飯島(2000)による〔『環境問題の社会史』(8-9,12-13p)から〕


2 環境問題の起源と範囲
環境問題という概念に含まれる現象

 環境についての定義は、先にそのほんの一部を紹介したものからも理解できると思われるが、厳密には、論じる人によってさまざまである。ここでは、先に筆者自身が定義した環境という概念に沿って環境問題の概念を整理しておきたい。
 本書で述べる環境問題とは、環境の定義の個所で、筆者が言及した「自然的・化学的・物理的環境」(以下、総称して自然環境)に発生する諸問題が人間社会に及ぼす影響を指す。環境社会学の視点から環境問題の社会的な歴史を検討するに際して重要なのは、人間社会と自然環境に生じる諸問題の相互的な関係のありようである。環境問題のほとんどは、人間の自然環境とのかかわりの結果としてひき起こされてきた。そして、みずからひき起こした環境問題によって、人間社会は21世紀を迎える現在、人類としての将来の生存に危機感を感じるほどの状況に追いつめられてきている。いわば、人間社会の側がしかけて、その報復を受けている自業自得的な結果である。その状況の改善は人間社会が実行するほかないが、その際におさえておくべき基本点がある。環境問題をひき起こしてきた人間集団は、ごく最近までは、政治的にも経済的にも身体的にも、また軍事的にも、強力な国や地域や集団に集中しており、一方で、自然環境からの報復としての環境問題の被害を受けるのは、逆に、こうした要素がもっとも弱体な国や地域、人間集団だったという点である。
 本書では、環境問題に人間社会の政治的・経済的状況(社会的・文化的環境)が反映されるあり方に注目して環境問題を歴史的に検討する。環境問題の歴史を人間社会が自然環境や物理的環境、化学的環境などの環境と、どのようにつきあってきたのかについて振り返るのである。環境問題の発生と人間社会との関係は密接であり、環境問題について考えるときには、人間社会の側の自然的環境とのかかわり方について意識的に注目することが必要である。この検討は、人間がひき起こした最大の環境問題である地球環境問題を考えるに際しても重要な作業過程となる。
 また、環境問題という言葉に含める範囲は論じる人によっていくぶん異なる傾向がある。以下に、本書では環境問題の起源をどのあたりとみなしているかについて述べよう。』

地域環境問題・労働環境問題・消費環境問題
 視点を日本に戻してみると、日本でこれまでに問題となってきた環境問題の大部分は、鉱工業を筆頭とする産業活動が物を作り出す過程で発生させる有害な物質を地域社会に排出したことによって、地域の住人の生活や健康、そして地域環境に悪影響を与える現象であった。問題の発生源が指定できて、影響を受けた住人との間に加害−被害関係が生じる場合、これらは狭義には公害問題と呼ばれてきた。
 ひとびとの生活や健康にまでは直接的な被害を及ぼさないような地域環境の変質や変形は、発生源が特定できないが、このような漠然とした環境影響は、一般には環境問題と呼ばれてきた。たとえば、かつては澄んで豊富な水量だった地域の河川が、以前よりは透明度が下がり水量も減少しているような現象では、発生源としては、流域の鉱工業からの廃水があると考えられるが、住人たちの生活廃水の影響も考えられるし、上流地域の鉱工業や生活からの廃水の影響も考えられる。また、農業で使う農薬や肥料による影響も考えられる。このように、加害−被害関係が特定できないで、かつ、ひとびとの健康への直接的影響が発生していない場合は、公害問題ではなく、環境問題と称している。しかし、これも、被害に対するひとびとの受け止め方によって違いがあり、同じ現象に関して、地域の住民の間で、公害問題であると考える人もいる可能性はある。公害問題と環境問題とは、主観によってどちらにもなる可能性がある。
 公害問題と密接に関連する環境問題として労働環境問題がある。第二次産業のほとんどと第一次産業や第三次産業の一部の職場の労働環境の劣悪さが原因となって労働者に発生する労働災害や職業病は、公害問題と同じ仕組みで発生することが多い。公害問題を発生させることになる事業所が、当初は労働環境問題を発生させていて、そこで多くの犠牲者を生み出したのちに、地域社会にまで被害を及ぼすという事件の推移は、多くの事例で見ることができる。地域で発生する環境問題である公害問題は、発生源事業所が、自分の敷地内で自社の労働者の健康を犠牲にして、労働災害や職業病を発生させる事態が継続したのちに、ついに地域社会にまで影響をもたらした事例であると考えることもできる。
 公害問題や労働環境問題と問題発生の社会的関係が共通している問題に、有害な消費環境の問題がある。有害な化学物質や重金属を含む食品や医薬品などによって世界各地で多くの人命が失われ、健康が損なわれてきたが、日本は、世界の中でも、有害な消費物による健康影響がもっとも多発した歴史をもつ国である。有害な消費物によって日本で大きな被害を発生させた事件には、森永砒素ミルク事件、カネミ・ライス・オイルPCB(カネミ油症)事件、サリドマイド事件、キノホルム事件(薬害スモン)、予防注射副作用事件などといった名が冠されている。
 公害問題、労働環境問題、有害消費環境問題は、地域社会で操業している事業所が、製品を製造する過程で作り出された不用物を、人体に有害なものであっても無害化することなく、労働環境や地域環境に産業廃棄物として排出する行為によって、あるいは物の製造過程で利用する工業薬剤など本来人体に有害な物質のずさんな管理行為によって、また、製品の人体への影響を厳密に検査することなく製造した行為の結果として発生した問題群である。』



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