米林甲陽(1997)による〔『最新土壌学』から、43-45p〕


4. 土壌の有機物

 土壌有機物(soil organic matter)は土壌中の動植物残渣や微生物を除くすべての有機物を意味しており、腐植(humus)とも呼ばれる。鉱質土壌の表層には、0.5〜5%の腐植が含まれているが、黒ボク土では8〜40%、泥炭土では20〜100%が有機物である。土壌中の微生物や動物は有機物を分解して、エネルギー源や栄養源として利用するだけでなく、腐植の分解によって生じる窒素(N)、リン(P)、イオウ(S)などの多量要素やホウ素(B)、モリブデン(Mo)などの微量要素は植物の養分の給源となる。また、腐植は高い陽イオン交換能をもつため、植物に必要な養分元素を吸着保持して、徐々に植物に供給する。
 土壌有機物は、腐植物質(humic substances)と非腐植物質(non-humic substances)に分けて考えられている。しかし、両者の境界は不明瞭であり、便宜的に区分されている。
 非腐植物質は植物成分や微生物の生産物で生化学的に既知の化合物を意味している。多糖類、タンパク質、ペプチド、脂質、有機酸などであるが、土壌微生物によって容易に利用されるため、存在量は少ない。
 腐植物質は植物残渣や微生物遺体が土壌中で微生物による分解を受け、その分解産物から化学的、生物学的に合成される。暗褐色の高分子有機酸の混合物であり、その性質はきわめて多様性が高い。腐植物質は、多くの生体高分子と異なり、合目的性をもって合成された物質ではないことが大きな特徴であり、微生物の利用残渣といっても過言ではない。
 このように合目的性をもつことなく生成した天然高分子物質の例として、石炭を挙げることができる。石炭は植物遺体を起源とし、地下深くで埋没続成作用を受けて生成するため、官能基がほとんど含まれていない。しかし、腐植物質は同じ植物遺体を材料とするが、地表の酸化的な条件で生成するため多量の酸性官能基をもっている。

  4.1 腐植物質の生成過程

 陸上の自然生態系では、常に新たな植物遺体が土壌に添加されるが、その堆積形態はモル(mor)型、モーダー(moder)型、ムル(mull)型に大別される。モル型は、L、F、H層から成り、落葉・落枝が原形を残しているL層、落葉・落枝が腐朽して元の形をとどめていないF層、分解が進んで植物組織が認められないH層の順に、腐食を含んだ無機質のA層のうえに堆積しており、森林植生下で多く見られる。ムル型は、L層の下に厚いA層が発達しており、F、H層を欠き、主に草原植生下で見られる。モーダー型はモル型とムル型の中間型である。
 土壌表面に堆積した植物遺体に含まれる糖類、ヘミセルロース、セルロース、タンパク質などは、微生物によって分解され、大部分は水、二酸化炭素、アンモニアになる。分解過程で、植物成分のごく一部が低分子有機物となり、長時間をかけて腐植物質が合成される。生成した腐植物質は土壌A層の無機成分と結合して微生物による分解に対して抵抗性をもつようになる。このように新しい腐植が土壌に加わる過程は、腐植物質の更新過程と呼ぶことができる。
 しかし、無機成分と結合した腐植といえども、まったく微生物に分解されないわけではない。新しく生成した腐植物質は、すでに土壌中に存在する腐植物質に比べて、再び微生物に分解されやすい部分が多い。
 生成した腐植物質と土壌中に存在する腐植物質のうち分解されやすい部分(易分解性腐植)は、再び微生物分解を受け、より安定な構造の腐植物質が合成される。その結果、腐植物質の難分解性部分はさらに安定な部分として残存するようになる。これがいわゆる腐植化の進行過程である(図4.1:略)。
 このように、土壌中の腐植物質は常に更新と腐植化を繰り返しているため、その量と腐植化の程度は、地温、土壌水分、地上植生、粘土含量などに依存して、一定の動的平衡状態に保たれている。地上の植生が気候変動によって変化すれば、腐植物質の量と質は新たな平衡状態に移行することになる。
 たとえば、腐植は無機成分、特に粘土鉱物と結合して安定化しやすいため、粘土質土壌は、砂質土壌より早く腐植を集積し、腐植含量が高い状態で平衡に達する。また、山地では北斜面の土壌は南斜面の土壌に比べ水分が多く低温であるため、易分解性腐植の分解速度が遅く、腐植の集積量が高い。
 山地、丘陵地や草地を開墾して農耕地にした場合、農業生態系のなかで土壌に還元される植物遺体の量は、自然生態系に比べて著しく少なくなる。また、耕作によって作土が好気的になり微生物の活性が高まる。そのため、易分解性腐植の分解が多くなり腐植含量は減少する。そこで、農業生態系では、堆肥やマメ科植物などの有機物資材を投入して腐植含量の回復がはかられる。
 土壌中の腐植物質の生成過程では、植物遺体に含まれるリグニンが腐植物質の芳香族成分の主要な給源と考えられている。すなわち、微生物によってリグニン中のグアヤシル基が酸化分解し、メトキシル基が脱離し、芳香環が解裂するなどして、腐植物質が生成する経路が考えられている。また、リグニンやセルロースから誘導されたフェノール化合物がキノンとなり、重合して腐植物質の芳香環を形成する経路が重視されており、アミノ酸やペプチドが重合に関与することもあるとされている。さらに最近、植物表皮に含まれるスベリンの変成物が腐植物質の脂肪族成分として存在することが指摘されている(図4.2:略)。そして、酸化的な環境で生成した腐植物質には、多量の酸性官能基とくにカルボキシル基が導入されている。』

4.2 土壌有機物の分解とC/N比
4.3 腐植物質の分画
4.4 腐植物質のキャラクタリゼーション
4.5 無機成分との結合
4.6 腐植物質の機能



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