小池(編)(2006)による〔『地球温暖化はどこまで解明されたか−日本の科学者の貢献と今後の展望 2006−』(175-176p)から〕
『6.5.2 日本国を対象とした中期(2030年)排出シナリオ
温室効果ガスには二酸化炭素以外に、メタンや亜酸化窒素、フロン類など多種のガス体があるが、日本国内の排出割合を見ると、9割以上が二酸化炭素であり、その二酸化炭素のほとんどがエネルギー起源であるので、今後のエネルギー需給政策により温室効果ガス排出量が大きく左右される。ここでは、すでに行われている各種検討結果についてレビューする。
(1)環境省、「4つの社会・経済シナリオについて−温室効果ガス排出量削減シナリオ策定調査報告書−」、2001年
- IPCCでは、2001年にSRES(Special
Report on Emission Scenarios)シナリオを作成した。世界の2100年までの社会経済ストーリーラインを〔世界主義・地域主義〕〔経済志向・環境志向〕の2種4象限に分類して、それぞれの象限に対して叙述的にまた定量的に描写し、数値シミュレーションモデルを用いて温室効果ガス排出量シナリオを算出した。これを踏襲し、日本国シナリオのストーリーラインを作成し、2030年までの将来像を定量化している。
- 日本SRESシナリオは、IPCCのSRESシナリオ同様、いわゆるBaU(Business as Usual:なりゆき)シナリオで、温室効果ガス排出量削減対策を明示的に含めたものではない。しかし、ここで興味深いのは、発展のパターンによって2030年における日本の二酸化炭素排出量に50%の相違が見られることである。これが意味するところは、発展のパターンによって地球温暖化対策の程度や意味が大きく異なってくるということである。温暖化対策を論じる場合には、温暖化対策だけを個別に議論していくのではなく、日本がどのような発展のパターンに向かおうとしているのか、その方向は地球温暖化対策の方向性と一致しているのかといった議論を十分に行っていく必要があることを示唆している。
(2)電力中央研究所、「2025年までの経済社会・エネルギーの長期展望−持続的成長への途を求めて−」、2003年4月
- 少子高齢化、グローバル化、情報化などの今後予想される構造変化について、計量経済学の手法を用いて、マクロ経済から産業・貿易構造、地域経済、エネルギー・電力需給の分析を行っている。1)人口減少や少子高齢化、財政再建などの様々な制約から2000年以降の実質GDP成長率は1.0%と低成長、2)グローバル化・アジアの成長により製造業の海外生産比率が上昇(2025年で23%)するとともに、アジアを中心とした石油需要の伸び(年率1.5%増)により国際石油価格は2025年に名目43$/バレルにまで上昇、3)エネルギー起源のCO2排出』量は環境自主行動計画の達成、省エネ技術の進展を反映しても2010年で+4%、それ以降は低い経済成長率、高い石油価格による石油依存度の低下などによりほぼ横ばいになる、としている。
(3)総合資源エネルギー調査会需給部会、「2030年のエネルギー需給展望(中間とりまとめ)」、2004年10月
- 日本のエネルギー需給は、経済産業省の総合資源エネルギー調査会需給部会でその方向性が検討されてきた。2004年10月に、2030年のエネルギー需給展望(中間とりまとめ)が発表され、今までの右肩上がりのエネルギー需給予測とは異なったシナリオが提示された。具体的な試算は、(財)日本エネルギー経済研究所の計量経済モデルを用いて行われている。基準となるレファレンスケースの結果を見ると、最終エネルギー消費は、人口減少、経済の成熟化、サービス化、省エネ進展などの変化を踏まえ、2021年にピークを迎え、以後減少していく。それに伴い、二酸化炭素の排出量も2015年から2020年の間にピークを迎え、以後減少すると予測している。これは、@現状趨勢シナリオを念頭にしたものである。それに対して、A環境意識と技術進展シナリオを念頭に、エネルギー技術進展ケースを、B危機シナリオや経済社会構造の変化の可能性を念頭に外的マクロ要因が変化するケースを設定、あわせて不確定要素の存在する原子力について複数のケースを設定し、感度分析を行っている。その結果、たとえば省エネ進展ケースで、2030年の二酸化炭素排出量は、1990年レベルから10%減少するとしている。
(4)市民エネルギー調査会、「持続可能なエネルギー社会を目指して−エネルギー・環境・経済問題への未来シナリオ−」、2004年6月
- (3)で紹介したシナリオの代替シナリオを、環境NGOや専門家らが提言している。ほぼ同じモデル構造・手法を用いて計算すると、(3)のレファレンスケースシナリオでは、2010年のCO2排出量が1990年比11%増であるとともに、失業率、経済収支、財政収支などの数値が悪化し経済に悪影響を及ぼすとしている(「ゆでガエル」シナリオと称している)。
- そこで、二つの代替シナリオ「いきカエル」シナリオ(今日の社会経済のしくみのもとで環境産業・技術を強力に推進)と「きりカエル」シナリオ(脱物質化・社会経済パラダイムの転換を先取りした豊かな社会)を、計量型モデル・シミュレーション型モデル・トップダウン型モデルを組み合わせて、定量的に試算している。ここで興味深いのは、「きりカエル」シナリオの想定である。GDPは減少し1985年レベルに戻る。しかしGDPが豊かさの指標として適切であるかどうかについて、実質家計消費の推移を例に問うている。またIT化を考えると国という範囲で経済規模を考えることの妥当性についても疑問を呈している。試算結果を見ると、一次エネルギー供給構成では、原子力のフェーズアウトを想定した分、新エネのシェアが増加しているため、おもにGDPの減少からエネルギー起源CO2排出量は1990年比42%減少している。
(5)既存シナリオのまとめ
- 上記のシナリオについて二酸化炭素排出量を図6.5(略)に示した。環境省A1(高成長シナリオ)のみ2000年に比べて増加が大きい(2000年に比べて約30%増加)が、ほかのシナリオは概ね横ばいか減少傾向を示しており、2030年を見ると2000年比0.8から1の範囲にほぼ収まっている。市民エネ調きりカエルシナリオのみ既存のシナリオとコンセプトが異なることから2000年に比べて約半分の値を取る。』
【関連サイト】
戻る