永谷(1989)による〔『エネルギー分散型X線分析−半導体検出器の使い方』(83-84p)から〕


3章 電子ビーム励起X線の検出とその応用

 電子線マイクロプローブによる微小部X線分析法electron probe X-ray microanalyser, EPMA)は、ほぼ30余年前にフランスのR.Castaing(1949)1)によって創始された。国内でも早速鉄鋼分野に導入されるとともに、各所で装置の試作また製品化が進められた2〜4)。一方、英国のV.E.Cosslettら5)はEPMAに走査X線像を取入れ、これが今日電子顕微鏡の1つとして大きな普及をしている走査電子顕微鏡(scanning electron microscope, SEM)が製品化される引き金となっている。
 EPMAには最初、従来からのX線分光法の基本となっていたLiFやマイカなどの回折結晶を用いる波長分散型X線分光法(wavelength dispersive X-ray spectroscopy, WDX)が採用され、その後広範囲な波長のX線を検出するため種々の分光結晶あるいはX線計数器が開発されて現在に至っている。一方、当初α線やγ線など高エネルギー粒子の検出のため開発されたGeやSiなどの高純度半導体検出器(solid state detector, SSD)がX線波長領域まで利用可能とする改良が行われ、1960年の後半からEPMAにも採用されるようになった6,7)。このSSDではX線量子のエネルギーに比例した高さの電気的パルスが発生し、多重波高分析器(multi-channel pulse height analyser)を用いることによって広い範囲のX線エネルギー選別が同時にでき、現在ではきわめて実用価値の高いエネルギー分散型X線分光法(energy dispersive X-ray spectroscopy, EDX)としてEPMAの重要なX線計測法となっている。
 EPMAは、上記のWDXおよびEDXを用いて明確な微小部化学分析法として確立していたが、一方でSEMが製品化されるとすぐに(〜1960年後半)WDXおよびEDXがその重要な付属装置の位置を占めるようになった。とくにEDXは微小プローブ電流を凹凸の激しい試料を観察対象とするSEMとの相性がよく、したがってEDXの普及はSEMの普及に強く依存することになった。
 一方、透過電子顕微鏡(transmission electron microscope, TEM)にも何らかのEPMAを導入したいという考えは古くからあり、EPMAが確立してすぐにWDXと結合させる、いわゆる分析電子顕微鏡(analytical electron microscopy, AEM)が試みられたが、本格的にAEMが有効になったのはやはりEDXの導入以後のことである。TEMでは対象とする試料は薄膜であり、ここではEDXの検出感度の高さが有効に作用し、またバルク試料分析に対するEDXのデメリットともいうべき試料からの連続X線によるバックグラウンドが、薄膜試料という条件によって軽減されるという有利さがある。AEMでは最近、X線発生に関与した非弾性散乱透過電子のエネルギー損失量の測定法(electron energy loss spectroscopy, EELS)が製品に取入れられるようになり、AEMは単に“TEM+EDX”分析法より広範囲な分析法を含むことになっている。本書の立場上、EELSについてはふれないが、いくつかの参考文献をあげておきたい8,9)
EPMAが有効な化学分析法と認められたのは、単に定性な元素分析にとどまらず、後述するZAF補正をベースとする定量分析法が確立されているからであり、これはWDXでもEDXでも基本的に同様な補正計算法ないしプログラムが採用されている。本章では、まずEPMA装置の基本となる電子プローブの形成を解説し、次に電子線によるX線発生の基礎的な事柄、EPMAの手法をWDXとEDXの比較において説明し、次いで定量分析法とEDXによるX線微小部の実際といくつかの応用例を取上げた。
 なお、図3.1(略)にWDXおよびEDXを用いたEPMAの原理構成図をあげておく。』

文献(関係分のみ)
1) R.Castaing: Adv. Electronics Electron Phys. 13, 317 (1969).
2) 榊米一郎、永谷 隆:J. Electronmicrosc. 10, 65 (1961).
3) 篠田軍治:マイクロアナリシスの歩み−戦前、戦中、戦後、日本学術振興会第141委(マイクロビームアナリシス)資料 No.298 (1981年2月).
4) 三本木貢治:日本学術振興会、専門学術講演会「我国のEPMA導入初期の研究状況とその後の進歩」(昭和55年1月22日).
5) V.E.Cosslett and P.Dumcumb: Electron Microscopy, Proc. Stockholm Conf. (1956).
6) 永谷 隆:分光研究 28, 275 (1979).
7) 永谷 隆:ぶんせき 10, 706 (1981).
8) 野村節生、戸所秀男、菰田 孜:分光研究 27, 102 (1978).
9) D.E.Johnson: Introduction to Analytical Electron Microscopy, J.J.Hren et al. ed., p.245 (Plenum Press, New York, 1979).



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