竹松(1998)による〔『マンガン団塊−その生成機構と役割』(113-118p)から〕


5.3.2 団塊の堆積物表面への生き残り機構

 団塊の埋没と堆積物表面への生き残りに関して、Broecker and Peng(1982)は、次のような面白いたとえ話を披露した。遠い惑星の極地方にある大きな氷原に、一団の宇宙探検家が到着した。彼らは、毎年その年に積もった雪の厚さだけ、彼らの持ち物を持ち上げ、埋没するのを防ぐ。亡くなった人を埋葬せずに、次の雪が降るまで放置する。定常的人口10,000人を維持して1,000年後、考古学者が、暇に任せて、この星に到着した彼らの祖先の遺品を求めて、深い溝を掘った。300m掘って、遂にそれに到達した。彼は、掘り起こした遺体の数と溝の面積が氷原全体の0.1%であることを考慮して、溝の境界線内には、いつも一度に平均して10人住んでいたと正しく計算した。平均寿命を100歳とすると、1,000年間に約100人死んで埋まっていたのである。探検家の最初の世代(10人)は、彼の掘った最も深い30m層に、次の世代はその上の30m層に、といった具合である。即ち、このモデルでは、溝の面積に相当する氷原に住んでいる人の数(10人)とその下の30m層(人の平均寿命に相当する)に埋まっている遺体の数は等しい。ただし、その平面内のどこに埋まっているかは分からない。このモデルでは、平均寿命(100歳)を全うするために、各人は、自分自身と持ち物を毎年0.3m、一生では30m持ち上げなければならない。

 これに関連して、Heath(1979)は、簡単なモデルを提出した。彼のモデルでは、団塊は時間に関して均一に成長し、団塊の埋没する確率はサイズや年齢に依らず、表面に存在する団塊の数のみに依存する:
     (D−D0)/ 2=Gt         (5.1)
     dN/dt=−BN            (5.2)
(5.2)式を積分すると、
     N=N0e^(-Bt)            (5.3)
あるいは
     ln N=ln N0−Bt          (5.4)
(5.1)式を代入して、
     ln N=ln N0−B(D−D0)/2G   (5.5)
ここで、D:時間tにおける団塊の直径(mm)、D0:時間0における団塊の直径、G:成長速度(mm/10^6年)、t:時間(10^6年)、dN/dt:単位時間、単位面積(m^2)当たりに埋没する団塊の数、N:単位面積当たりの直径Dの団塊の数、N0:単位面積当たりの最小サイズ群(D0)の団塊の数、B:埋没速度(1/10^6年)、である。

 このモデルが正しければ、堆積物表面に存在する団塊の数(ln N)を団塊の直径(D)に対してプロットすれば、勾配が-B/2G、直径がD0で団塊の数がln N0の値をもつ直線となる。彼は、このモデルを、DOMES-25 BC-2(14゜15'N、124゜59'W;水深4560m)(Macdougall、1979)に適用して、B/2G=0.094mm^(-1)、D0=3.5mm、N0=49m^(-2)、B=2.9/10^6年、そして団塊が堆積物表面に存在する滞留時間はBの逆数であるから約3.5×10^5年を得た(図5-1:略)。また、太平洋の赤道域北部のFFG-017(9゜03'N、146゜29'W、水深5180m)(Andrews et al.、1974)に対しては、B/2G=0.12mm^(-1)、D0=6mm、N0=130m^(-2)、B=0.96/10^6年、滞留時間として約1×10^6年を得た。また、このモデルが正しければ、埋没団塊の深さ方向の分布は一定のはずである。Heath(1979)によれば、データは実際にそうなっている(図5-2:略)。

 Finney e al.(1984)によれば、MANOP Site Hでは、G=47mm/10^6年、B/2G=0.036mm^(-1)、D0=2cm、B=3.4/10^6年、滞留時間は約3×10^5年である。MANOP Site Hにおける堆積物の堆積速度は6.6mm/10^3年であるから、団塊が堆積物表面に生き残るためには3×10^5年間(滞留時間)に堆積物中を約2m這い上がらなければならない。これは、千年に7mmに相当する。団塊は、底棲生物により、千年に一度、7mm押し上げてもらう幸運に恵まれるであろうか?

 Usui et al.(1993)は、南西太平洋のペンリン海盆において、ピストン・コアー17本中の10本から、14個の埋没した団塊を見つけた。堆積物の地層は、音波探査に基づいて3層(上から、Units I、IIおよびIII)に分けられたが、埋没団塊は上の2層(Units IおよびII)に存在した。堆積物表面に存在する団塊の場合、団塊の内部は大きく2層に分けられるが、団塊の中心部から表面部に向かって、Coの濃度は増加、スメクタイトと石英の濃度は減少傾向を示した。また、Unit IIからUnit Iの地層に向かって、スメクタイトと石英の濃度は減少傾向を示した。埋没団塊の場合には、Unit IIに存在する団塊のCo濃度は、堆積物表面に存在する団塊の中心部のそれに対応した。彼らは、これらの結果から、大半の団塊は、堆積物が沈積する間、堆積物表面に持ち上げられ続けたが、埋没団塊は堆積物中に置き去りにされた、と結論した。埋没団塊の化学および鉱物組成や内部構造が、表層に存在する団塊の中心部のそれに似ているという結果は、von Stackelberg(1979、1982)によっても報告されている。

 鉄−マンガン団塊が、堆積物−海水境界層になぜ留まることができるかを説明するいろいろな機構が提案されている。それらの機構は、物理的と生物的の2つのグループに分けられる。Glasby(1977)は、底層流によって団塊が時折ひっくり返される、という説を提出した。しかし、堆積物に部分的に埋没した団塊を転がすことは困難で、そのためには、団塊の周りの堆積物を流し去る必要がある。水路実験によると、団塊は、団塊の上流にできる窪みに転がり落ちるが、流速が更に増加するまでそこに留まる。また、比較的等間隔に並んだ団塊群を考えると、単独で存在する場合よりも団塊を動かすことは困難である(Menard、1976)。しかも、底層流説は、全体が堆積物にほぼ埋没している続成起源の団塊が成長する間、団塊を上方に動かし続ける機構を説明できない。

 底棲生物が団塊を持ち上げているという説は、昔から繰り返し提案されている(Menard、1964、1976;Moore and Heath,1966;Heath、1978;Piper and Fowler、1980;Glasby et al.、1982;Finney et al.、1984;von Stackelberg、1984)。しかし、その主役が特定されていないので、底棲生物総動員の感がある。先ず、堆積物表面に住み、団塊を動かしたり、転がしたりする可能性がある生物としては、ヒトデ・ウニ・ナマコの仲間(棘皮動物)、エビ・カニの仲間(甲殻類)、ウミグモの仲間、タコ・イカ・巻き貝・二枚貝の仲間(軟体動物)、ある種の魚などが考えられる。次は、餌や隠れ家を求めて堆積物中に穴を掘る動物(burrowing organisms)で、ゴカイ・イソメの仲間(多毛類)、ユムシの仲間、ナマコの仲間などが候補者である。柱状に採取した堆積物中には、彼らの活動した痕跡(生物撹乱:bioturbation)が残されている。彼らは、団塊に比べて大きい場合には、団塊を脇へ押しやったり、場合によっては、転がして持ち上げたりするかもしれない。しかし、次のような団塊持ち上げ機構が提案されている。代表的なものを列挙する。

 Piper and Fowler(1980)は、内在動物(infauna)によるくさび打ち込み(wedging)行動を、団塊の持ち上げ機構として提案した。それは、ゴカイなどの環形動物や貝類などの斧足綱の底棲生物が、団塊の下に潜り込み、団塊を持ち上げ、これらの動物が作った穴を表層堆積物が埋める(wedging and infilling)というものである。
 Sanderson(1985)は、生物撹乱(bioturbation)によるストークス輸送(Stokes transport)が、団塊を堆積物−海水境界層に留めるという説を提出した。ストークス輸送は、乱流速度(乱れ)が大きいところより小さいところに粒状物質が集まるという現象に基づいている。団塊自身が障害となって生物の接近を妨げ、また団塊が傘となって生物の餌となる沈降粒子の供給を少なくするので、底棲生物が団塊に近づかない。そのため、団塊の下より、その上に団塊が存在しない堆積物中に底棲生物がより多く棲息する。したがって、団塊近傍の乱流速度はその周辺に比べて小さく、団塊の下に粒状物質が集まり、団塊を押し上げる。しかし、この機構は、団塊を上方に持ち上げる力を生じるかどうか疑問である。
 McCave(1988)は、団塊を堆積物表面に維持する機構として、掘進動物(burrowing animals)による堆積物の撹乱に、小塊が非対称的に応答し、小塊が上方に動くという生物的ポンピング機構を提出した。それは、団塊のような小塊を取り囲んでいる泥の強度は、上方に行くに従って減少するので、小塊が、圧力を受けた時、選択的に上方に動くという原理に基づいている。圧力は、穴を掘る底棲生物が、大きくて食べられないような粗い粒子を脇へ押しやることによって生ずる。
 Finney et al.(1984)は、底棲生物が団塊の持ち上げに関与している証拠として、MANOP Site Hでは、2cmより小さい団塊と8cmより大きい団塊は埋没する確率が高いこと(図5-3)を挙げている。底棲生物は、小さい団塊を周りの堆積物と容易に識別できず、また大きい団塊は動かすことができない、と言う。このように、団塊の持ち上げ機構の詳細については議論があるが、生物が団塊を堆積物−海水境界層に維持していることに関しては意見の一致があるように見える。』



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