『(2) 環境問題
環境問題や環境科学がとくに重視されるに至ったのは、ごく最近のことである。もちろん、大気汚染や水質汚濁などの環境汚染や森林の大規模伐採などの環境破壊はかなり古い時代から存在し、地域住民を悩ますこともめずらしくはなかったと思われるが、人類は、太古から少なくとも今世紀の半ばまでは、自然の猛威とたたかい、自然を征服することが人間の幸福につながると信じて疑わなかった(カーソン:沈黙の春(1962)は、農薬による環境破壊に警鐘を鳴らした著作であるが、とくに先進国の人々にこのような考え方が誤っていることを認識させたものとして注目される)。
ところが戦後になって、前例のない技術革新を伴った1950年代、1960年代の先進国の高度経済成長の結果、おそるべき速度で生産規模が拡大し、これに伴って排ガス・排水・廃棄物の量が飛躍的に増大した。この結果、それまで無限と考えられてきた地球上の大気や水が受容・浄化できる能力を越えることになり、その限界が認識されるに至った。生産技術は人間の幸福な生活をもたらす物やサービスをつくり出す反面、公害問題をひきおこし、人間生活の場である環境を破壊することになった。しかもこのような環境破壊は、人間活動が集中している都市や工場地帯ばかりでなく、酸性雨や二酸化炭素問題(2章参照:略)にみられるように大陸規模や地球規模に及ぶおそれが出てきた。
また第二に、地球上の人口の爆発的な増加に伴って物の需要は指数関数的に増加するが、天然資源や環境資源は有限であることの指摘がある(たとえば、ローマ・クラブ:成長の限界(1972))。地球の人口は17世紀までは、ほぼ200年ごとに倍増してきたが、18世紀以降は140年で倍増し、さらに次の70年で倍増して1970年には36億に達した。1987年には50億を越え、年率1.7%(先進国0.6%、開発途上国2.0%)で増加を続けている。21世紀には60億を越え、21世紀半ばに105億で安定人口に達するとみられている。これに伴う鉱物資源や食糧資源の枯渇や不足が近い将来おこると予想される。他方、最近の生態学の研究によると、これに対する対策をきわめて慎重に、全人類が協力して行う必要があることが指摘されている。
第三に、開発途上国における先進国とは異質の環境問題、すなわち、人口の急増と低い栄養、住宅・教育施設の不足、自然災害・疫病などの脅威と貧困からの脱出がある。1960年代は開発の10年といわれ、開発途上国に対する積極的な援助や開発が行われたにもかかわらず、先進工業国と開発途上国との格差がさらに拡大した。
このような背景のもとに、1972年6月にはストックホルムで、「宇宙船地球号」という認識の下に、国連人間環境会議が開かれ、人間環境の保全と向上を目指した共通理解と原則をうたった人間環境宣言と、かけがえのない地球を守るため、国際的に協力して実施する行動計画が採択された。
その後、この行動計画の実施を推進するための国連機関として、「国連環境計画」(United Nations Environmental
Programme, UNEP)が設立された。各国も環境問題の改善に努力を重ね、とくに公害対策には著しい前進がみられた。しかし、この十数年の間に、開発途上国の経済開発に伴う大気汚染や水質汚染などの公害問題や、都市への人口集中が激化した。それに加えて砂漠化の進行、熱帯林の大規模伐採、有害化学物質による新たな環境汚染、地球大気中の二酸化炭素濃度の上昇などの新しい問題が顕在化し、環境問題は、われわれの身のまわりの局地的な公害問題や居住環境の問題だけでなく、地球規模の問題にまで拡大し、ますます多様化し、重要性を増してきた。
1980年12月に米国のカーター大統領の命によりつくられた「西暦2000年の地球」の報告書が出版され、全世界の人々に環境問題に対する新たな関心をよびおこした。1983年12月には第38回国連総会において、国連環境特別委員会(World
Commission on Environment and Development)の設置が承認された。その委員会では、21世紀半ばにかけて急増すると予想される世界人口を、しかも1人あたりの消費量の増加を含めて養っていくためには、何がなされなければならないかが真剣に討議され、持続可能な開発(sustainable
development)という新しい考え方が取り上げられた。これは「開発は必ず環境汚染ないしは環境破壊を伴うものであるという旧来の考え方を脱却して、よりよい環境を獲得するためには開発は不可欠であり、また環境を保全することが経済開発の基礎となる」という考え方である。すなわち、持続的な経済開発こそが実現性のある実質的な方法であり、環境条件を開発に組み込みながら、経済的にも生態学的にも持続性をもった開発を行うことが、地球の壊れやすい生命維持機能を破壊することなく開発を進める唯一の方法である(大来、1985)』