戸上ほか(1998)による〔『走査型X線分析顕微鏡画像の解析による鉱物分布画像の作成』(203-204p)から〕


Abstract

1.はじめに
 岩石組織の情報は岩石の形成過程を知る上で重要なデータであるにもかかわらずその情報は定性的なものになりがちである。岩石組織を客観的に定量化する手法の開発は地球惑星物質科学において重要な課題である。岩石組織の構成要素としては、構成鉱物のモード(容量比)や各鉱物の粒径分布、結晶形態(外形)、結晶間の方位関係(選択配向など)、結晶内部のミクロな割れ目および岩石スケールのマクロな割れ目の形態と分布、各鉱物の色調および岩石全体としての色調などがあげられる。これらの情報を定量的に記載するために、いくつかの手法が伝統的に用いられてきている(例えばモード解析におけるポイントカウンティング法)。しかしながら、このような伝統的な定量化手法は観察者の経験に基づいた主観の入り得る要素をもち、しかも測定には多大な時間と労力を要す。そこで、岩石組織の定量的データをより客観的に容易に得る方法として様々な画像解析手法が報告されている。画像解析の一般的な手法は、升本ら1)池田ら2)によって概説されている。また、カナダ鉱物学会発行のハンドブック3)は画像解析の地球科学への応用について詳しく述べている。
 画像解析においては、鉱物の識別を行うことが大きな課題となる。走査電子顕微鏡(SEM)を用いて計測される後方散乱電子像(Back-Scattered Electron image:以下BSE imageと称す)は、岩石組織の画像解析によく利用されている4)-7)。BSE imageは基本的に平均原子番号の差異によって輝度に差が生じ、それによって鉱物の識別を行うことができる。また、BSE imageに比べ画像の取得に時間がかかるものの、SEMにEDX(エネルギー分散型X線分光法)方式のX線検出器を取り付けたSEM-EDXや電子線マイクロアナライザEPMA(WDX:波長分散型X線分光法)による元素濃度特性(X線強度)2次元画像も利用されている。Tsuchiyama et al.8)やLauneau et al.9)は、複数の元素濃度2次元画像を主成分分析することで鉱物の識別に成功している。しかし、SEMやEPMAを用いた測定では、一般に取り込める画像サイズが小さい(BSE imageは最大約10mm、EPMAは最大約10cm10))。このため、花崗岩などの構成鉱物が粗粒な岩石を解析するときや、BIF(縞状鉄鉱床)などから地球環境変動を読み解くために広いマッピングが必要なとき11),12)などのように、ある程度の画像サイズを要する解析には適さない。
 広い領域の画像を取得するためには、まず可視画像(「可視光による画像」10))が挙げられる10),13)-15)。可視画像は、デジタルカメラやビデオカメラ、イメージスキャナなどを用いて画像を取り込むので、画像の取得が簡単で迅速にできるという利点がある。しかし、同じ鉱物でも色調のばらつきが大きく、異種鉱物間で色調が大きく重なってしまうため、現段階では可視画像で完全に鉱物を識別するのは困難である10)。我々が画像解析に用いた画像は、走査型X線分析顕微鏡(Scanning X-ray Analytical Microscope:以下SXAMと称す)によって得られる蛍光X線画像である。SXAMはSEM-EDXやEPMA同様、複数の元素の元素濃度2次元画像(以下元素マップと称す)を描き、一方取り込める画像サイズは可視画像に匹敵する。また、従来の画像処理手法は目的鉱物の抽出を行うのにしきい値処理、あるいは2値化処理と呼ばれる作業を行っている。前述の装置で取り込まれた画像は、多くの場合各鉱物の色調分布が大きく重なり合っているため、しきい値処理では鉱物の識別が完全には不可能であった。我々はしきい値処理を行わず、SXAMにより取得された元素マップから鉱物組成を示す画像(以下鉱物マップと称す)を作成する画像処理法を開発した。本論分ではそのアルゴリズムの原理と解析例を示し、その有効性を議論する。なお、本論文では池田ら2)に倣い画像の取り込み後のコンピュータ上での処理を「画像処理(image processing)」と称することにし、画像の取り込みや画像処理を含め、定量データを導き出すまでの全解析過程を「画像解析(image analysis)」と称することにして、両者を区別している。また本研究の画像解析法は、特別な画像解析システムは用いずに、どこの研究室にもあるごく普通のパーソナルコンピュータ(例えばPentium PRO、200MHz、OS: Windows 95)で実行可能なものであるという条件の下で開発した。』

2.装置
3.SXAMによる黒雲母花崗岩の測定
4.画像解析
 4.1 黒雲母花崗岩の元素マップ
 4.2 観測方程式
 4.3 行列Aの決定
 4.4 観測方程式の解法
  4.4.1 解法上の問題
  4.4.2 数値実験
5.結果と考察
 5.1 鉱物マップ
 5.2 鉱物組成値の誤差
 5.3 モード測定
6.まとめ

文献(関係分のみ)
1) 升本真二・森 邦夫・弘原海清(1982):デジタル画像処理の岩石記載への適用.情報地質、7、55-66.
2) 池田 進・中嶋 悟・土山 明(1997):岩石組織の画像解析−その自動化における現状と問題点−.鉱物学雑誌、26、185-196.
3) Petruk,W.(ed.)(1989): Image Analysis in Earth Sciences, Mineralogical Association of Canada, Short cource handbook (Vol.16). p.156. Mineralogical Association of Canada, Toronto.
4) Robinson,B.W. and Nickel,E.H.(1979): A useful new technique for mineralogy: the backscattered-electron / low vacuum mode of SEM operation. Am.Mineral., 64, 1322-1328.
5) Hall,M.G. and Lloyd,G.E.(1981): The SEM examination of geological samples with a semiconductor back-scattered electron detector. Am.Mineral., 66, 362-368.
6) Pye,K.(1984): Rapid estimation of porosity and mineral abundance in backscattered electron images using a simple SEM image analyser. Geol.Mag., 121(2), 81-84.
7) Dilks,A. and Graham,S.C.(1985): Quantitative mineralogical characterization of sandstones by back-scattered electron image analysis. J.Sed.Petrol., 55, 347-355.
8) Tsuchiyama,A., Kitamura,M., Ohbori,K., Shibata,H. and Hosokawa,Y.(1991): Multielement EDX mapping of meteorites. Proceedings of the NIPR Symposium on Antarctic Meteorites, no.4, 115-118.
9) Launeau,P., Cruden,A.R. and Bouchez,J.-L.(1994): Mineral recognition in digital images of rocks: a new approach using multichannel classification. Can. Mineral., 32, 919-933.
10) 池田 進・佐伯和人・田野雄一(1996):岩石の可視画像の解析.月刊地球、18、217-223.
11) 熊澤峰夫(1993):全地球史解読プログラムの提案.月刊地球、15、31-36.
12) 高野雅夫(1995):試料データベースの作成 地球科学の“最先端化”の試み.月刊地球、17、240-242.
13) 林 武広・鈴木盛久(1990):画像解析による花崗岩類のモード測定.岩鉱、85、60-65.
14) 岡本弥彦(1990):イメージスキャナによる花こう岩類のモード測定.地学教育、43、175-180.
15) 西本昌司(1996):画像処理ソフト“Adobe photoshopTM”を用いた花崗岩質岩石のモード測定.岩鉱、91、235-241.