浅見(2001)による〔『データで示す−日本土壌の有害金属汚染』(4-7p)から〕


目次

第1章 地殻と土壌における各種元素の存在量
 土壌は、ロシアの土壌学者ドクチャエフによって確立された成因的土壌観に基づいて、次のように定義されている。「土壌とは、地殻の表面において岩石・気候・生物・地形ならびに土地の年代といった土壌生成因子の総合的な相互作用によって生成する岩石圏の変化生成物であり、多少とも腐植・水・空気・生きている生物を含みかつ肥沃度を持った、独立の有機−無機自然体である」(大羽・永塚、1988)。土壌は生物の影響によって出来たものである。月の表面にある粉状の物質を月の「土壌」と言う人がいるが、これは本来の意味における土壌ではない。以上の定義でも明らかなように土壌の元素組成は地殻表面の岩石の元素組成と生物の主要な元素組成によって、著しい影響を受ける。表1-1に地殻と土壌の元素組成を示した。

表1-1 地殻と土壌の元素組成〔注:元素名は省略〕

(mg/kgDW〔dry weight〕)(上段:地殻の元素組成、下段:土壌の元素組成)

族a
b

周期

1A 2A 3A 4A 5A 6A 7A

1B 2B 3B 4B 5B 6B 7B
10 11 12 13 14 15 16 17 18
H
 
 
  He
0.008
 
Li
20
25
Be
2.6
1.17
  B
10
20
C
480
20000
N
25
2000
O
474000
490000
F
950
200
Ne
0.00007
 
Na
23000
5000
Mg
23000
5000
Al
82000
71000
Si
277000
330000
P
1000
800
S
260
700
Cl
130
100
Ar
1.2
 
K
21000
14000
Ca
41000
15000
Sc
16
Ti
5600
5000
V
160
90
Cr
100?
25.7
Mn
950
432
Fe
41000
40000
Co
20
8
Ni
80?
18.6
Cu
50
19.0
Zn
75
59.9
Ga
18
20
Ge
1.8
1
As
1.5
6.82
Se
0.05
0.47
Br
0.37
10
Kr
0.00001?
 
Rb
90
150
Sr
370
250
Y
30
40
Zr
190
400
Nb
20
10
Mo
1.5
1.2
Tc
 
 
Ru
0.001?
 
Rh
0.0002?
 
Pd
0.0006?
 
Ag
0.07
0.075
Cd
0.11
0.295
In
0.049
0.037
Sn
2.2
4
Sb
0.2
0.37
Te
0.005?
0.041
I
0.14
5
Xe
0.000002
 
Cs
3
4
Ba
500
500
La
32
40
Hf
5.3
6
Ta
2
2
W
1
1.5
Re
0.0004
 
Os
0.0001?
 
Ir
0.000003?
 
Pt
0.001?
 
Au
0.0011
0.001〜0.02?
Hg
0.05
0.06
Tl
0.6
0.31
Pb
14
17.2
Bi
0.048
0.34
Po
 
 
At
 
 
Rn
 
 
Fr
 
 
Ra
6×10^(-7)
8×10^(-7)
Ac
 
 
Th
12
9
Pa
 
 
U
2.4
2
   

ランタノイド
(La以外)
Ce
68
50
Pr
9.5
7
Nd
38
35
Pm
 
 
Sm
7.9
4.5
Eu
2.1
1
Gd
7.7
4
Tb
1.1
0.7
Dy
6
5
Ho
1.4
0.6
Er
3.8
2
Tm
0.48
0.6
Yb
3.3
3
Lu
0.51
0.4
 
a;従来の族名、b;新しい族名
地殻 Bowen(1979)より作成
土壌 Cu,Zn,Cd,Sb,Pb,Bi:浅見ら(1988a)、Be:Asami and Fukazawa(1985)、Ag:Asami et al.(1994)、In:Asami et al.(1990b)、Tl:Asami et al.(1996)、Te:土橋(1995)、Cr,Mn,Ni,As:日本土壌協会(1984)、Se:久保田ら(未発表)、その他:Bowen(1979)より作成
 土壌は、大部分そのもととなった地殻表面の岩石に由来しているので、土壌の元素組成は地殻の元素組成にかなり似ている。しかし、両者の値がかなり異なっている元素もある。土壌のほうが非常に大きいのは、窒素(80倍)と炭素(42倍)であり、これは窒素や炭素を沢山含んだ生物遺体が土壌に加わったからである。硫黄(3倍)やや多く、これも生物遺体に由来したものであると考えられる。ヨウ素(36倍)、臭素(27倍)、セレン(9倍)、ビスマス(7倍)、ヒ素(5倍)、カドミウム(3倍)が土壌に多い理由はよく判らない。土壌のほうが少ない元素は、フッ素(0.2倍)、ナトリウム(0.2倍)、マグネシウム(0.2倍)、カルシウム(0.4倍)、スカンジウム(0.4倍)、コバルト(0.4倍)、銅(0.4倍)、マンガン(0.5倍)、タリウム(0.5倍)であり、カリウム(0.7倍)も土壌のほうがやや少ない。アルカリ金属やアルカリ土類金属は水に溶けやすいので、雨などの水の下降浸透と共に下層に溶脱したものと考えられる。タリウムはアルカリ金属とその化学的性質が類似しているのでやはり、溶脱したものであろう。フッ素、スカンジウム、コバルト、銅、マンガンについてはよく判らない。
 表1-2に静岡県内の塩基性岩から出来た土壌のA層位(表層土)と母岩の化学組成を示す。土壌生成の過程でカルシウム、マグネシウム、ナトリウムなどのアルカリ金属やアルカリ土類金属が溶脱して減少し、アルミニウムと鉄が他元素の溶脱によって、相対的に増加した。ケイ素の溶脱は平均的な溶脱であるために、組成がほとんど変わらない。カリウムは土壌のほうが多いが、これは恐らく植物による表面濃縮によるものと考えられる(永塚、1975)。
 日本各地の非汚染土壌であると考えられる土壌の分析を、環境庁が日本土壌協会に委託し、さらに各県の農業試験場などに委託した調査結果の報告書(日本土壌協会、1984)がある。分析に用いた土壌は水田土壌231点、畑土壌166点、森林土壌236点、計633点にのぼる。これ以外に樹園地土壌54点の分析データがあるが、銅、亜鉛、鉛、ヒ素などが高濃度に含まれているものがあるのでここでは用いなかった。土壌採取部位は表層が水田土壌と畑土壌では0〜15cm、森林土壌では有機物層(A0層)を除いて0〜10cm、下層はいずれの土壌も地表下おおめね30〜60cmのうちの主要層位15cmであった。分析には硫酸−硝酸−過塩素酸分解法、および浸出法としてカドミウム、亜鉛、鉛、銅、マンガンは0.1M塩酸抽出法、ニッケルとクロムは0.2M酢酸アンモニウム(pH4.5)抽出法、ヒ素は1M塩酸抽出法を用い、各元素の分析は原始吸光法によった。
 表1-3に硫酸−硝酸−過塩素酸分解法による有害金属濃度を示した。この値はほぼ全量に相当すると考えられる。表層土についてみると、マンガン濃度が畑土壌で高い以外は、3種類の土壌の間に著しい相違は見られない。一方、表層土と下層土とを比較すると、カドミウム、亜鉛、鉛および銅ではいずれも下層土に比べて表層土のほうが高い値を示していた。これら金属元素の溶脱には長時間がかかるので、表層土にこれら元素の付加があったものと考えられる。
表1-3 非汚染水田、畑、森林土壌の有害金属濃度(mg/kgDW)

元素
水田土壌
n=231
畑土壌
n=166
森林土壌
n=236
全体
n=633

Cd
表層土
下層土
0.382
0.230
0.373
0.246
0.266
0.208
0.330
0.226
Zn 表層土
下層土
56.6
48.9
60.4
55.0
50.2
48.8
54.9
50.4
Pb 表層土
下層土
19.9
15.9
14.8
13.3
16.4
14.0
17.1
14.5
Cu 表層土
下層土
27.3
24.2
26.8
22.2
21.4
21.3
24.8
22.5
Ni 表層土
下層土
20.3
19.3
18.6
19.5
16.8
18.6
18.6
19.2
Cr 表層土
下層土
26.1
21.4
28.2
27.3
22.7
23.1
25.7
23.9
Mn 表層土
下層土
343
393
612
588
418
409
432
438
As 表層土
下層土
6.69
7.19
7.95
7.24
6.23
6.25
6.82
6.87

幾何平均
表層土:農地用では0-15cm、林地ではA0層を除き0-10cm
下層土:地表下おおむね30-60cmのうち主要な層位15cm
硫酸−硝酸−過塩素酸分解法

日本土壌協会(1984)より作成


 表1-4にこれら土壌について抽出法を適用した場合の有害金属濃度についてまとめた。この場合はクロムでは地目による相違は認められず、また鉛の畑土壌と森林土壌の値が逆になっている他は、表層土、下層土とも森林土壌<畑土壌<水田土壌の順に濃度が高くなっていた。この理由は、ほとんど汚染が考えられない土壌であっても、森林には大気降下物、畑にはさらに肥料・農薬などの農業資材、水田にはそのうえ灌漑水も加わり、これらと共に各種元素が土壌に付加されたものであろう。また、各土壌が存在する平均的な位置は森林土壌、畑土壌、水田土壌の順に低くなっているので、表面流去水や浸透水によって、森林土壌の各種元素が減少して、水田土壌に付加されたものと考えられる。従って他の条件が同じならば、森林土壌、畑土壌、水田土壌の順に可溶性の有害金属濃度の値が高くなるわけである。この傾向は全分析によるよりも、可動性部分の定量を目的とする抽出法による値の方がはっきりと認められるものと考えられた。このように地目の相違によっても金属元素等の含有量に違いがでるようである。しかし、先に述べたような、アルカリ金属やアルカリ土類金属など水に溶けやすい元素は水田土壌に強固に結合することなく溶脱し、水田土壌に蓄積されることはないと考えられる。
表1-4 非汚染水田、畑、森林土壌の有害重金属濃度(mg/kgDW)

元素
水田土壌
n=231
畑土壌
n=166
森林土壌
n=236
全体
n=633

Cd
表層土
下層土
0.265
0.140
0.177
0.092
0.118
0.077
0.176
0.100
Zn 表層土
下層土
7.23
3.67
6.97
2.81
4.35
2.04
5.91
2.75
Pb 表層土
下層土
3.06
1.95
1.42
1.25
1.63
1.32
1.92
1.50
Cu 表層土
下層土
4.47
2.69
1.11
0.73
0.84
0.65
1.65
1.12
Ni 表層土
下層土
0.42
0.32
0.38
0.28
0.25
0.21
0.34
0.27
Cr 表層土
下層土
0.16
0.14
0.15
0.14
0.13
0.13
0.16
0.15
Mn 表層土
下層土
76.3
60.5
50.1
17.3
32.3
14.1
50.6
25.3
As 表層土
下層土
0.97
0.48
0.66
0.31
0.30
0.22
0.57
0.32

幾何平均
Cd,Zn,Pb,Cu,Mnは0.1M-HCl抽出
Ni,Crは0.2M-CH3COONH4(pH4.5)抽出
Asは1M-HCl抽出

日本土壌協会(1984)より作成