萩原(監修)(1983)による〔『地震の事典』(15-16、45-51p)から〕


地震の規模−マグニチュード
 「今朝の地震は大きかった」といえば、今朝強い地震動を感じたという意味であるが、「関東地震は、福井地震よりずっと大きい」といえば、それがより広い範囲により強い地震動をもたらし、地殻変動が生じた区域の広さや変動の量も大きい、つまり地震現象全体としてのスケールが大きいことを意味する。このような意味での地震の大きさを表す数値をマグニチュードという。
 マグニチュードは、地震計に記録された各地の地震動の振幅から、一定の方式によって算出する(45〜46ページ参照)。決定方式によってやや異なる値になるので、くわしい議論をするときにはどの方式によるものかを明確にしておかなければならないが、本書で概略の値をあつかうときには、たんにマグニチュードと称し、Mと略記する。
 マグニチュードの値は、理論的には大きいほうにも小さいほうにも限界がないが、実際にはM9.5を超える地震は知られていない。また通常の方法ではMマイナス2以下の地震を検知することはむずかしい。表4に、震源の深さが60kmより浅い地震について、マグニチュードMの地震がどの程度のものかの見当をしめす。
表4 地震のマグニチュードMの解説
名称 M 地震の概略(浅い地震**の場合) 日本付近**における発生頻度(浅い地震)
大地震 巨大地震 9.5〜9.0 数百kmないし1000kmの範囲に大きな地殻変動を生じ、広域にわたり大災害・大津波を生じる。 日本付近にはおこった記録がない。
〜8.0 内陸におこれば広域にわたり大災害、海底におこれば大津波が発生する。 10年に1回程度。

〜7.0
内陸の地震では大災害となる。海底の地震は津波をともなう。 1年に1〜2回程度。
 
中地震 〜6.0 震央付近で小被害が出る。Mが7に近いと、条件によっては大被害となる。 1年当り10〜15回程度。
〜5.0 被害が出ることは少ないが、条件によっては、震央付近で被害が出ることがある。 1年当り100〜150回程度。
小地震 〜4.0 震央付近で有感となる。震源がごく浅いと、震央付近で軽い被害が出ることがある。 1日当り数回程度。
〜3.0 震央付近で有感となることがある。 1日当り数十回程度。
* 深さが約60km以内。** 内陸部と海岸から200km程度以内の海底。
今世紀の大地震ワースト5(1983年まで)
マグニチュード順(Mはモーメント=マグニチュード)
@ 1960年チリ地震 M9.5
A 1964年アラスカ地震 M9.2
B 1957年アリューシャン地震 M9.1
C 1952年カムチャッカ地震 M9.0
D 1906年エクアドル地震 M8.8
死者数順
@ 1976年唐山地震(中国) 24万人
A 1920年海原地震(中国) 20万人
B 1923年関東地震(日本) 14万人
C 1908年メッシナ地震(イタリア) 11万人
D 1970年ペルー地震 4〜7万人

大きい地震、小さい地震
マグニチュードの最初の定義

 地震の大小を表す量であるマグニチュードについては前に概略を説明したが(15ページ参照)、ここではもう少しくわしく述べることにしよう。
 地学の本には、「マグニチュードとは、震央距離100kmの地点に置かれたウッド=アンダーソン式地震計の記録上の最大振幅をミクロン単位で測り、その常用対数をとったもの」と書かれている。これは1935年にC.F.リヒターが与えた定義である。しかし、この方式によるマグニチュードは、カリフォルニアなど一部の地域の地震を除いて、あまり使われていない。現在は、この方式によって決めたものをリヒターのローカル=マグニチュードといい、MLで表すのがふつうである。ウッド=アンダーソン式地震計は周期が0.8秒という短周期地震計なので、その振幅によるMLは、地震波の中にふくまれている短周期成分に支配されてしまう。
 表面波マグニチュードおよび実体波マグニチュード
 B.グーテンベルグは1945年、震源から遠く離れた観測点で記録される周期約20秒の表面波の振幅にもとづくマグニチュードと、P波やS波など地球の内部を伝わってきた波(実体波)の振幅/周期の比にもとづくマグニチュードを提案した。前者は表面波マグニチュード、後者は実体波マグニチュードとよばれ、それぞれMSmBで表される。
 震源の深い地震では表面波がほとんど発生しないので、MSは浅い地震だけに用いられるが、mBは浅い地震でも深い地震でも用いられる。グーテンベルグは、同じ地震(あるいはエネルギーの等しい地震)については、MSもmBもMLと同じ値になるようにスケールを定めたつもりでいたから、三者ともみなMで表していた。ちがう記号で三者を区別するようになったのは、のちになってこれら三者の値が系統的にずれていることが判明してからである。
 気象庁のマグニチュード
 気象庁から発表される日本付近の地震のマグニチュードは、深さ60km以内の浅い地震については坪井の方法で、それより深い地震については勝又の方法で定めたものである。これらの方法は、グーテンベルグとリヒターが著した『地球の地震活動度』(1949年)に掲載されている多くの地震のマグニチュードMを基準とし、気象庁の観測網で使用している周期5〜6秒の地震計で測った地震動の最大振幅から、基準としたMの値になるべくよく一致した値が得られるように編みだされたものである。この『地球の地震活動度』に掲載されているMはMLではなく、浅い地震についてはMSであり、深い地震についてはmBである。したがって、気象庁のマグニチュードも、浅い地震ではMSに、深い地震ではmBに準ずるものといえるように思われる。ところが、気象庁が発表した浅い地震のマグニチュードをMSと比較してみると、気象庁の値は、6.5以上ではMSより平均して0.2ほど小さいが、6.2前後で大小関係が逆転し、6.0以下では平均0.4ほど大きくなっている。
 なお1961年、気象庁はマグニチュード決定に用いるデータの選び方を改め、1926〜60年の地震についてもそれと同じ基準でマグニチュードを再決定し、1982年に発表した。本書ではこの改訂値にしたがっている。
 ISCのマグニチュード
 ISCや米国地質調査所のNEIS(国立地震情報サービス)では全世界の地震の震源とマグニチュードを決めているが、ここではグーテンベルグのもともとの定義とはやや異なる表面波マグニチュードと実体波マグニチュードを使っている。表面波マグニチュードは同じMSで表しているが、これは1962年にバネークらが発表した方式によっており、グーテンベルグのMSより約0.2大きい。また実体波マグニチュードは、ISCではMb、NEISではmbで表している。これらはグーテンベルグのmBと方式は同じであるのが、使用している地震計が周期1秒程度の短周期上下動地震計なので、より広帯域の地震計によるmBよりもかなり小さい値となっている。
 歴史地震のマグニチュード
 まだ地震計がなかった古い時代の地震のマグニチュードは、震度分布から推定するほかに方法がない。海底の地震の場合は、津波の状況も参考になる。しかし、古文書の記事から各地の震度を推測することはかなりむずかしいことであり、また、史料そのものが不完全であるから、歴史地震のマグニチュードを無理に細かく決めても意味がないことが多い。
 マグニチュードの問題点
 ある地震のマグニチュードをいろいろな方式を用いて定めてみると、方式によってかなりちがう値になることがある。たとえば1968(昭和43)年十勝沖地震は、気象庁のMは7.9であるが、ISCのMbは6.1であり、グーテンベルグの方式によるMSは8.1、mBは7.6で、MS8.6としているカタログもある。同じ方式によっても、異なる観測点のデータを用いれば、0.3ぐらいの相違は容易におこりうる。
 つぎに、マグニチュードの頭打ちという問題がある。MLやmbのように短周期の地震波を用いるマグニチュードは、7程度以上では頭打ちをおこし、地震が大きくなってもそれに応じて大きくはならない。周期20秒ほどの表面波を用いるMSは、8をやや超えるくらいまでは頭打ちをおこさないが、それ以上では飽和してしまう。かつて、マグニチュード8.7以上の地震は存在しないといわれたことがあった。1960年チリ地震や1964年アラスカ地震はMSがそれぞれ8.5と8.4であるが、ほかのMS8.5程度の地震に比べて、地殻変動や津波の規模、震源域の広がりなどがはるかに大きく、もし頭打ちをしないスケールを用いれば9以上になるものと思われる(49ページ参照)。
 もう一つの問題は、スロー地震である。地震のなかには、断層のずれ動く速度が(おそらく、断層面を破壊が進行してゆく速度も)いちじるしく遅いものがある。この種の地震では、周期のきわめて長い地震波が卓越し、人体に感じたり、ふつうの地震計が記録したりする程度の周期(0.1秒ないし数秒)の地震波はわずかしか発生しない。1896(明治29)年の三陸沖地震は、震度分布や地震計が記録した振幅からみるとM7.0程度であるが、巨大な津波をともない、2万7000人の死者が出た。津波の高さや波源域の広がりから考えると、Mは8.5に近いとみたほうがよい。この種の地震は揺れが小さいので安心していると、思わぬ大津波にみまわれることがある。
 地震のエネルギー
 マグニチュードよりもっと物理的に明確な量で、自身の大きさを表せないものだろうか。エネルギーはどうだろう。
 エネルギー的にみれば地震は、プレートの運動につれて岩盤が徐々に変形し、そこに弾性ひずみのエネルギーがたまってゆくが、ある時、断層がその変形を解消するように急激にずれ動いて、ひずみエネルギーのかなりの部分を地震波のエネルギーとして放出する現象である。放出されたエネルギーの一部は、岩石を破壊したり、摩擦にうちかって断層がすべるときに発生する熱になったりする。また、岩盤の上下方向の運動がからんでくるときには、位置のエネルギーも関係してくる。これらのうちで測定が可能なものは、地震波のエネルギーESである。しかし、それを正確に測定するのは容易でないので、ESを用いて地震の大きさを定めるのは得策ではない。
 グーテンベルグとリヒターは、MSとESとの関係を一つの式で表した。ふつう、地震のエネルギーというときは、それを直接測定するわけではなく、この式によってMSから換算したものである。それによれば、MSが1だけふえると、ESは√1000倍すなわち31.6倍になる。広島型原子爆弾(TNT火薬20キロトン相当)のエネルギーは8.4×1020エルグで、これはMS6.1の地震に相当する。ただし、これらの原子爆弾や水素爆弾を地下で爆発させたとしても、MS6.1あるいはMS8.1の地震がおこるわけではない。そのエネルギーの大部分は熱となってしまい、地震波となるのはほんの一部だけだからである。
 地震モーメントおよびモーメント=マグニチュード
 断層運動としての地震の大きさは、断層面積Sとずれの量Uとの積で表すことができるであろう。また、前述(38ページ参照)のように、断層運動は二対の偶力の組み合わせと等価であるから、地震の大きさをこの偶力のモーメントMoで表すこともできる。このMoを地震モーメントとよんでいる。
 地震モーメントMoは、地球内部の変動現象という意味での地震の規模をよく表している量である。表5(43ページ:略)にはこのMoの値もしめしてあるが、この値は地震波の解析から求めたもので、SとUから算出したものではない。
 地震モーメントは、ある方法によってMSに相当するものに換算される。これをMWで表し、モーメント=マグニチュードと称する。MWは頭打ちをおこさないし、また、スロー地震に対しても適切な値となる。前に述べた1960年チリ地震のMWは9.5となり、1964年アラスカ地震のMWは9.2となる。
 断層運動の諸元とマグニチュード
 地震の原因である断層の運動に関連する量として、これまでに断層面積S(長さLと幅Wの積)、断層面上の変位量(くいちがいの量)U、断層がずれ動く速度v、破壊進行速度Vなどが出てきた。これらのうちで、vやVは地震の大きさには関係なく、vは毎秒0.7〜1.0m程度、Vは毎秒2.5〜3.5km程度である。S(L×W)やUは大きな地震ほど大きくなる。
 表6(略)には、M、Mo、ES、L、Uの関係がしめされている。これは標準的な地震についての関係であるが、地震には、Mの割にLが大きいものとか、Lが小さい割にUが大きいものとか、いろいろな性格のものがあるから、この表はだいたいの目安と考えたほうがよい。
 大地震と小地震の度数の割合
 ISCや気象庁が発行する地震のリストを見てすぐ気づくことは、大きい地震は数が少なく、小さい地震が圧倒的に多いことである。ある地域にある期間におこるマグニチュードがM以上の地震の数は、Mを1小さくとるごとに5〜10倍増加する。この何倍増加するかの値の常用対数をb値という(5倍のときb値は約0.7であり、10倍ならb値は1.0である)。
 Mが2小さくなるとエネルギーは1000分の1になるが、地震の数はb値を1.0としても100倍にしかならない。つまり、小さい地震は数こそ多いが、エネルギー的にみれば、全部を寄せ集めても大地震にははるかに及ばないのである。なお、それぞれの地域にはおこりうる地震のMに上限があり、b値が意味をもつのは、その上限より小さいMの範囲内である。日本付近ではM8.5程度が上限とみられるが、カムチャッカ半島からアリューシャン列島、アラスカの沖合い、あるいは南アメリカの太平洋岸沖には、M9以上の地震がおこりうる。過去数十年間の統計によれば、日本付近におこったM6以上の地震の数は、全世界のM6以上の地震の10%程度である。しかし、日本にはM9クラスの地震がおこらないため、過去100年間におこったすべての地震のエネルギーを合計しても、1960年チリ地震1個の4割ぐらいにしかならない。』



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