朝倉(1991)による〔『顕微鏡のおはなし』(116-125p)から〕


3.3 走査型電子顕微鏡

走査型電子顕微鏡(SEM)

 TEMは透過電子を用いて材料の内部組織を、高分解能で観察することができますが、試料の表面構造を立体的に細かいところまで観察することはできません。この場合にはSEMを使わなければなりません。
 SEMの果たしている役割は想像を超えています。特に光学顕微鏡に比べて、100倍程度の焦点深さをもっています。SEMはこの特長が最大限に活用されています。従来、不可能であった立体像が広い視野で観察することも可能になっています。またSEMは表面構造を観察するだけの分析機器と思われがちですが、後方散乱電子像(反射電子像)、カソードルミネッセンス像、特性X線像などの情報も利用することができます。この意味からSEMはトータルな分析機器といってよいでしょう。
 SEMが市販された当初、応用については電子工業界、特に半導体の集積回路検査用に使われましたが、その後、繊維工業や、金属工業の分野へも次第に浸透していきました。いまでは電子顕微鏡写真というと、そのほとんどがSEM写真であることが多くなっています。1985年に起きた日航ジャンボ機墜落事故で有名になった圧力隔壁の破損(金属疲労)も、1991年に起きた美浜原子力発電所の蒸気発生器細管の破断面もSEMで確認された写真でした。
 医学、生物分野でもSEMは積極的に使われています。むしろ医学、生物分野への電子顕微鏡の普及はSEMに負うところが大きかったといえるでしょう。10年ほど前は電界放射型SEMでも、得られる分解能の最高は3nmといわれてきました。しかし鳥取大学・日立グループが共同開発した超高分解能SEMによって、3nmという観念の壁(解像度)が破られました。解像度は0.5nmを達成しています。エイズウィルス、DNA、RNA、そして数多いバクテリオファージの中で、TEMによって形態が詳しく調べられていたT2ファージの微細立体構造がSEMによって初めて明らかにされました。いまSEMによって新しい超ミクロの世界の扉が開かれたことはまぎれもない真実です。

SEMの歴史
 SEMは1932〜1935年にかけて、ルスカの指導的立場にあったM.クノールにより原理が考案され、1938年に同じドイツ人のM.v.アルデンネによって試作されました。
 現在の走査電子顕微鏡に近いものは、1948年ころからケンブリッジ大学のC.W.オートレイらのグループによって試作されました。1952年には、D.マクミュランが電子増倍管を用いて、信号量の大幅な改善を行いました。それまでのSEMは、信号量の不足で満足する像が得られませんでした。また1961年以降、K.C.A.スミスらによる2次電子の検出技術が導入されてから、像の分解能は初めて25nmに達しました。商品化が始まったのもこの頃でした。1965年にケンブリッジ測定会社(Cambridge Instrument Company)から市販されたのが始まりです。国内では1965年ころから、メーカで開発が始まりました。

SEMのしくみ
 SEMの簡単なしくみを、図3.6(略)に示します。対物レンズまではTEMとほとんど同じ構造をしていますが、全体に小さめです。フィラメントから出た熱電子は、高電圧1〜30kVで加速されます。電子ビームは陽極(ウェーネルト)で40μm程度のスポットになりますが、コンデンサレンズの励磁電流を強くすることによって、更に小さくすることもできます。つまりビームを収束させます。この収束された電子ビームは偏向コイルで一度、焦点を結びます。
 TEMと異なるのは、対物レンズの上部に偏向コイルを備え、細く絞った電子ビームを、試料の左右、上下に走査することです。電子ビームは対物レンズを通り、試料の表面上に再び焦点を結びます。ビーム・スポットの大きさは数ナノメートルになります。このスポットの大きさがいかに小さいかが、SEMの実質的な分解能を決めます。試料に入射した電子は、物質中に存在していた電子にエネルギーを供与すると、電子は外に飛び出します。この飛び出たものが2次電子です。この電子のエネルギーは数電子ボルト(eV)しかありません。
 2次電子の発生する領域は、入射ビームの拡散領域とほぼ同じ広がりをもっています。試料内部から脱出する2次電子のエネルギーは数電子ボルトと低く、試料表面の10nm以内で発生したものが検出されます。試料表面の凹凸は2次電子のエネルギーの高低に左右されます。2次電子の検出効率をよくするために、試料と検出器の間にプラスの高圧をかけています。この2次電子を2次電子検出器でとらえ、その量を信号としてテレビのブラウン管に表示します。

SEMのコントラスト
 2次電子像にコントラストがつくのは、試料の場所によって2次電子の発生量(効率)が異なるためです。2次電子の発生量は、試料面に対して入射ビームがどのような角度で入射したかによって大きく変わります。2次電子の最適発生量は試料によって異なるので、試料を傾斜すると、最適なコントラストが得られます。
 反射してどこかにいってしまう電子うあ、試料に入り込んだ電子は、試料内で原子と衝突を繰り返すため、エネルギーを失って吸収されてしまう電子があります。そして表面から10nm以内で発生した2次電子だけが、試料から放出されて結像としての働きをします。
 試料が入射ビームに対して平行になるほど、2次電子の発生量が多くなるため、ブラウン管上では明るく輝きます。これを“傾斜角効果”と呼んでいます。試料表面の凹凸の形態をはっきり見るためには、試料によっても異なりますが、普通は30〜45゚ほど傾斜して試料を観察します。2次電子の発生量は入射ビームのエネルギーによっても変わりますから、加速電圧に依存します。

SEMの分解能
 SEMの分解能は、電子ビームの試料上での大きさ(スポット径)で決まってしまうと述べましたが、実際には一つだけの要因では決まりません。次の要素も考えなければなりません。
(1)入射ビームのスポット径
 どのようなタイプの電子銃を使うかで決まります。フィラメントにはタングステン型、LaB6型、電界放出型などがあります。それぞれのフィラメントによって得られるビーム径と、ビーム電流が決まっています。最も効率のよい電子銃が電界放出型です。このタイプの電子銃は、少ないビーム電流で小さなスポット径が得られます。例えば1nmのスポット径を得るのに、10^(-11)A程度です。
(2)スポット径と電子流
 ビーム電流が小さくなると、2次電子信号も減ってしまいます。SEMは10^(-11)〜10^(-12)Aくらいの電子流を用いて、像をつくります。タングステン型フィラメントで10^(-12)Aの電子流を得るためには、最小のスポット径は約10nmは必要とされています。スポット径を小さくして、輝度の高い電子流を得るための工夫が必要です。
(3)試料中での電子の拡散と加速電圧の選択
 せっかくスポット径を小さくしても、試料に入射したビームが試料内で大きく拡散(広がり)してしまっては、高分解能は期待できません。この試料内での電子の拡散は、2次電子の平均自由行程の大きさによって決まります。これは加速電圧(電子エネルギー)、材質などによって変わります。例えばAuの場合、0.5nm程度のスポット径を得ようとすれば、電子エネルギーは100eVくらいが最適です。観察する試料によって加速電圧を選ぶのは、このような理由があるからです。

SEMに特長
 SEMからわかることは何でしょうか。SEMは表面を観察するための顕微鏡です。光学顕微鏡にたとえると、反射法と同じです。したがって試料は薄膜である必要はありません。SEMの特長には、次のようなものがあります。
@ 試料の条件はバルク(塊状)、粉末など、どんな状態であっても観察できます。しかし、普通に観察するには導電性を必要とします。非導電物質であっても導電処理(例えば蒸着やスパッタリング処理)を施せば観察できます。
A 焦点深度が深い。光学顕微鏡に比べると、倍率によって異なりますが、100倍を基準にすると光学顕微鏡では約10μm、SEMでは1000μmになり、約100倍の焦点深度をもっていることになり、より立体的な像が観察できます。
B 高倍率、高分解能の観察が可能です。2nmの壁を破ったSEM(<0.5nm)がつくられています。光学顕微鏡では1200倍、数マイクロメートルが限界でした。普通のSEMは2万倍程度、5〜10nm程度の分解能で観察されています。高性能SEMは直接倍率80万倍のものが市販されており、分解能も数ナノメートルのオーダを達成しています。
C 定量分析はバルク(塊状)が好都合です。試料中で電子ビームが散乱されてしまうため(ボトム効果)、分析できる大きさは約1μmです。電流密度を低く抑えれば、10nm径の分析が可能です。
D 光学顕微鏡の延長線上で比較できるので、光学顕微鏡像との対応がつけられます。また低倍率(数倍)から高倍率(80万倍)まで連続的に可変できます。

分解能を決めるもの
 電子顕微鏡の分解能は、最終結像(印画紙上)で見分けることのできる2点間の最小の間隔をいいます。この限界を与える原因はレンズ収差でしょうか、それとも加速電圧(波長)でしょうか。電子銃(ビーム径、電子流密度)、電子レンズの磁束密度、電源の安定度、工作精度、真空度、振動の問題、試料作製技術(試料自身)などがあり、一つだけの要因ではありません。いろいろな原因が重なって分解能が決まります。たとえ収差がなくても電子ビームを使うかぎり、波の回折による理論的分解能があり、これを考えに入れなければなりません。
 20nmから出発したSEMの分解能は、1960年後半にシカゴ大学のA.V.クルーによって開発された電界放射型(FE:Field Emission)電子銃は、1972年にSEMに搭載され、実用化の道を歩み出しました。1981年には2nmの分解能が得られるようになりましたが、このころから“電子ビームをどんなに細くしても、2次電子の発生領域は1〜2nmになってしまう、これがSEMの限界である”という分解能限界説が学界を支配しはじめました。

超高分解能SEMの開発
 ここに特筆すべきSEMの開発があります。鳥取大学医学部の田中らは、超高分解能走査電顕UHS-T1をある信念で完成させました。
 それまでのSEMは2nm以下の分解能は得られないものと思われていました。しかし“電子ビームを細く絞ることができれば、電子ビーム径に近い分解能が得られるはずだ”という田中の信念こそが、不可能を可能に変えました。事実、多くの苦難の末に2nmという観念の壁(分解能)を破ったのです。できてしまえば、コロンブスの卵と同じですが、この発想の原点こそを高く評価すべきものであり、だれでもがたやすく到達できるものではありません。UHS-T1の完成によって新しい超ミクロの世界の扉が開かれました。
 付け加えるならば、この成果は仕事関数の小さいタングステン<311>の冷陰極型FE電子銃を搭載し、電子ビーム径を0.5nm以下にしたことです。対物レンズをインレンズ型にし、球面収差係数及び色収差係数を旧タイプのものに比べ1/10以下にし、除振装置をつけたことなど多くの改良を行い、更に既存の限界説に疑問をもったことが成功の道につながりました。

低加速電圧SEM
 汎用SEMの加速電圧は5〜20kVが標準でした。低加速電圧SEMは加速電圧を1kVまで低くし、高分解能化を図ったことに特長があります。これまで分解能をあげるには、加速電圧を高くする傾向がありました。しかし生物などの試料(非導電物質)は、加速電圧を高くするとチャージアップしやすくなります。また電子ビームが物質の内部に侵入し、表面の微細構造が観察しにくいなどの現象が明らかにされてきました。
 低加速電圧SEMは、専用の対物レンズを開発することにより、1kVの加速電圧(倍率10万倍)で分解能2nmの像を得ることができました。この成功により非導電物質の表面にカーボンなどをコーティングする必要もなく、生体高分子、半導体レジストなどの微細構造の研究として活用できるものとして期待されています。』



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