熊田恭一(1985)による〔『粘土の事典』(1985)から、311-313p〕


土壌有機物(どじょうゆうきぶつ) soil organic matter
 土壌表面と土壌中に存在する有機物の総称。土壌に加わる落葉落枝その他の有機物および土壌生物の遺体は、土壌表面と土壌中で生物的・非生物的に分解されるが、この分解過程は一挙に進行するのではなく、分解の中間物が滞留する。分解に関与する生物の増殖もある。さらに、暗褐色ないし黒色の有機物が新しく合成される。この種の有機物の生成過程を腐植化(作用)という。
 腐植という言葉が土壌有機物の同義語として用いられる。一方、腐植は、土壌有機物のうち、暗褐色ないし黒色を呈する部分の意味に限定して用いられることもある。最近では後者すなわち狭義の腐植を腐植物質(humic substances)とよび、土壌有機物と腐植を同義に用いるのが、一般的傾向である。ただし、これらの用語の使い方は人によってさまざまであり、一致した見解は得られていない。
表1 土壌有機物の区分
T 新鮮および分解不十分な動植物遺体
U 腐植

(a)
腐植物質:腐植酸、フルボ酸、ヒューミン

(b)
生物遺体の強度の分解物と微生物による再合成産物:蛋白質、炭水化物とその誘導体、ろう、樹脂、脂肪、タンニン質、リグニン質とその分解生成物

(Kononova、1964)


表2 腐植の区分

有機物
土壌生物

腐植
形態的・
生成的区分
腐植型: 自然界にみられる腐植の存在形態、形態的・生成的特徴による区分 陸成腐植
半陸成腐植
水成腐植
物質的区分 腐植構成分: 化学的・分析的または物質的特徴に基づく区分 非腐植物質 生物起原の有機物
腐植物質 土壌に固有の有機物
機能的構分 腐植種: 機能に基づく区分。化学的、物理的、または生理的方法で識別される 栄養腐植 おもに化学的・生理的に活性な物質、例: 作用物質(酵素、ビタミン、ホルモン)錯体またはキレート形成物質、還元性物質、有機窒素化合物、リン化合物、硫黄化合物
耐久腐植 難分解性高分子物質、水分保持、イオン交換、構造単位としての活性を示す

(Scheffer and Ulrich、1960)


 表1にKononova(1964)による土壌有機物の区分法を示した。この区分法では、土壌有機物と腐植は明確に区分されている。なお、表中のU(b)は非腐植物質(non-humic substances)と総称される。
 表2にScheffer and Ulrichによる区分法を示す。この場合、生きている生物を含めて有機物とされているが、通常はこれを除いたものを土壌有機物(腐植)とする。Kononovaの区分法は表2の物質的区分に相当する。
 表2の水成腐植と半陸成腐植はそれぞれ、常に水でおおわれている場所、一時的にしか水でおおわれることはないが、完全にあるいは部分的に飽水状態に置かれる場所に生成する腐植をいう。前者には腐植泥、がい泥、腐泥、低位泥炭などが、後者には中間泥炭、高位泥炭、黒泥などがある。
 陸成腐植は、ある層位に停滞水層をもつことがあるとしても、水でおおわれたり、飽水状態に置かれることにない陸地土壌の腐植である。地表面に堆積する有機物層は、原形を保有するL層(落葉落枝層)、黄褐色ないし褐色、繊維状で、植物組織がまだ識別できる程度に腐朽したF層、黒褐色で無定形のH層に大別される。これら3層を一括してAo層とよぶ。A層には、枯死した根およびF層やH層的な有機物も含まれるが、土壌の無機成分と結合し、粘土・腐植複合体の状態をとる有機物が特徴的である。B層の腐植も、その多くはA層から移行した腐植が粘土と結合した形で存在する。
 形態的にみた場合、陸成腐植は、モル型、ムル型、モーダー型に大別される。寒冷、強酸性、過乾など、生物活動が抑制された条件のもとでは、L層のほかにF層とH層をもち、A層はあまり発達しないモル型をとる。一方、温暖、弱酸性ないし弱アルカリ性、適潤などの条件をもつ土壌では、生物遺体の分解と腐植化が順調に進むため、F層やH層は形成されず、腐植が無機質粒子とよく混じり合ったA層が発達するムル型をとる。モーダー型はこれらの中間型である。
 わが国で最も広く分布する褐色森林土についてみると、その乾性型(BA型とBB型)ではモル型、適潤型(BD型)や弱湿性型(BE型)ではムル型であることが多い。
 土壌有機物の存在形態あるいは土壌断面内に分布する腐植の量と質は、気候、母材、植物、地形、時間などの土壌生成因子に規制され、きわめて多様である。有機物は土壌生成に深くかかわるとともに、生成された土壌の主要な特性に大きく寄与する。
 物質的にみた腐植は、非腐植物質と腐植物質に大別される。前者はおもなものは表1のU(b)にあげられている。いずれも生物に由来し、有機化学的に既知の物質である。腐植物質は先述のように、暗褐色ないし黒色の有機物であり、酸性、無定形高分子物質、微生物的分解に対し抵抗性を示すなどの属性をもつ。
 腐植物質は土壌条件のもとで新しく合成された土壌固有の有機物である。ただし、同種の物質が土壌以外の湖底、海底の現世堆積物、亜炭、褐炭などの地質的堆積物、陸水や海水などの自然水、生物処理した廃水などに見いだされ、これらも腐植物質とよばれる。また腐植物質は実験室で容易に作製することができる。これらの腐植物質の類似性あるいは相違点に関する比較研究はまだ十分には行われていない。非腐植物質と腐植物質との間に明確な境界を設定することも困難である。
 腐植物質の生成に関し、多くの説が提出されてきた。最近の見解によれば、その生成には多くの種類の物質と複雑多岐にわたる反応が関与するが、リグニンに由来し、また微生物が合成するポリフェノールがそれ自体あるいはアミノ化合物とともに、酵素的・非酵素的に酸化重縮合して生成された不均質重縮合物質が腐植物質の主体であるとされている。
 腐食物質は、アルカリ(NaOH)、弱酸のアルカリ塩(Na4P2O7、NaFなど)などで抽出され、抽出液を酸性にすることによって沈殿する腐植酸、溶存する酸可溶性のフルボ酸、および抽出残渣中に残存するヒューミンに区分される。ただし、3画分とも多少とも非腐植物質を含有し、その完全な除去は、概念的にも、分析的にも不可能である。
 化学的手段によって腐植を解析する腐植組成分析法には、いくつかの方法が提案されている。いずれも、土壌の全有機態炭素の定量に加えて、腐植酸態炭素(Ch)とフルボ酸態炭素(Cf)を定量し、さらに腐植酸については紫外・可視部吸収スペクトルの測定によってその質を評価することを骨子としている。ソ連の土壌について、Kononovaがとりまとめた結果の一部を表3に例示したが、この表から、腐植組成の土壌間差違をうかがうことができよう。なお、Ch/Cf比が腐植組成のひとつの指標として採用されている。
表3 ソ連土壌(A層)の腐植組成の数例
  腐植(%) 腐植酸
(Ch)*
フルボ酸
(Cf)*
Ch/Cf比
ポドゾル
灰色森林土
チェルノーゼム
栗色土
灰色砂漠土
赤色土
2.5〜3.0
4.0〜6.0
7.0〜8.0
1.5〜2.0
1.5〜2.0
4.0〜6.0
12〜15
25〜30
40
25〜29
15〜18
15〜20
25〜28
25〜27
16〜20
20〜25
20〜23
22〜28
0.6
1.0
2.0〜2.5
1.2〜1.5
0.5〜0.7
0.6〜0.8
* 全有機態炭素中の炭素パーセント(Kononova、1963; 菅野ら訳、1976)

 腐植は機能的な立場から、栄養腐植と耐久腐植に区分される。栄養腐植の機能は表2に例示されているが、土壌有機物が土壌微生物によって分解されるさいに、その含有する窒素、リン、硫黄などが養分として植物に吸収利用される点は最も重要である。また、炭水化物は土壌中に生息する空中窒素固定菌のエネルギー源となる。土壌に加えられた有機物のあるものは、多価陽イオンとキレートを形成するため、土壌リン酸、および鉄、マンガンなどの微量要素の植物への吸収を促進する。
 難分解性高分子物質である耐久腐植は、水分保持、イオン交換、pH変化に対する緩衝作用などの機能をもつ。土壌に加えられた易分解性有機物は栄養腐植として役立つほか、これを栄養源とする微生物が生産する多糖類は、耐久腐植と協力して、粗しょうで多孔質の団粒を形成する。団粒は土壌の通気性、透水性、保水性、耐食性を高め、植物根の伸長を容易ならしめる。〔熊田恭一〕



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