西岡(2000)による〔『新しい地球環境学』(17-20p)から〕


1.3.2 地球環境研究の担い手と組織

 「地球環境研究」として多くの研究プログラムが組まれ、種々の学問領域(discipline)や研究分野からの研究者がこれに参加し、さらに内外の機関がこれを主導したり、スポンサーしたり、研究の支援を行っている(図1.3)。諸機関や研究プログラムの頭文字をとったアルファベットで3〜5文字の略語が入り乱れ、ただでさえわかりにくいこの世界をますます理解困難にしている(地球環境研究センター、1997)。ここでは地球環境研究がどのような体制で遂行されているのかの見取り図を書いてみる。

(1) 政府系機関と非政府系機関
 地球環境研究に取り組む活動においては、政府系機関と非政府系機関(おもにacademic society:研究者の団体)の活動を明解に分ける必要がある(図1.4:略)。政府系機関とは、各国政府の省庁(例:文部省、科学技術庁、環境庁)と国際機関(例:WMOUNEPUNESCO)の研究担当部署であり、それぞれの使命と政策にあわせて研究のフレームを独自に構築し(例:日本の地球環境研究総合推進計画、アメリカ合衆国地球変動研究計画(RNSTC、1998)、世界気象機関(WMO)の世界気候研究計画、国連教育科学文化機関(UNESCO)のMABなど)、国ごとに予算を計上したり、地球環境ファシリティ(GEF)のような環境基金の枠取りをする。政府機関の研究フレーム作成に際しては、academic society側が作成した研究計画を参照することが多い。実際の研究予算配分は、それらの研究者側の計画にある研究を優先させることもあるが、政府系機関独自の研究計画につけることも多い。
 一方、academic society側には国際学術連合(ICSU)や国際社会科学協議会(ISSC)のような、環境だけでなくすべてのacademic societyの大元締め機関があり、そのもとで科学的見地から時宜を得た総合研究プログラム(例:1957/58年の地球観測年、1990年からのIGBPなど)を提唱する。さらに具体的にこれを研究計画(例:IGBPのもとにつくられているコアプロジェクト)におとし、研究者を糾合してチームワークで研究を進めようとする。これらはいわば非政府機関(NGO)である。こちら側はとくに金があるわけではなく、政府系機関に向かって計画された研究の重要さを訴えて、参加する個々の研究者がそれぞれに政府機関や財団から予算をとって、その研究資金を背負ってきて研究に参加することを期待するのである。地球環境問題は、一人の優秀な研究者の統一理論で解決するものではないから、こうしたプログラムづくりと国際協力は不可欠な過程である。大元締めの機関は、研究計画がうまく推進しているかをチェックするために、ときどき評価委員会をアドホックに組織して研究評価報告書をまとめる。
 現在、国際地球環境研究の中核であるIGBP(IGBP、1998a;大島他、1996;日本学術会議、1996)は、沿岸域における陸域−海洋相互作用(LOICZ)/国際地球規模大気化学研究計画(IGAC)/土地利用/被覆変化(LUCC)のように、自然現象を特定してかなり学問分野の似かよった研究者が集まって研究を遂行している。
 人間社会側面国際研究計画(IHDP)は、1996年よりこれまでの国際社会科学協議会(ISSC)に加えて国際学術連合(ICSU)がスポンサーとなり、社会科学と自然科学の協調体制をととのえた(HDP、1996)。国内では環境庁地球環境研究総合推進費にHDP関連研究枠が設けられ、環境経済・政策学会が発足するなど組織的活動が盛んになりつつある。
 個別の研究推進だけでなく、研究能力の向上や情報の共同化など、研究のインフラストラクチャーの整備を考えたネットワークをつくるべきであるとして、研究者集団のほうで考えられたのが、例えばSTARTのような横断的計画である(IGBP、1998b)。とくにここでは、地球環境研究のもつ(発展途上国を主体とした)地域研究能力強化(Capacity building)と地域(例:アジア、米州など)内・地域間協力(intra/inter regional cooperation)の必要性を反映している。これと対応して、政府側も地域研究協力の必要性を認めて、地域研究ネットワーク(例:IAI/APN/ENRICH)をつくり、発展途上国応援の予算をこれに向けてあてている(IAI、1995;APN、1997;MEDIAS、1997)。
 政府機関のほうでは、世界全体で資金が重複することなく効率的に使われているかをみるために、各国政府が集まって、「地球変動研究に関する資金供給機関国際グループ(IGFA)」を組織して、国際研究計画の進行状況と各国の資金配分に関して情報交換をしている。

(2) 個々の研究者の動き
 こうした上部構造のもとで、研究者個人個人が、研究計画を独自にそれぞれの政府に提案し、政府からの資金を得て研究を行っている(例:各省庁研究所の研究、文部省科学研究費研究)。この場合、政府機関や国立大学に属している研究者も、基本的には非政府機関(NGO)側の研究者集団にいると考えられる。ある人の研究は国際研究計画の一端にはまりこむものであるし、ある研究者の研究はそれとはかかわりなく行われる。政府はacademic societyの作成した研究計画を尊重して、これにあてはまる研究に資金を優先的にだすようにはしているが、国の研究計画と一対一に対応するものではけっしてない。一部の研究者のグループが政府の資金で行ってきた研究を、あらたに国際共同研究として位置づけることもあるし、国際機関からの資金を得るための研究計画のプロポーザルもつくられる。

(3) 研究と政策のやりとり
 地球環境研究は、純粋に学問的興味だけでなされる研究とは異なり、研究成果が国際環境政策にただちに反映される。研究者側はともあれ、政府側は少なくとも政策を支援する研究成果を期待している。この背景のもとで、研究資金の投下のほうは、上記のようにスポンサーである政府あるいは国際機関とacademic society間の綱引きや交渉で決まる。研究成果のほうは、国際環境政策を念頭において、各国政府間で設置する政府間パネルでなされる「研究の現状評価報告」を通じて政策に反映される。オゾン層、気候変動(IPCC)、生物多様性についての政府間パネル報告書などが、その成果の反映の機会であり、このパネルは研究を政策に反映させる機能と政策からみた研究の評価機能をもっている。
 気候変動に関する一連の政策決定においてIPCCの果たした役目は大きく、研究者社会には政策面からみた新たな研究課題を示し、政策者側には科学の重要性と研究資源の投入先を示すという政策と科学のつなぎの役目も果たしている。もちろん研究成果の多くは、必ずしも中短期の政策には役立たなくとも、学問的価値は十分あろうが、地球環境研究の一つの性格として、政策への反映に意味があることには留意されねばならない。』


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