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窒素循環を基軸とした大規模農業地域-都市間の食糧循環とその持続可能性の評価

〔2016〜2018年度科学研究費 基盤研究(B)〕

最終更新日:2016年9月25日

目的

背景
(1)食糧需給問題(図2上、右下)
 世界人口が70億を超えさらに増加している地球において、環境に配慮した食糧及びエネルギーの増産(≒持続的な)は大きな課題である。近年、バイオエネルギー(バイオエタノール)は、二酸化炭素排出量を増加させない、いわゆる環境配慮型エネルギーとして注目されている一方で、食糧供給との両立及び環境問題(汚染)などの点でその持続可能性には疑問の声も少なくない(図2上)。特に、ブラジルでは大規模農業により食糧及びサトウキビを原料としたバイオエタノール生産量が増大し、著しい経済発展とともにこれらの世界有数の輸出国としての地位を築いてきた(図2右下)。しかし、その農業形態はアメリカ合衆国や旧ソ連などの肥沃な土壌地域で行われてきた大規模農業(化学肥料・農薬大量散布、大規模灌漑)に酷似しており、それらの国々で1970年代以降深刻化した土壌劣化や水環境の質的・量的劣化が同様に危惧されている。
 地球〜大陸〜国〜地域とそれぞれのスケールで、健全な物質循環に基づいた持続可能な食糧及びバイオエネルギー生産(農業)システムを構築することは必要不可欠な課題であるが、これまで十分検討されてきたとはいえない。
(2)食糧循環にともなう環境負荷(図 2下)
 ブラジルで生産される穀物をはじめとする農産物は、欧米とともにアジア・中国へ大量に輸出されている。これを窒素に換算して考えると、大量の窒素が中国へと収束し、その消費後中国の環境中に排出され汚染等を引き起こしていることになる(図2左下)。また、同様のことは世界の巨大都市と呼ばれる超人口集中地域でも生じており、そこでの窒素汚染は深刻である。また、ブラジルではバイオエタノール製造後の残渣を肥料として農地に還元(再利用)しているものの、それが二次的な汚染や土壌酸性化等の環境問題を顕在化させている可能性がある(図2右下)。
 地域間の食糧・エネルギー輸送を通した窒素負荷・汚染や水不足などがもたらす環境及び農業への影響は限られた範囲でしか明らかにされていない。
(3)窒素循環変化によるリスク(図3、図4)
 食糧及びバイオエネルギー用作物の増産のために化学肥料が大量に散布されるという最近50年間の劇的な窒素循環の変化は、生態系 における窒素プールを増加させただけでなく、水循環にともなう汚染及び富栄養化問題を増大させた(図3)。さらに、微生物分解(脱窒)による温室効果のある亜酸化窒素ガス(N2O)の放出も危惧されている(図3)。特に、平坦な大陸地形の地域では、陸水中の溶存窒素は脱窒の影響を受けやすく急勾配地域とは対照 的に水圏(NO3-)汚染よりも大気への温室効果ガス放出が卓越すると想定される(図4)。さらに、ブラジルのように大陸地形でありながら土壌浸食量の多い熱帯・半乾燥地域では、地下水経由でのN2O放出及び土壌浸食にともなう地表水汚染により、気圏・水圏双方の窒素循環問題リスクが高まると考えられる(図4) 。また、農地の栄養塩収支の点で GDPの低い途上国では、肥料投入量に比べて作物持ち出し量が多く、土壌中の窒素が減少していくのに対して、新興国である中国・ブ ラジルでは、作物持ち出し量の倍程度の過剰な肥料が投入される傾向にあり、結果として先進国よりも窒素負荷が高い。 さらに、窒素と同様に肥料成分であるリンについても、今後持続可能な食糧・エネルギー生産の制限要因となる可能性がある。
  しかし、ブラジルのようにバイオエタノール生産が活発で製造残渣も再利用されている大規模農業地域において、 大気への温室効果ガス放出を含む窒素循環問題は十分明らかにされていない。食糧及びエネルギー生産の持続可能性を農業地域スケールから国(州)スケール及びグローバルスケールまで検討していく上では、ブラジルは極めて重要な研究現場といえる。
目的: 本研究では、グローバルスケールでの食糧・エネルギー循環の持続可能性評価を念頭に、それらの循環量が世界でも有数のブラジルに注目し、特に食糧の主要成分である窒素の循環を軸に農業地域―都市域間での食糧・バイオエタノール生産の持続可能性を評価することを目的とする。 具体的には、(1)ブラジル農業地域での農業活動に関わる水循環問題(水不足、水環境劣化)及び窒素循環問題(汚染、富栄養化、温室効果ガス排出)を定量的に評価し、Aそれらが地域の環境及び農業の持続可能性に及ぼす影響を明らかにし、(2)@あわせてブラジルの州スケールでのバイオマス輸送(農地→都市)にともなう窒素放出の影響について評価し、A州規模の流域スケ ールでの農業の持続可能性について評価を行う。
新規性・独創性
☆本研究では、世界の食糧・エネルギー循環の持続可能性を評価していくために、それらの生産が近年著しいブラジルに注目している点(図2) 、さらに食糧生産及びバイオエタノール生産の持続可能性について窒素循環(図3)を軸に評価する点で、これまでにはない新規性の高い内容であるといえる。
☆現地での農業活動の持続可能性を低めるストレス要因として、水循環問題(水不足、水環境劣化)及び窒素循環問題(汚染、富栄養、温室効果ガス排出;図4)に注目し、それを定量的に評価することは、従来にはない検証となる。
☆さらに本研究では、窒素循環を基軸として、農業地域から都市(サンパウロ;南米最大の都市)への窒素輸送がもたらす影響についても評価する。将来的にはブラジルの農業生産物が中国などに大量に輸送される影響を評価していくことにつながる重要な研究成果となるであろう。

地球-ブラジル-アジア(中国)での食糧-エネ ルギー生産と a 窒素循環及び b 水循環問題
図 2 地球-ブラジル-アジア(中国)での食糧-エネ ルギー生産と a 窒素循環及び b 水循環問題

大気-陸域-海洋での窒素循環に及ぼす人為影 響(窒素循環問題)とそれを加速させる水循環
図 3 大気-陸域-海洋での窒素循環に及ぼす人為影 響(窒素循環問題)とそれを加速させる水循環
(Gruber and Galloway, 2008に加筆修正)


図 4 窒素循環問題(水圏問題=NO3汚染、気圏問題=温室効果ガス放出)の地域性
特にブラジル型のこの問題認識は遅れている。(小野寺ら, 2016予定)

【『研究計画調書』から】


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