久馬(1997)による〔『最新土壌学』から、1-9p〕


1.土壌とは何か−地球上におけるその意義と役割
 1.1 土壌の惑星−地球

 地球は、これまでに知られている限りでは、太陽系の中で唯一生物の住む惑星である。その生物はもと水圏に起原したが、光合成を営む生物が出現し、酸素が遊離されて大気の組成分となるに及んで、成層圏にできたオゾン層は地表へ降り注ぐ強い紫外線をさえぎり、陸上での生物の生活を可能にした。最初に上陸したのはプシロフィトンと呼ばれる植物の先祖で、それはおよそ4億年前のシルリア紀のことであったとされる。
 生物が進出する前にも、陸地を形成していた岩石は原始大気の中に含まれていた強い酸性物質を溶かしこんだ雨に打たれ、風に吹かれて風化し、粘土や砂のような細粒の物質、レゴリス(regolith)とか砕屑物(clastic materials)といわれるものを地表に形成していたと思われる。しかし、ここには生命はなく有機物も含まれていなかった。
 陸地に生物が出現して初めて、レゴリスは土壌に転化する契機を得たのである。レゴリスから土壌への変化の過程を類推させるのは、火山噴出物の上に土壌が形づくられていく様子であろう。伊豆大島で過去いろいろな年代に噴き出した溶岩の上で、土壌が形成され植生が発達していく過程を噴出年次に従って追跡した手塚の研究(1961)がある。それによると、溶岩の上に、風化した砂質の砕屑物がたまって砂漠的な景観を作り出すまでにほぼ200年かかっているが、一度そこにイタドリやスゲのような植物がとりつくと、枯れた植物遺体が砂に入り、有機物がたまり始め、それを利用する動物や微生物が住み着き、少しずつ生物の住処としてより好適な培地につくり変えていく。その結果、次の段階では新しい培地によりよく適応した生物種が優占するようになり、いわゆる遷移の階梯が進むことになる。そして、1,000年以上もの時間の中で、植物の遷移に伴ってレゴリスはより深くまで土壌に変わり、その中に有機物や養分を蓄えることによって、大島の気候に適応した常緑広葉樹(ツバキ、シイ、タブなど)主体の森林を育てるまでになるのである。
 ここで述べたことから明らかなように、レゴリスが土壌に転化するためには、生物の働きが不可欠なのである。生物はいったい何をするのであろうか。まずは有機物を与えて、生物に必須であるにもかかわらず一般に岩石の風化物中には乏しい窒素(生物が大気中から固定する)と植物に吸収可能なリン(生物が体内に濃縮する)を培地中にふやす。また、有機物自体の存在と有機物を餌にして増殖する小動物や微生物の働きで、土に保水性と通気性をもたせるような物理的な構造(団粒構造)を創り出す。このような、生物の存在によって起こる物理的・化学的な変化の総体が土壌化にほかならない。また、こうして土壌化が進むと、生物の生活が活発になり、これがさらに岩石の風化を促進して、土壌はますます深くまで発達してゆくことになる。大島で見られたレゴリスから土壌への発達過程が図1.1(略)に、また土壌中の有機物や養分の蓄積過程が図1.2(略)にまとめられている。図には直接示されていないが、土壌の深さと有機物の量とから、土壌の保水力の増加も読み取ることができる。
 この節の冒頭に述べたように、生物が地球にしか生息しないというのであれば、生物の存在によって条件づけられる土壌も、地球に固有の資源であるということになる。地球が「水の惑星」であるといういい方を借りれば、地球は「土壌の惑星」でもある。

 1.2 土壌とは何か
 上に述べたように、土壌は生物によって育まれ、その結果として生物を支え養う能力をもつようになったものである。このように生物との関係で土壌を考える時には、温度、光、空気、水など、生物の生存のためのすべての条件が満たされていることが前提となっている。そして、この前提が成り立つのは、地球の表面だけであるというのが、前節で強調された点である。
 a. 土壌の定義
 しかし、このように考えてくると、レゴリスと土壌との境はあまりはっきりしなくなる。たとえば、地球の表面にある火山灰や沖積物のような細粒のレゴリスには、独立栄養を営む緑色植物なら容易にとりつくことができる。すると、これらは早晩土壌に転化することが予見できるのであるが、いったいこれを土壌のうちに含めてもよいのであろうか。
 土壌を定義することは、これまで多くの人によって試みられてきているが、今なお、いろいろな立場で土壌を扱う人のすべてを満足させるような定義はなされていないのが実情である。アメリカの土壌分類では、分類の対象となる土壌を、次のように定義している。
 「地球の表面にある自然物であり(所によっては人間によってレゴリス様の物質で修飾されたり、造られたりしているが)、生物を含んでいて、野外で現に植物を支えているか、あるいは支える能力をもつ」
この最後の部分には、先に述べた火山灰や沖積物も包含していると考えられ、かなり包括的な定義となっているといえよう。本書でも、土壌の定義として、さしあたりこの定義を採用しておこう。
 b. 土壌のでき方−土壌生成因子
 ここで、自然物(natural bodies)としての土壌というのは、基本的には、その場の地質的材料の上に、気候と生物の作用がある時間にわたって働いた結果としてできる。しかし、その気候や生物の作用は地形によって修飾されるし、また材料そのものによっても修飾されるから、より一般的には、土壌は材料・気候・生物・地形のある時間にわたる相互作用によって生成されるということができよう。このことを最初に正しく認識したのは、帝政ロシア時代にウクライナの黒土(チェルノーゼム)地帯の土壌調査をしたドクチャエフ(V.V.Dokuchaev)であり、1883年に彼が出版した『ロシアの黒土(Russian Chernozem)』は、ここに述べた現代の土壌観の最初の主張を含んでいた。土壌の生成にかかわる材料(土壌学では母なる材料という意味で母材という)・気候・生物・地形・時間の5つの要素を土壌生成因子という。これらの5因子に加えて、水とか人為とかを土壌生成因子として加えるべきだという議論もあるが、水は気候と地形によって代表されるし、人為はもちろん生物の因子でカバーできるから、先の5因子で足りているといえよう。
 c. 土壌の組織:固相・液相・気相と土壌の構造
 こうして生成した土壌は、その下にある固い岩石や、固結してはいないが生物を含まぬ、岩石の風化物あるいは細粒の堆積物としてのレゴリスとは異なる組織と性質を示す。
 一かたまりの土壌をスコップで掘り出したときに、その土壌の中には砂や粘土の粒子、有機物(生物を含む)のような固体だけでなく、強く握れば掌ににじみだしてくる水(液体)と、固体粒子の間隙を占めている空気(気体)とが存在する。土壌というと固相部分だけをイメージしがちであるが、この水と空気も土壌の必須の構成分なのである。土壌が水を含み、通気を可能にしているからこそ、生物を養うことができるのであって、固相・液相・気相をおよそ図1.3(a)(略)に示すような容積のバランスでもっていることが、土壌を土壌たらしめ、生物の住んでいないレゴリスとの明瞭な違いを生み出しているのである。
 この固相・液相・気相の土壌中での容積割合や空間的分布を決めているのが土壌の「構造」であり、表土の構造として特徴的な団粒構造(図1.3(b)参照(略))は、先に伊豆大島の溶岩上での土壌のでき方に関連して述べたように、これ自体が生物によって創り出されるものなのである。
 d. 土壌の形態:断面と層位
 ミクロな組織としての土壌構造とともに、土壌化が進むことによって創り出されるもう一つの特徴は、土壌が示す地表面から垂直な方向への不均質さ(異方性)である。かりに均質な岩石の風化物あるいは均質な厚いレゴリスの上に土壌ができた場合でも、最上層には地表の植生によって供給される有機物が入り、その分解・変質によって生成する腐植物質(土壌有機物の中の特徴的な成分)がたまって黒い色を呈するようになるし、地表に近い下層土では、植物の根や動物の働きによって、さらに深い下層土とは違った色・硬さ・構造を示すようになるであろう。このような地表面とほぼ平行に配列する土壌の各層のことを土壌層位(soil horizon)とよび、かりに地表に平行ではあっても単に異なるレゴリスが積み重なってつくる層(bedあるいはlayer)と区別する。
 自然物としての土壌の認識は、植物、動物など他の自然物の場合と同様、まず形態の記載から始まる。われわれは、土壌の形態を上に述べた層位の積み重なり(上下の配列)によって記載する。この形態の記載のために、地面に垂直な断面を掘り出すが、この土壌の断面のことをプロファイル(soil profile)という。
 寒冷湿潤な林地においては、地表に積もった落葉・落枝(リッター)の層が見られることが多い。これをO層(organicに由来する)、あるいはAo層、あるいは森林土壌の記載ではL層(リッター層)、F層(腐葉層)、H層(腐植層)と、有機物の分解程度の異なる亜層位に細分して呼ぶことが多い。O層の下端から無機質の土壌断面が始まるが、その最表層には常に有機物が無機物と分かち難く混合し、多少とも黒っぽい色を示す層位がある。これをA層と呼ぶ。A層は高等植物の根をはじめ、各種の土壌動物や微生物の活動が最も盛んな層位であると同時に、わが国のように湿潤な気候下では、常に雨によって、いろいろな物質の溶脱(leaching)や変質を受けている層位でもある。
 A層の下には有機物の含量が低く、褐色、黄褐色、赤褐色など、土壌材料がいろいろな程度に風化・変質し、あるいはA層から洗脱された物質が富化した層位が見られるのが普通であり、これをB層と呼ぶ。ただし、新鮮な火山灰や、新しい氾濫堆積物(沖積物)などのように、土壌の生成が始まってまだあまり時間がたっていない場合には、有機物のまじったA層は認められても、B層を認め得ない場合もある。
 B層の下に、場合によってはA層のすぐ下に、その場での土壌生成の影響をほとんど受けていない、いわば土壌の材料そのものがくるが、これをC層と呼ぶ。C層の下に、時にはC層の代わりに、未風化の岩石がくることがあるが、これはR層(rockの意)と呼ばれる。
 このような層位のつながりをもつ断面で、生物の影響下で土壌化したと考えられるのはO層、A層、およびB層までであるので、この範囲をくくって土壌体(solum、複数はsola)と呼び、より厳密な意味での土壌とすることがある。土壌断面と層位の配列を模式的に図1.4(略)に示す。A、B、C等の主層位はそれぞれのでき方を考慮してさらに細分するが、その詳細は第2章にゆずる。

 1.3 土壌の機能
 土壌が果たしている機能のうち最も重要なものは、すでに先に述べた土壌の定義の中に含まれており、野外で植物を育てる能力である。これを「生産者」としての機能と呼ぼう。土壌の生産者としての機能については、近世になって多くの人の実験的な研究が積み重ねられ、徐々にその実体が明らかにされてきた。その重要な要素である養分の供給源としての土壌については、1840年にドイツのリービッヒ(Justus von Liebig)が最終的に、土壌が多くの無機栄養素の給源であることを明らかにし、ほぼ同じ時期、ローズ(J.B.Lawes)とギルバート(J.H.Gilbert)によってイギリスのローザムステッド(Rothamsted)で始められた圃場実験が、無機栄養説を確証した。
 しかし、植物の生産に関わる土壌の働きには、養分の供給とか保持だけでなく、水分の保持とか通気性のような物理的な構造をも含め、土壌の性質の総体が関与している。実際、土壌の生産力は土壌生成の全過程を通じてつくり出されるものであり、たとえば地質的な材料の違いだけで説明することはできない。このように、ドクチャエフの唱えた生成的な土壌観は、土壌の生産者としての機能を理解する上でも、当時力をもっていた農業地質学派の考え方に重要な変革をもたらしたのである。
 土壌のもつもう一つの重要な機能は、昔から万物は「土より生まれて土に還る」といわれていたことの中に含まれている。それは「分解者」としての機能である。森林の落葉・落枝はいつか分解されて、その中に含まれていた植物養分は再循環される。動物や人間の作り出す排泄物も土壌に還すことによって「こやし」としての価値を得る。これらはいずれも土壌のもつ分解者としての機能に負っており、環境の保全と浄化に果たす土壌の役割はきわめて大きい。
 従来は、土壌の働きを、もっぱらその生産者としての機能によって評価し、物質のリサイクルに果たしてきた土壌の分解者としての機能はほとんど評価されてこなかったきらいがある。しかし、今日のように、物質循環の乱れが大気や水質の汚染・汚濁を引き起こし、地域環境のみならず地球環境にまで大きなインパクトを与えている状況の下では、土壌の生産者としての機能のみならず、分解者としての機能をも正しく評価し、積極的にその増進を図る必要がある。
 土壌のもつこれらの機能の内容や機作については、本書の以下の各章で詳しく論じられよう。

 1.4 陸上生態系/生物圏における土壌の位置づけ
 これまでは、土壌とは何かを、もっぱら土壌を中心に置いて考えてきたが、その中でさえ、土壌を定義するに当たって、それを植物や周囲の環境と切り離して考えることはできなかった。ここでは、土壌が自然の中で占めている本来の位置づけを意識しながら、地球上での土壌の役割を考えてみることにしよう。
 地球上には、ツンドラから熱帯降雨林まで、各種の陸上生態系が気候帯に沿って分布するし、またそのそれぞれには、自然生態系からいろいろな程度に人間の管理を受けた管理生態系(農耕地、放牧地など)まで多様な変異が存在する。これらの陸上生態系は、いずれも、大きくは立地の環境によって規定され、さらには多少とも人間の管理によって修飾された土壌を基盤として成立している。たとえば、ドクチャエフの調査したロシアの黒土は、乾燥気候下で、氷河期の風成堆積物であるレス(loess、わが国に飛来する黄砂の類)の上に成立した丈の低い草本からなる草原(ステップ、steppe)下に生成した土壌であって、有機物に富む黒くて深い表土と、そこに生息する多くの生物の活動によって特徴づけられる肥沃な土壌である。しかし同じレスの上にあっても、もう少し北方の森林帯では、雨による洗脱を受け、塩基類や粘土が下層へ流れた肥沃度の劣る土壌が生成する。
 このように、陸上生態系のそれぞれは、特徴的な土壌をもっており、この土壌によって系が規定されている側面と、系が土壌のでき方を規定している側面の両方が認められる。つまり、植生を中心とし土壌を環境要素の一つとして、それらの相互作用系を考える生態系の概念と、土壌を中心に置き、植生をも含めた環境要素の間の相互作用が土壌を生成すると考える現代の土壌観とは、同じものの表と裏を見ているような関係にあることがわかる。
 陸上生態系と土壌のこのような関係をもとにして、地球上での土壌の役割を考えてみると、次のようにいえるだろう。
 @ 生産者として陸上植物の生育を支え、それを起点とする食物連鎖によってすべての陸生生物を養っている。
 A 分解者として生物の遺体や排泄(廃棄)物などの有機物質を分解し、元素の生物地球化学的循環をつかさどっている。
 B 地球上の水循環の重要な経路となって水圏の生物の生育や物質の循環を調節する上で大きな役割を担っている。
 C 大気圏との間でガス交換をし、大気組成の恒常性の維持に寄与している。
 @とAについては、すでにその一部を述べたが、陸上生態系という観点に立って考えると、生産者としての土壌は、食物連鎖の末端に連なる肉食動物や人間にまで関わりをもってくる。また、生態系のもつ最も重要な機能の一つである元素の生物地球化学的な循環も、土壌の分解者としての機能に大きく依存していることがわかる。
 BとCになると、陸上生態系の範囲を超えて生物圏における土壌の役割という方がよい。大気圏・水圏・岩石圏の接点にあって生物の生息する圏域を生物圏と呼ぶことにすると、土壌はまさに生物圏の要(かなめ)に位置し、生物の生存を支えながら、生物圏のホメオスタシス(恒常性)の維持に重要な機能を果たしているといえるであろう。
 現在の地球環境問題の多くは、この陸上生態系/生物圏における土壌の機能にかげりが見えていることと結び付いている。それは、適切な管理の下では本来永続的に機能するはずの土壌が、人間の誤った管理の結果、有限の資源になろうとしていることを意味している。土壌学の正しい知識は、この事態の克服に貢献するはずである。』


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