中村・松井(1988)による〔『図説地球科学』(48-59p)から〕


6 元素とその存在度
 元素を記述する表として周期律表がある。元素の化学的特性をよくあらわしている。周期律表において各元素は平等にその存在を主張している。しかし地球を考えるとき各元素は平等ではない。量の多い少ないがあるからである。われわれもその制限のもとで生きているのである。ある素材を用いて化学的実験を行なうとする。どのぐらいの量の、どういう元素を素材とするか知らずに実験を行なうわけにはいかない。地球の生成と発展を壮大な実験と考えると、元素の存在度が第一級の重要性をもつことが理解されるであろう。
 元素は原子番号Zによって指定される。Zはその元素の原子核のもつ陽子の数である。同一のZに対して複数の種類の原子核が存在することがある。中性子の数Nが異なるためである。その時それらは同位体とよばれる。同位体は質量数A(=Z+N)で区別する。
 図6.1(略)は太陽系における元素の多少を示したものである。数値は表6.1(元素、原子量、宇宙と地殻における存在度)にかかげてある。ふつう、元素の“宇宙存在度”といわれる。元素の化学的性質とはなんの関係もないことは一見してわかる。原子核の安定性と合成過程によってきまったものである。Z偶数の元素は両隣りのZ奇数の元素より多く存在する(H、Beは例外)。そのため図6.1は恐竜の背中のごとくギザヒザである。Z偶数の原子核の方が安定だからである。なお、最も安定な原子核は56Fe(A=56の意味)である。質量数A、すなわち構成粒子の数、あたりの質量が最も小さい。存在度はFeのところに1つのピークがある。
 約150億年前に宇宙が発生した直後に、水素やヘリウムの軽い元素は生じたが、より重い元素が生じたのは恒星の内部である。恒星の通常の進化にともなう核融合反応でFeまでの元素が生じる。ある限度以上の質量の星は進化の最終段階で超新星爆発の段階を迎える。重い元素はこの段階で一気につくられる。Z 30以上の元素が少ないのは、このような原子核の合成過程の反映である。太陽は現在水素からヘリウムをつくっている段階にある。太陽系に重い元素が存在することは、太陽系をつくった物質はそれ以前に少なくとも1回は超新星の爆発を経てきたことを意味する。しかも太陽系ができる直前に最後の爆発があったことが確かである。隕石中に短寿命の原子核(たとえば129I、半減期 1.7×107年が存在していた証拠があるからである。

 宇宙存在度をどのようにして知っているか
 太陽表層部の分光学的観測が宇宙存在度を知る方法の1つである。分光観測のできる元素は限られている。また、例外を除いて同位体比まではわからない。多くの元素の存在度は隕石のうち、炭素質コンドライト・タイプT(C1コンドライト)に分類されるものを分析して得られている。同位体比もくわしくわかっている。水素、炭素、窒素、希ガス元素などのいちじるしく揮発性の高い元素を除くと、図6.2(略)に示されていうように、両者の一致はよい。
 隕石は太陽系の初期のいろいろな情報を保持している。放射年代(第18章参照)は4.55×109年に収束する。太陽系の形成は107年という短い期間内に行われた。極低温のガスと塵の星間雲が円盤状に収縮して原始太陽系星雲が生じる。重力エネルギーが開放されて熱になり、温度が上昇し、塵もガス化する。温度があまり上昇せず、ガス化が不完全な部分もあった。収縮後の温度低下とともにガスから凝縮がおこり、酸化物、珪酸塩、金属の各種の鉱物が生じる。どの温度でどういう元素が凝縮するかのおよそはわかっている。この温度によって元素は5つのグループにわけられる(図6.5参照:略)。凝縮が進むとともに鉱物の塵は合体して成長し、いくつかの段階を経て天体にまで成長する。お互いの衝突により破壊された天体もあった。この一連の過程で特定の部分へのある元素の濃集や散逸(元素の分別)がおこった。
 隕石のいずれも天体の破壊されたものである。隕石には、原始太陽系星雲の凝縮時の状態から元素組成があまり変化していない始原的なものから、元素の分別が相当に進んだ“分化した隕石”までいろいろある(図6.3:略)。コンドライトは他にくらべると始原的なものであり、大きな天体中での元素の分別は受けていないが、凝縮時から母天体形成までの間ではいろいろな程度の元素の分別をうけている。この程度が最も小さく、その元素組成が太陽表層部と最も近いのがC1コンドライトなのである。初期にガス化が不十分であった部分で生成したものらしい。隕石は固体であるから、当然希ガス元素などの凝縮しない元素には乏しい。

 地球全体の元素組成
 直接には地球全体の元素組成はわからない。地球は層状構造をしており、その再外殻の地殻の種々の岩石の組成はよくわかっている。それらを平均して地殻の組成を求めることは可能であり、いくつかの試みがある。実際にはいろいろな岩石の頻度の推定などがからみ、相当むずかしい作業である。表6.1には一例があげてある。図6.4(略)は宇宙存在度に対する比が示してある。
 つぎに地球全体に関する推定方法の一例の概略を示す。基本的には、地球の組成は宇宙存在度に似ていて、コンドライト程度に元素の分別が行なわれたものと考える。地球ができるまでの元素の分別は、前述の凝縮温度による元素のグループごとにまとめて行なわれたと仮定する(図6.5:略)。
 まず最も量の多い中期凝縮元素(図中金属鉄△と珪酸塩○)に分類される元素の量比を地球の密度にあうように、推定する。この元素で地球全体の約90%を占める。
 現在の地球の主な熱源はUの放射壊変による熱である。現在地球は熱的定常状態にあり、発生した熱はすべて外に逃げるとする。この熱流量の測定から地球のUの量を見積ることができる(第2章参照)。U/Siの比を宇宙存在度とくらべて、初期凝縮元素(図中の記号は六角印)がどのくらい分別しているかを知ることができる。したがってこれらの元素の量がわかる。
 U、K、Tlは凝縮段階ではそれぞれ別々の挙動を示すが、地球ができ上った後は似た挙動をする。マグマと結晶が共存しているとき、マグマの方に濃集する元素である。ともに地殻に濃集している。したがって地殻の岩石中のU/K比で地球を代表させることができる。揮発性元素(□中にドット印)全体の分別の程度がわかり、地球における量もわかる。
 高揮発性元素(□)についてもTlを用い同様に推定する。図6.5(略)は推定結果である。ここでいう高揮発性元素よりさらに凝縮しにくいH、He、C(CO2として)、N、O(H2O、CO2として)、希ガス元素などは地球に大きく欠乏している。
 月の表層の岩石を手中にすることができ月についても推定が可能になった。このように、地球の組成は、粗いモデルをつくり、強引な仮定をし、相当複雑な手法を用いないと推定できないものであるということである。凝縮から天体形成に至るまでの物理過程とそれにともなう元素の分別について未知のことが多い。地球の組成は、太陽系全体の組成ほどよくわかっていないのである。現在の知識では、地球は揮発性元素を除くとC1コンドライトにかなり近い物と考えられている。酸素の同位体組成の特徴からも支持されている(第19章)。

 地球における元素の分別
 これは融解(ほとんどの場合部分融解)によるマグマの生成、マグマの移動、固結という過程をとおして行なわれる。その際マグマと結晶の間の元素の分配が問題となる。この時、元素の化学的性質のうち、原子価とならんで、イオンのサイズ(イオン半径)が重要な役割をほたす。以下簡単に解説する。
 地球の核を除いた部分を構成するのは酸化物および珪酸塩鉱物である。珪酸塩は酸化物の複合体といってもよい。一般に酸化物結晶は100%イオン性ではない。しかし、そうであると近似できるので、こうすると便利であり実用的である。酸素の酸化数を-2とした時の酸化数(たとえばSiO2におけるSiの酸化数は+4)を形式電荷とするイオンを想定する。結晶中のイオン間の距離はX線回折によって精密に測定される。陽イオンを指定してやると、O2-イオンと陽イオンとの距離は、いろいろな結晶中でほぼ一定である。このことはイオンがある大きさの球で近似できることを意味する。O2-イオンの半径を適当な方法で定めてやると、イオン間距離の多量のデータを最もよく満足させるような各イオンの半径が求まる(表6.2:イオン半径)。
 主要な造岩鉱物の結晶構造は、陽イオンにくらべて大きいO2-イオンの規則正しいつみ重ね方によって基本的に支配されている。小さい陽イオンの占める席はそのすき間にある。陽イオンは自分の大きさにふさわしい席を好む。たとえばSi4+は4つの酸素にかこまれた4配位の小さい席を好むし、Mg2+は6つの酸素にかこまれた6配位のSi4+の席よりは大きいがやはり小さい席を好む。O2-イオンのつみ重ね方はいろいろあり、それによってできる陽イオンの席の大きさもその数もかわる。したがって陽イオンが何であるかによって、O2-イオンの適当なつみ重ね方がきまるといえる。鉱物の化学組成と結晶構造の対応をくだいて言うと以上のようになる*。陽イオンが小さい場合にはほぼ正しい。
* 大きな陽イオンの場合、その陽イオンと酸素を含めた積み重ね方を考えるべき場合もある。圧力を高めると陽イオンにくらべて陰イオンの方が縮みやすいので、陽イオンは相対的に大きくなる。地球深部物質、たとえばペロブスカイト構造のMgSiO3(図8.1参照:略)ではMg2+とO2-を両方あわせてきちんと積み重ねた時にできる結晶構造をしている。
 図6.6(略)と図6.7(略)は結晶と液との間の分配係数(ある元素の結晶中の濃度と液中の濃度の比)とイオン半径の関係を示したものである。図6.6にある元素のうちMg以外はカンラン石には微量にしか含まれていないものである。カンラン石はMg2SiO4に近い組成であり、Si4+の席を別にすれば、陽イオンの席はMg2+のための席である。3価のイオンのうちMg2+と大きさの近いものが最もこの席に入りやすいことが示されている。図6.7はオージャイトについてである。組成はCaMgSi2O6に近い。Ca2+のための席とMg2+(Fe2+)の席の2つに対応して3価のイオンの分配係数に2つのピークがあらわれている。分配係数には液体の方の構造も関係するはずである。珪酸塩の溶融体の基本的構造もO2-イオンのつみ重ねと考えてよいが、結晶と異なり規則正しくはない。ともすれば酸素のすき間である陽イオンのための席も常にいろいろなものが用意されていることになる。そのために、ここにのべたようなあらっぽい話の範囲では、微量な元素の分配係数はほとんど固体側の事情によってきまるのである。
 イオン半径の概念は地球内部における相転移や固溶体の取り扱い等においても重要な役割をはたしている。』



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