久ら(1975)は、豊栄鉱山のkutnahoriteの化学組成と鉱物共生について、さらに渋谷・原田(1976)は、kutnahoriteとともに他の炭酸塩鉱物の鉱物学的諸性質を詳細に検討している。また、尾崎(1969、1970、1972)は、日本のマンガン鉱床産のMn-axiniteの化学組成と産状について総括している。
 一方、臼井(1976a、1976b)、および臼井・武内・正路(1976)らは、海底マンガン団塊の鉱物組成とその生成機構について新知見を発表している。また、石田ら(1977)は、マンガンざくろ石のなかでcalderite(Mn3Fe2Si3O12)分子を含むざくろ石を発見報告した。
 以上、1967年以降の主な研究の概要を述べたが、この間に新鉱物8種類、新産鉱物10種類が発見記載された。ここで、特筆すべきことは、(i)Mnを主成分とする準輝石類の結晶化学的問題が体系的に解明されたこと、(ii)Mnを含む角閃石類の分類が議論されたこと、(iii)マンガン鉱物の合成実験が開始されたことなどであろう。さらに、新しい実験方法として、(iv)X線マイクロアナライザー、単結晶自動回折計、メスバウアースペクトロメーター等が導入されたことであろう。したがって、今後はこれまでの記載鉱物学、記載鉱床学の研究分野の精密化とともに、マンガン鉱物の生成条件を物理化学的に解明していく研究分野が発展して行くであろう。』

3.準輝石類と輝石類について
(1)バラ輝石・ロードン石・rhodonite
(2)パイロックスマンガン石・pyroxmangite
(3)パイロックスフェロ石・pyroxferroite
(4)バスタム石・bustamite
(5)南部石・nambulite
(6)セラン石・serandite
(7)ヨハンゼン石・johannsenite
(8)加納輝石・kanoite
(9)準輝石・輝石類の同定について
(10)準輝石・輝石類の結晶化学
4.含マンガン角閃石類について
(1)Cummingtonite系の含マンガン角閃石類
(2)Richterite
(3)含マンガンアルカリ角閃石類
5.酸化鉱物について
(1)ヤコブス鉱(MnFe2O4)・jacobsite−ガラクス石(MnAl2O4)・galaxite
(2)ブラウン鉱(Mn2+Mn3+6SiO12)・braunite
6.新鉱物について
(1)神津閃石・kozulite
(2)高根鉱・takanelite
(3)南部石・nambulite
(4)木下石・kinoshitalite
(5)磐城鉱・iwakiite
(6)益富雲母・masutomilite
(7)加納輝石・kanoite
(8)上国石・jokokuite
7.新産鉱物について
(1)Feitknechtite
(2)Chalcophanite
(3)Szmikite
(4)Orthoericcssonite
(5)Manganberzeliite
(6)Serandite
(7)Sussexite
(8)Mallardite
(9)Ilesite
(10)Welinite

8.おわりに
 
以上で、日本のマンガン鉱物の研究の現状を紹介し、これらの中から鉱物学的にも、鉱床学的にも重要で、かつ興味あると思われる若干の問題について説明し、最後に最近発見された新鉱物、および新産鉱物を紹介した。
 しかしながら、最初にも述べたように紹介が準輝石類および輝石類と、角閃石類にかたよりその他の鉱物としては、ヤコブス鉱−ガラクス石系、およびブラウン鉱に関する若干の問題を指摘するにとどまった。
 この外にも重要な問題は多い。たとえば、マンガンヒューマイト類(アレガニー石、ソノ石)、マンガン金雲母、マンガンざくろ石、紅れん石、ビリヂン、ピロファン石、含マンガンエヂリン等は問題の多い鉱物である。機会があれば紹介したいと考えている。』

引用文献



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