一國(1989)による〔6-10pから〕


 1 はじめに
 1.1 風化とは何か

 土壌は地表に露出した岩石が機械的に粉砕され、化学的に分解されて生じた物質である。ただし、この過程から想像されるような無機物の集合体ではなく、そこにさらに有機物が加わった複雑な混合物である。
 地表の岩石が機械的、化学的作用を受けて細粉化される過程が風化(weathering)である。風化は機械的風化(mechanical weathering)化学的風化(chemical weathering)とに区別されるが、多くの場合、これらの風化は同時に進行する。
 機械的風化は温度変化による岩石の膨張と収縮、岩石のき裂中の水の凍結、岩盤上を移動する氷河による切削などによって起る岩石の粉砕の過程を示す。
 化学的風化は岩石の化学的分解のことであって、岩石が水、二酸化炭素などの作用によって地表条件下で安定な物質に変化する過程である。この変化は岩石の表面で起るために、岩石が物理的に砕かれて表面積が増大するほど化学的風化の進行が加速される。粉砕はまた粒子の表面に反応の活性点をつくり出す効果ももっている。
 化学的風化の速度は温度と反応の媒体となる水の供給のされ方に依存する。水の供給条件が同じであれば、温度が高いほど化学的風化の進行は著しい。水は降雨によって供給されるが、年間降水量が同じであっても、年間を通じてほぼ一様な割合で降る場合と、特定の時期に集中して降る場合では岩石の化学的風化に与える影響が異なる。これは後述するように、岩石粒子と接触する水溶液のpHが風化速度と密接に関連しているためである。
 化学的風化は水和、加水分解、溶解、酸化などの反応に分けて記述することができる。風化に伴って起る反応は、風化残留物(residual products of weathering)あるいは風化帯から流出する水の化学組成から推定することができる。
 Goldschmidtは、南部ノルウェーに広く分布する氷河粘土(glacial clay、氷河が岩盤上を移動するとき、けずり取ってきた岩石粉末を氷河の末端に堆積したもの)の平均組成が、ClarkeとWashingtonによって求められた火成岩の平均組成によく似ていることを示した(Mason and Moore, 1982)。表1は、その結果を示したものである。地表の75%は岩石の風化によって生じた堆積物によって覆われているが、その厚さはわずかであり、地殻の95%は火成岩によって構成されるとみてよい(Pettijohn, 1957)。したがって、氷河粘土は火成岩が機械的に粉砕され、低い温度において軽度の化学的風化を受けたときの生成物である。
表1 氷河粘土と火成岩の平均組成(重量%)
 

氷河粘土

火成岩
SiO2 59.12 59.14
TiO2 0.79 1.05
Al2O3 15.82 15.34
Fe2O3

6.99

3.08
FeO 3.80
MgO 3.30 3.29
CaO 3.07 5.08
Na2O 2.05 3.84
K2O 3.93 3.13
H2O 3.02 1.15
P2O5 0.22 0.30

 火成岩と比較したときの氷河粘土の組成上の特徴は、水含量の増大とCa、Na含量の減少である。これは火成岩を構成する鉱物の化学的風化の第1段階が水和であり、それに引き続いてCa、Naの溶脱が起ることを示唆している。このことは、浅層地下水中の主要陽イオンがCa、Naイオンであることとよく対応している。
 岩石がさらに風化を受けたとき、風化残留物の組成がどのように変化するかを表2に示す((山田ほか、1968)。この岩石は岩手県に産出する石英閃緑岩(深成岩の一種で、石英と斜長石から成る岩石)である。Aは未風化部分、B、C、Dは風化された部分であって、その順に風化の度合が増大している。風化の進行とともに、氷河粘土の組成にみられた特徴、すなわち水含量の増大とCa、Na含量の減少がさらに強調されている。
表2 風化を受けた石英閃緑岩の組成(重量%)
  A B C D
SiO2 61.35 59.50 56.25 52.57
TiO2 0.60 0.64 0.68 0.80
Al2O3 17.39 7.88 18.86 20.44
Fe2O3 2.19 4.23 5.39 5.93
FeO 3.00 1.39 1.16 0.96
MnO 0.11 0.11 0.11 0.09
MgO 2.86 2.82 2.77 2.61
CaO 6.00 5.29 2.65 1.19
Na2O 4.33 3.31 1.93 1.13
K2O 1.15 0.91 0.77 0.52
H2O 1.01 3.51 8.85 13.39
合計 99.99 99.59 99.42 99.63

 1.2 風化における元素の移動度
 Ca、Naのような元素は風化に関与した水溶液中に溶出し、地表水または地下水中の溶存成分となる。岩石が化学的風化を受けたときの元素の溶出の難易を測る尺度が移動度(mobility)である。移動度は、土壌の母材となった岩石に含まれていた各種の元素がどの程度まで土壌中に残留するかを見積る尺度としても重要である。
 風化残留物の組成から元素の移動度を評価するときは、風化過程を通じてAl2O3の損失がまったく起らないと仮定するのが普通である。表2で、風化の最も進んだDと未風化岩石Aの組成を比較してみよう。Dにみられる見かけのAl2O3含量の増大は、他の成分の溶出量が水含量の増加量を上回った結果である。Dの組成に17.39/20.44=0.8508を掛けると、A、DのAl2O3含量は等しくなり、Al2O3含量の保存を仮定したときの他成分の含量の増減を直接比較することができる。このとき、Dにおける相対的減少量の最も大きい成分はCaOである。これは風化時のCaの移動度が大きいことを意味している。この後にNa2O、K2O、MgO、SiO2が続く。
 この方法で求めた元素の移動度は岩石の鉱物組成、気候的要因などによっても変化するため、移動度を絶対的な値に換算することはせず、単に移動度の大小の順序を示すのにとどめておくのが普通である。多くの場合、移動度はCa、Na、K、Mg、Siの順に減少する。元素の移動度は元素の性質とともに、元素が含まれる鉱物の風化に対する安定性に大きく依存している。Ca、Naの移動度が大きいのは、これらの元素が風化に対して不安定な斜長石の主成分であるためである。
 1.3 風化に対する鉱物の安定性
 風化に対する火成岩中の鉱物の安定性の順序を図1に示す。この図はGoldich(1938)によって示された歴史的な系列である。ケイ酸塩の風化においてはSiO4四面体がいったん単分子状のSi(OH)4となって溶出する。このため、「重合」の進んだ構造をもつケイ酸塩ほど風化に伴って切断すべきSi-O結合の数は多くなり、結果としてその鉱物の風化に対する抵抗性は増大する。
カンラン石 (Mg,FeII)2SiO4 カルシウム質斜長石 CaAl2Si2O8
  |
  |(Ca,Na)Al(Al,Si)Si2O8
  |
  |
ナトリウム質斜長石 NaAlSi3O8
↑減少



|風化に対する安定性



↓増大
シソ輝石 (Mg,FeII)SiO3
普通輝石 (Ca,Na)(Mg,FeII,Al)(Si,Al)2O6
角閃石 (Ca,Na)2-3(Mg,FeII,FeIII,Al)5(Al,Si)8O22(OH)2
黒雲母 K(Mg,FeII)3(Al,FeIII)Si3O10(OH)2
                  カリウム長石 KAlSi3O8
                  白雲母 KAl2(AlSi3)O10(OH)2
                  石英 SiO2
図1 風化に対する鉱物の安定性。
 カンラン石(Mg,Fe)2SiO4は独立したSiO4四面体から構成されているために、Si-O結合の切断なしに分解が進行する。カンラン石が容易に風化されるのはそのためである。
 石英は、SiO4四面体の各頂点のOが隣り合った四面体との間で共有されることによって生じた三次元骨組み構造をもっている。石英は風化に対してきわめて安定であって、岩石が風化されると、その中の石英粒子はそのまま風化残留物中に移行する。
 長石も三次元骨組み構造をもっているが、四面体中のSiの一部がAlによって置換されたアルミノケイ酸塩である。長石中のSi-O結合が160.5pmであるのに対し、Al-O結合は176pmとかなり長い(Wells、1984)。このためSi-O結合と比較してAl-O結合は切れやすい。Caの多い斜長石ほどAl/Si比は増大し、それとともに風化に対する抵抗性は減少する。
 1.4 地殻の鉱物組成
 土壌中の無機成分(粘土鉱物、水和酸化物など)の量と組成は土壌の重要なパラメータである。これらの供給源として地殻(その大半は火成岩によって占められていることは前述の通りである)を考えるとき、地殻を構成する鉱物の風化に対する安定性とともにその量比が問題となる。これは粘土鉱物、水和酸化物が地殻の化学的風化の不溶性二次生成物であって、その組成がもとの物質の鉱物組成に関係しているからである。
 Wedepohl(1971)が求めた地殻の鉱物組成をNesbittとYoung(1984)が求めた上部大陸性地殻(upper continental crust)、露出した地殻(exposed crust)の鉱物組成とともに表3に示す。Wedepohlのデータは、NesbittとYoungの上部大陸性地殻のデータとよく一致している。上部大陸性地殻は、花こう岩質岩石を主体とする結晶質岩石に対する重みが大きい。NesbittとYoungは実際に地表に露出している地殻では火山岩の占める割合が大きいことを指摘し、火山岩、深成岩、変成岩の量比を1:1:2とおいて露出した地殻の鉱物組成を導いた。火山岩を考慮することによって、ガラスが重要な相であることが示された。ガラスが風化を受けやすいことはよく知られている。
表3 地殻の鉱物組成(体積%)a)
鉱物 地殻 上部大陸性地殻 露出した地殻
石英 18 23.2 20.3
斜長石 42 39.9 34.9
ガラス   0.0 12.5
カリウム長石 22 12.9 11.3
カンラン石 1.5 0.2 0.2
輝石 4 1.4 1.2
角閃石 5 2.1 1.8
黒雲母 4 8.7 7.6
白雲母   5.0 4.4
磁鉄鉱 2 1.6 1.4
a) 地殻はWedepohl(1971)、上部大陸性地殻と露出した地殻はNesbittとYoung(1984)による。

(『鉱物の定義と分類』のページの『鉱物の存在度』を参照)

 石英は風化に対する抵抗性が大きく、風化時にはほとんどそのまま残留するとみてよい。これに対して、風化されやすい鉱物は長石とガラスである。風化に関する理論的研究においては長石、実験的研究においては長石、ガラスが好んで取上げられるのは、これらの鉱物が地殻中に多量に存在し、かつ風化に対して不安定であることのよるのであろう。
 鉱物組成と移動度の関係について一言つけ加えておく。カンラン石、ガラスが風化に対して不安定であることから、これらの鉱物を多量に含む塩基性火山岩の場合、風化の初期における移動度は1.2項において述べた順序と大きく異なることがある。これはカンラン石、ガラスなどが斜長石よりも先に分解するためである。たとえば、カンラン石は次のように反応して溶解する。
  Mg2SiO4+4CO2+4H2O→2Mg^(2+)+4HCO3^(-)+Si(OH)4
このためにMgとSiの移動度は大きくなる。
 土壌の生成と関連づけて南フランスBelbexにおける玄武岩の風化を研究したChesworthら(1981)は、風化の指標として移動性のない成分の和Al2O3+Fe2O3+TiO2をとり、風化の進行に伴う各元素の減少率から元素の移動度が風化の初期においてはSi>K,Na,Mg>Ca>Fe,Al,Ti、風化の末期においてはSi>Ca>K,Na,Mg>Fe,Al,Tiとなることを述べている。』