安藤(1996)による〔『地震と火山』(84-88p)から〕


6章 地震の予知と防災
1. 地震予知の可能性

 日本の地震学者を中心として、地震予知のための計画書が1962年にまとめられた。これは「ブループリント」とよばれている。内容は多数の項目に分かれているが、基本的には地震観測、地殻変動、地球電磁気、地下水などの観測をもとに、日本列島の変形のようすを知り、そのなかに現れる前兆現象を検出して、地震予知をおこなうとしたものである。1963年に、第1次地震予知5ヵ年計画が始められ、以後5年ごとに計画は更新されて現在に至っている。この間、1965〜66年松代群発地震の発生、1970年代当初のダイラタンシー拡散モデルの提出、微小地震観測網のテレメーター化、東海地震の可能性の提唱などをへて、1995年1月17日兵庫県南部地震の発生にいたった。
 日本では確たるレベルでの地震予知は成功していない。地震予知計画は、予知をおこなうためにはどのような方法・手法を用いるべきか、そのための観測はいかにあるべきか、地震はどのようなメカニズムで引き起こされるのか、の解明が課題であった。
 地震予知計画が進行するとともに、予算および人員面で大きな比重を占めたのが地震観測であった。しかし、地震予知計画のための地震観測が、しだいに地域の業務的地震観測の一翼を担うようになってきた。地震現象や前兆現象のメカニズムの解明に、必ずしも力を注げなかったことは否定できないであろう。その結果、地震予知計画への批判の声もしだいに出始めてきた。
 地震予知は地下に起こる破壊を予測するものである。一般に、破壊現象の予測はむずかしい。多くの物質の物性定数は、その物質全体の平均化した性質が示されている。しかし破壊強度というのは、むしろ平均化したものではなく、もっとも弱い部分の性質が現れる。したがって予測がきわめて困難になる。たとえば、ガラスに力を加えて曲げていくと、どこかで破壊する。弾性体内での加えた力とガラスの曲がりの関係は、実験する前からかなりわかっている。しかしこのガラスがいつ壊れるかは、個々のガラスでかなりのばらつきがあると考えられる。
 ガラスのような均質なものは突然破壊することが多い。一方、不均質な物質の破壊は、ピチピチと小破壊が発生し、その後、主破壊に至る。図6-1(略)はこのようすを示したものである。茂木清夫は次のような興味深い実験をおこなっている。
 松ヤニに火山灰を入れた試料をつくり、これに力を加えて破壊するとしよう。松ヤニだけの試料は主破壊の前には、小さな破壊がほとんど認められなかったが、火山灰を入れた試料は小破壊を多くともなった。火山灰入りの松ヤニのように不均質な物質の場合、いちどに大破壊に至らず、弱い部分からしだいに壊れて大きな破壊に至ると考えられる。つまり前兆的な現象をともなう可能性が高いといえるだろう。
 地震発生に至る過程を描いたモデルはこれまでにいくつか提出されている。このなかでもダイラタンシー拡散モデルが有名である。アメリカのショルツ(C.H.Scholz)ほかによって提出されたもので、次のような内容である。
 地下の応力が高まるとともに、多くの割れ目が生じ、かつ岩石は堅さを増す。この割れ目に周辺域から水が流入し、そのため固体圧が下がり、主破壊に至るというシナリオである。土の挙動をもとにつくり上げられたモデルに、地震・地殻変動等の観測結果をあてはめたものであるが、観測の精度が上がるにつれて、期待されるほどの変化が現れないことが明らかになってきた。1972年にこのモデルが提出されたときには、あたかも地震予知は完成したかのような熱気につつまれていたが、その熱がさめるのも時間の問題であった。
 このほかに、歪弱化(strain softening)モデルなど種々の考えが提出されたが、地震発生の統一モデルはない。現在は、地震発生の部分を説明するモデルがいくつかつくり上げられている。たとえば「初期破壊の成長」、「断層間の相互影響」などのいわば地震予知への“部分品”が研究されている。

2. 前兆現象
 地震直前にどのようなことが起こるのだろうか。これらは前兆現象とよばれ、それをとらえることが地震予知にとってもっとも効果的といえる。前兆現象には次のようなものが考えられる。
 まず大きな破壊前に小さな破壊が起きることが多い。周辺域でも起こり、また初期破壊域に起こることもある。初期破壊域とは、地震の破壊はいっぺんに起こるものではなく、最初に入ったキズから進行し、大きな破壊にいたるその最初のきっかけである。まさに、堤防にあけた蟻一匹の穴といえよう。
 本破壊の前に、バリンと破壊せずにズルズルとすべり出すことが知られている。さらに、前震といわれるような、微小な破壊が起こることも多い。周辺域の地震活動が変化することも知られている。このような動きは、地震計や地殻変動を観測する機器からもとらえられる。
 また、地下岩石中にはわずかであるが、水も含まれている。地下水の上昇や下降も起こる。地下水の流れの変化による化学組成の変化なども予測される。さらに、地下電流の変化、比抵抗などの変化も考えられる。
 したがって、これらの変化に応じて動物が異常行動を起こすことも十分に考えられる。
 以上の考えられる前兆現象は、それが大地震の前触れであると事前に判断されることが重要である。しかし、これまで日本では前兆現象であると地震前に判断されたものはない。前兆現象とされるものは、すべて地震後に判断されたものばかりである。図6-2は、1994年までに前兆現象と考えられる現象をまとめたものである。1つの地震に10個以上示されているものもある。図からも地震活動の変化として表される例が多いようである。また、大地震前に群発地震が前震として起こる例が多く認められる。
図6-2 地震の前兆現象の報告例〔注:元図は円グラフ〕

報告例
件数
地殻歪の異常な変化 108
地電流・地磁気の異常 64
ラドン・水温などの異常 45
地盤の隆起・沈降など 36
その他 11
前震活動 311
前震以外の異常地震活動 215
 1978年の伊豆半島・大島近海地震の際には、7種類の前兆現象が検出されている。断層からの距離をみると、もっとも近いものは5km、もっとも遠いものは50kmに達している。
 1995年の兵庫県南部地震は、地震観測網の真中で起きたものである。したがって、地震前の観測記録は充実している。前見返し図(c)(略)からわかるように、この地震の発生1年前は震源域の北側の地震活動が活発であった。さらに六甲山における地殻変動、湧水量の変化に異常が現れている。地震断層の近くでは、1〜2年前から地震が発生しなくなるなどの地震活動の変化がみられた。本震の11時間前には前震が起きた。前震は全部で4回発生した。前震の震源の位置は本震と同じで前震のほとんどは本震の震源のすぐ近くに起きる。しかしながら、三角測量時代からの水平変位や水準測量には、前兆的な変動は見つけられていない。この地域ではGPSの連続観測が半年前から始められていたが、地震前には前兆的変化はみられていないとのことである。50分前に発生したといわれる電波の発生は、方向が明瞭なだけに予知の手がかりを与える可能性がある。これらのデータが、かりにすべて地震前に明らかになったとして、これをもって判断しようとしても、兵庫県南部地震の発生を予測するのは現状では困難であったろう。』



戻る