『1.1 地球惑星科学・考古学などにおける“年代”とは?
地球は今から何年間に誕生したのだろうか? 人類は地球の進化の歴史の中で、いつ頃からその遺跡を残すようになったのだろうか? 私たちが現在地球や惑星表面に見るあらゆる地形は、かつて地球や惑星で起こった現象の記憶である。それがいつどれくらいかかって起こったのかという時間に対する疑問は、地球や惑星について知りたいという私たちの問いかけの中でも最も強いものの1つである。古い人類の遺跡や遺物などが発見されたときには、まずそれらが現在からどれほど前の時代につくられたものであるかということが最大の関心事であろう。これらはいずれもかつて自然界および人間界を通じての時間の流れの中で起こった現象への、私たちの強い好奇心の現れである。“時間”はあらゆる現象の変化を記録するための重要な要素であるが、その時間軸を定める直接的な方法が年代測定である。
地球惑星科学や考古学において個々の現象が起こった“時”としての年代値は、最も基本的なデータの1つである。それらの年代値をもとにして、地球や惑星、さらには人類の進化などを探ることが可能となるからである。この際の年代測定値の用い方としては、それぞれの現象が起こった“時”を記録し、それらの現象が起こった前後関係を識別することを主要な目的とする場合と、時間間隔としての時間の見積りを主要な目的とする場合がある。異なった場所で噴出した火山岩などの噴出年代を求め、それらの前後関係を比較する場合が前者にあたる。後者の場合、因果関係のある現象の間でそれらがどのような割合で変化していったかを知るためにそれぞれの年代を求める。この場合には、個々の年代値よりもその年代値としての差、すなわち継続期間を推定することが重要となる。これは、地球や惑星などにおいて生じたさまざまな現象を、物理や化学における速度論的な現象と結びつけて考えるために必要な定量的なデータを与える。
ここまで、地球惑星科学や考古学などにおいて用いられる各種の現象に対しての時間軸を与える要素を年代と呼んできた。それらの年代の値を得るためにさまざまな方法が開発されてきている。しかしそれぞれの方法は異なった原理に基づいており、年代として意味を与える値を得るためにはそれぞれ異なった条件を満足している必要がある。またそれらの年代値も意味が異なっている。これらのことを十分に考慮せずに得られた年代数値をそのまま用いることによって、無用の混乱を引き起こす例が少なくない。年代測定法によって得られた年代数値は、そのままでは岩石や鉱物の化学分析値と同じ単なる分析値の意味しかない。それが対象としている現象の年代に対応していることを確認して、初めて年代値としての意味をもつ。そのためには、それぞれの年代測定法の原理と仮定を理解した上で、年代測定に用いた試料がその条件を十分に満足していることを確かめることが大切である。最近の分析技術の発展はめざましく、年代測定に関して生じる問題の多くは用いた試料がその年代測定法の求める条件を満足していないことが原因である。
それでは地球科学や惑星科学、人類学や考古学などにおける年代とはどのようなものを指すのであろうか。その対象としてはさまざまな現象が含まれる。たとえば、路傍にころがっている岩石がつくられた年代といってもその内容は実に複雑である。年代を正確に定義するためにはある現象が生じた年代を指定することが必要であるが、単に岩石がつくられた年代というのでは意味をなさない。岩石はさまざまな鉱物の集合体である。岩石がつくられた年代というのは、現在岩石中に含まれるすべての鉱物が形成された“時”を指すのだろうか。しかし各鉱物がマグマから晶出する温度・圧力は異なる。すなわち時間も異なっている。また二次的な温度・圧力が加わって変成鉱物が生じている岩石もある。その変成鉱物が生成された年代は、マグマから直接生成された年代とは当然異なる。それならば、鉱物の集合体としての岩石の年代とはどういう意味をもつのだろうか。たとえばマグマから生成された鉱物が、それぞれ独立した鉱物として元素の交換などをしなくなった“時”を生成年代として、それらの年代の平均値を岩石の生成年代とするのが1つの定義である。火山岩などの場合には各鉱物の生成した時間差が求めようとする岩石の地質年代や測定値の不確定さに比べて無視できるので、実際上問題はない。しかし地中でゆっくり冷却した花崗岩岩体などの場合には、鉱物の種類によってその晶出年代に大きな差が生じ、岩石全体の形成年代には大きな不確定さが伴う。その不確定さは対象となっている現象のもつ本質的なものなので、いかなる年代測定法を用いてもその精度をあげることはできない。同様に堆積岩が生成した年代を求めることが非常に難しいのも、堆積物が岩石に変化する現象が長時間をかけて生じているからである。
一方、地球や惑星が生成した年代というのは、岩石などが生成するのとは全く異なった現象に対応する。しかしこれらについても、対象としている物質全体を1つの系と考えて、それらを生み出す環境から独立した存在となった時点をもってその年代と考えるのが普通である。しかしその内容と年代を求める方法の違いによっても意味が異なってくるのは当然であろう。また考古学などで対象とする年代についても、遺物がつくられた時点の年代であるのか、それが発掘された地層が堆積した年代かで差があり、年代測定法としても異なった方法を用いる必要がある。
要は、対象とする現象のどのような年代を知ろうとするのか、それにはどのような試料を用いてどのような方法を用いるのが最適であるのか、得られた年代数値がどのような条件を満足したときに対象とする現象の年代に相当すると見なせるのかを判断できること、これらを十分に把握していることが年代測定によって得られた年代数値を意味のある年代値として活用するための必要条件である。
1.2 年代測定の歴史
岩石などの年代が科学的に信頼性のある数値として得られるようになったのは、ベックレル(Becquerel、1896)によりウランの放射能が発見されたことがその契機となった。それ以前にも年代測定に関するさまざまな試みがされていた。たとえば海水中に1年間あたり溶け込むナトリウム量と海水全体のナトリウム総量の比較から、海水の平均的な年代が求められたのもその例である。また生成時には完全に溶けていた地球が熱伝導によって現在のような状態にまで冷却固化したと仮定すると、それに要する年数を球の冷却という物理学的モデルから計算できる。その結果として、地球自体の年代の古さはたかだか1億年以下であると物理学者であるケルヴィン卿(Lord
Kelvin)は主張した。しかしこの値は、当時地質学者たちが地層の堆積速度などと厚さの関係から推定していた数億年以上という推定値などよりも短く、物理学者と地質学者の間で見解が分かれていた。この疑問は放射性元素の発見によって解決された。ケルヴィン卿の計算値は、地球内部で放射壊変の際に熱を発生するウランなどの存在を無視したために生じたことが明らかになったからである。その意味でも放射性元素の発見は、地球科学にとってきわめて大きな意義を有する。
放射性元素発見の約10年後には、ウランとそれが壊変する際につくられるヘリウムを定量することによって、岩石などの年代測定が可能であることがラザフォード(Rutherford、1906)により指摘された。さらにウランの壊変によってつくられる鉛を用いた年代測定が、ボルトウッド(Boltwood、1907)によって試みられた。1911年には、ホームズ(Holmes)はウランと鉛を定量して得られた年代を用いて地質年代表を作成した。これらの方法において、当初は放射壊変を行う親核種とそれから生じる娘核種の元素の量比を測定することにより年代値が求められた。その後同位体の存在が明らかにされ、さらに1930年代に入って同位体比を精密に測定するための質量分析計の開発が進んだことによって、放射壊変を利用した年代測定法は同位体比の測定により行われるようになった。1938年には、現在標準的な年代測定法の1つとなっているRb-Sr法がハーンおよびウォーリング(Hahn
and Walling)によって試みられた。また1937年には、フォン・ワイゼッカー(von Weizsacker)が大気中の40Ar(注:一般に質量数〔40〕は元素記号〔Ar〕の左肩の位置に書かれる)は鉱物中の40Kからの壊変で生じた40Arによるものが大部分を占め、K-Ar系を利用すれば鉱物などの年代測定が可能であることを示唆した。この原理に基づいたK-Ar年代測定が実際に試みられるようになったのは、それから約10年後のことである(Aldrich
and Nier、1948)。さらにこの方法を発展させたAr-Ar法は、1962年にアイスランドのシギャールガイルソン(Sigurgeirsson)によって初めて試みられた。しかしその論文はアイスランド語で書かれていたため、ほとんど知られないままになっていた。その後メリヒューおよびターナー(Merrihue
and Turner、1966)がこの方法を隕石へ応用して、その有用性が広く知られるようになった。
放射壊変によって生成された放射性起源同位体を測定して年代測定に応用する方法は、1950年代に入ってから急速に進歩した。その理由としては、高精度の質量分析計の発達と、濃縮同位体をトレーサーとして利用した同位体希釈法の開発により、微量の同位体の定量が精度よく行われるようになったことがあげられる。K-Ar法、Rb-Sr法などのほか、U-Pb法、Th-Pb法などが実用化された。さらにPb-Pb法などによって隕石の精密な年代測定が可能となり、地球を含めた惑星の生成が現在から45〜46億年前であることもこの頃には推定されるようになった。
一方、大気中に宇宙線によって14Nからつくられた14Cが存在することは、1946年にリビー(Libby)によって明らかにされた。その量は、宇宙線によって生成される割合と14Cの壊変によって失われる割合が釣り合ったところで決まっている。生物が死んで大気などから14Cの供給を受けなくなってからは、14Cの量は壊変によって失われるだけになる。リビーは1949年には14Cの半減期を精密測定により決定し、この原理を利用して放射性炭素(14C)法を確立した。この方法は過去数万年前までの年代値を得るための強力な手段となり、考古学などの分野に著しい進歩をもたらした。リビーはこの業績により、1960年にノーベル化学賞を授与されている。
1950年代から1960年代にかけては、これらの年代測定法は完全に実用化されて地球科学や惑星科学、また考古学などの分野において欠かすことのできない手段になるとともに、さらに新しい年代測定方法が開発された。熱ルミネッセンス(TL)法、フィッション・トラック(FT)法、電子スピン共鳴(ESR)法などのように、試料がウランなどによる放射線によって生じる損傷などの割合が年代の関数であることを利用した各種の年代測定法は、この頃に測定法の基礎が開発された。またウランやトリウム壊変系列における非平衡状態を利用した方法は、その基本的な概念については1950年以前からすでに考察されてきているが、実際に堆積物などの年代測定に利用されるようになったのもこの頃からだる。さらにその方法の中の一種であるイオニウム法は、1960年代の後半には火山岩にも試みられるようになった(Kigoshi、1967)。
1969年にアポロ11号の月面着陸により月の岩が地球に持ち帰られ、その岩の年代測定をするために各種の年代測定の分析精度は著しく向上した。特にカリフォルニア工科大学のワッサーバーグ(Wasserburg)とパパナスタシュー(Papanastassiou)は表面電離型質量分析計を独自に改良して、それまでのストロンチウム同位体比の測定精度を有効数字4桁から6桁にまであげることに成功した。その結果、彼らの報告した月の岩のRb-Sr年代の測定精度は他の研究者のそれをはるかに上回り、しかもその結果は当時最も高精度の年代値を与えた米国地質調査所の立本光信によるPb-Pb年代ともよい一致を見た。またAr-Ar年代もこれらの方法と同様の値を与えたことが、その方法の有効性をアピールするのに大きな効果があった。ワッサーバーグらの開発した質量分析計はその数年後には他の研究室でも使用されるようになり、固体元素の同位体比測定に関連した測定精度は大幅に向上した。その結果、1970年代半ば頃からは、原理的にはそれ以前から知られていたSm-Nd法、Lu-Hf法、Re-Os法などの各種の年代測定法が実用化されていった。
一方、宇宙線により隕石や地球物質中に生成された各種の宇宙線生成核種を利用することにより、隕石の宇宙線照射年代や地上落下年代、あるいは海底堆積物の堆積年代や地表の侵食速度などさまざまな年代に関連した現象を推定することができる。放射性炭素法もその典型的な応用の一例である。最近では加速器を用いた質量分析法などの急速な発展により極微量の宇宙線照射生成核種の測定が可能となってきたので、その応用範囲はきわめて広い。現在では適当な試料さえ入手できれば、隕石や地球が生成した46億年程度の年代から最近数十年程度の年代範囲までの年代測定が可能となってきているが、対象とする試料の種類によって用いる方法や原理は異なる。
これらの方法とあいまって、一方では全地球規模で生じるような現象の変化の年代変化を追跡して、その結果を利用して年代を求める各種の方法も1950年代頃から試みられるようになった。これらは年代数値を得るという意味では間接的な方法であるが、対象とする試料などの種類によってはむしろ測定しやすいという利点がある。さらに数値年代を得る分析技術の急速な進歩により、それぞれの対象に対する年代較正曲線の精度も向上し、最近ではかなり広く用いられるようになっている。古地磁気層序や海水中の87Sr/86Srなどの変化を利用した年代測定がこれにあたる。
19C | 熱源がないと仮定した地球の熱伝導モデルによる地球の年齢の推定 | Lord Kelvin |
1896 | 放射能の発見 | H. Becquerel |
1906 | U-Heの定量による年代測定 | E. Rutherford |
1907 | 放射性起源鉛を用いた年代測定 | B. B. Boltwood |
1911 | U、Pbの定量による岩石の年代測定、地質年代表の作成 | A. Holmes |
1937 | 40Kから40Arへの壊変とK-Ar法による年代測定の可能性の示唆 | C. F. von Wiizsaecker |
1938 | Rb-Sr法の試み | O. Hahn and S. Walling |
1940 | Nier型質量分析計の開発 | A. O. Nier |
1946 | 14Cの存在の確認、14C法による年代測定の基礎の確立 | W. F. Libby |
1948 | K-Ar法による鉱物の年代測定 | L. A. Aldrich and A. O. Nier |
1953 | 熱ルミネッセンスを用いた年代測定の提案 | F. Daniel, et al. |
1954 |
ラセミ化法による年代測定 Re-Os法による年代測定の試み |
P. H. Abelson H. Hintenberger, et al. |
1955 |
ウラン系列を用いた年代測定の開発、234U-238U法 〃 、230Th-234U法 |
V. V. Cherdyntsev H. A. Potraz et al. |
1956 |
Pb-Pb法による隕石などの年代測定から、地球の年齢がほぼ4.6Gaであることを提唱 コンコーディア図の提唱 |
C. Patterson G. Wetherill |
1960 |
隕石中の過剰129Xeの存在による消滅核種129Iの存在の確認 水和法による黒曜石の年代測定 |
J. H. Reynolds I. Friedman and R. L. Smith |
1961 | アイソクロン法の採用 | L. O. Nicolaysen; H. L. Allsopp |
1962 |
Ar-Ar法による年代測定の試み フィッション・トラックに対するエッチング法の開発、年代測定への応用 |
T. Sigurgeirsson R. L. Fleischer, P. B. Price and R. M. Walker |
1963 1967 |
電子スピン共鳴(ESR)法による年代測定の提唱 火山岩に対するIo法による年代測定 アミノ酸法による年代測定 |
E. J. Zeller, et al. 木越邦彦 P. E. Hare and R. M. Mitterer |
1969 |
高精度表面電離型質量分析計の開発 アポロ11号による月の岩の地球への持ち帰り、その年代測定を通じての測定精度の向上 |
G. J. Wasserburg and D. A. Papanastassiou |
1973 |
Sm-Nd法の試み レーザー・イオンプローブを用いたAr-Ar法による年代測定 |
野津憲治ほか G. H. Megrue |
1974 | Sm-Nd法による年代測定 | G. W. Lugmair |
1976 | 加速器質量分析法(AMS)を用いた14C年代測定法の開発 | K. H. Purser |
1980 | Lu-Hf法による年代測定 | P. J. Patchett and M. Tatsumoto |
1982 | La-Ce法による年代測定 | 田中 剛・増田彰正 |
1983 | イオン・マイクロプローブによる年代測定 | W.Compston, et al. |
1986 | La-Ba法による年代測定 | 中井俊一ほか |
1990 | 国際地質年代委員会により、FT法におけるゼータ値の採用の勧告 |
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数値年代 (絶対年代) |
1.放射年代 同位体(比)年代 宇宙線生成核種の壊変を反映した時代 放射壊変系列の平衡からのずれを反映した年代 放射線損傷年代 宇宙線照射年代 消滅核種による壊変生成核種量を反映した年代 2.化学反応現象を反映した年代 3.天文現象を反映した年代 4.年輪・年縞年代 |
相対年代 |
1.地質年代 2.化石年代 3.微化石年代 4.古地磁気年代 5.火山灰年代 6.同位体比層序年代 |