中村(1994)による〔『生命進化40億年の風景』(29-33p、44-45p)から〕



1 地球の創成
 生命の誕生

 生物の進化は、当然のことながら生命の起原、すなわち始原生物の誕生にはじまる。化石記録をたどっていくと、それは今から40億年の昔にさかのぼる。この“40億年”という数値に関しては、少し説明が必要だろう。先カンブリア時代の始生代(表2.1)、35億年前の地層のなかにラン藻の化石群(ストロマトライトという)が発見されている。そのラン藻化石には糸状ラン藻が含まれていた。すなわち、多数個の細胞が一列にならび、群体(多細胞体ではなく、単細胞が集合している状態)をなしていたのである。ところが現存するラン藻類のなかでは、その形態や細胞のDNA含量などからみて、糸状ラン藻は単細胞ラン藻よりもかなり進化した生物である。たとえば細胞あたりのDNA含量は、糸状ラン藻では単細胞ラン藻の2〜4倍高い。

表2.1 地質年代と生物の進化の歴史

時代区分

原核生物界

真核生物界

100万年前

動物界

植物界

新生代


65
第四紀
第三紀
哺乳類の分化発展 被子植物の発展

中生代


136
白亜紀 アンモナイト・ベレムナイト
鳥類の分化
恐竜衰退
被子植物


190
ジュラ紀 恐竜全盛
始祖鳥出現
アンモナイト・ベレムナイト
ソテツ全盛

225
三畳紀 爬虫類全盛
原始哺乳類の出現
裸子植物の発展

古生代

280
ペルム紀 フズリナの全盛
両生類・爬虫類の発展
古型植物群の衰退


345
石炭紀 サメ類の発展
有孔虫、サンゴ、腕足類の発展
爬虫類の分化
シダ、トクサ類の大森林
裸子植物の出現


395
デボン紀 甲冑魚の全盛
両生類の分化
昆虫類の分化
鱗木の発展

435
シルリア紀 床板サンゴ全盛
甲冑魚の全盛
海生から陸生へ

500
オルドビス紀 三葉虫の全盛
最初の魚類
石灰藻


570
カンブリア紀 古型腕足類の出現
三葉虫の出現と全盛
有殻動物の分化
海生藻類

先カンブリア時代


2500
原生代 腔腸動物
環形動物
節足動物
黄金色藻類
緑藻
紅藻


4000

4600

始生代

地球の誕生

ラン藻
細菌
   
* 地質年代は物理的な時間の均等割りではなく、“動物”界の産出する化石の“種と個体”の数から生物界の変動、すなわち繁栄と絶滅にあわせて区分してある。紀はさらに、“世”、“期”へと細分されていく。ハーランド(1982年)によると、期の数は125になるという。
 一方、大西洋のグリーンランドの南西に位置するイスア地方では、38億年前の岩石が地表に現れている。それは今日までに知られている最古の地層である。1979年、この地層から細菌とおぼしき微小な化石(微化石という)がプラグらによって発見、報告された。これが真の生物化石か、それとも岩石結晶のいたずらかについては議論のあるところだが、もしこれが真の細菌化石であるならば、生命の起原は38億年をさらにさかのぼるはずである。生命をもっているかどうかわからないような不完全な始原の細胞から細菌様の細胞形態をとるにいたるまでには、少なくとも1〜2億年の進化が必要であると考えられる。このように考えていくと、生命の起原は、35億年前の糸状ラン藻の化石を基礎にすれば38億年前、また38億年前の細菌様細胞の化石を基礎にすれば40億年前頃と推定することができる。それは地球の創成後6〜8億年後の出来事である。
 ではその頃の地球は、どんな状況にあったのだろうか。太陽系において地球と同じ過程で形成された他の惑星に関する諸研究から、当時の地球像が鮮明に描きだせれつつある。それによると、太陽系のなかで地球は唯一“液体としての水”が豊富に存在する星である。これは地球が“水の惑星”とも呼ばれるゆえんである。現生の生物界を見てもわかるように、生物はそのしくみ上、温和な環境下でないと生命を維持することはできない。たとえば、煮沸すれば殺菌できることからもわかるように、一般の細胞は100℃の温度下では早晩生命を失う。したがって40億年前、地球が創成したときのように、雨のごとく隕石が落下し、いたる所で火山がマグマを噴出しているような、いわば赤熱のなかにあったならば、もちろん生命は誕生できなかったはずである。生命が生まれた当時の地球はすでに創成活動を終え、生命が誕生、発展できるような穏やかな条件を備えていたのだろう。
 しかし海水の塩分濃度は、現在(平均3.5%)のほぼ1/10程度だったと思われる。海水中の高濃度のナトリウムイオン(Na+)は細胞に対して強い毒性をもっている。もし40億年前の海水の塩分濃度が今日ほどに高かったならば、生命は生まれなかっただろう(このことについては13章で触れる)。

 生命発生の条件
 太陽系のなかで生命が存在し、繁栄している惑星は地球だけである。地球に近い金星にも火星にも、また月にも生命はない。それは、地球だけが生命の発生と繁栄を許すほどに温和な条件を備えているからである。
 金星は地球より太陽に近い位置にあるため、より多くの熱を受けている。さらに金星の大気の主成分は二酸化炭素(96%)なので、太陽光の地表反射による輻射熱を異常に包み込む、いわゆる“温室効果の暴走”の結果、地表は年平均470℃という高温である。表面水のすべては水蒸気と化し、大部分は大気外に飛散してしまっている。一方、火星は地球より太陽から遠い位置にあるため、年平均20℃ぐらいの低温である。火星大気もまた二酸化炭素を主成分としている(95%)が、気圧は地球大気の約1/2000と低く、重力も約1/3と小さいため、地表の水分はすべて蒸発し乾燥しきっている。マリナーやバイキング計画において無人探査船を送り、土中生物を探索したが、結局生物の存在は確認できなかった。今もなお、有人探査船を送り込む計画がある。
 月は地球の衛星であるにもかかわらず軌道上の太陽直下点で150℃、反対側の夜の部分では零下100℃と大差があり、また大気も地表水もない。1969年、アポロ計画により人間を月面に送り、土などの試料が精査されたが、生命の存在は確認されなかった。
 生命が発生するためには、基本的に次の三つの条件がそろわなければならないとされている。

 こうしてみると地球がいかにこれらの条件に恵まれているかがわかるだろう。太陽から適当な距離をおき、大気や水を地表に引きつけておくだけの十分な重力、すなわち大きさをもち、また大量の表面水(海洋)が急激な温度変化を和らげ、そして大気中の二酸化炭素をよく吸収するなど、地球は奇跡といえるほどに巧妙な条件がつくりだされた星なのである。』

4 始原細胞の生命発現
 生命の起原とは何か? 始原細胞がどのような機能を備えたとき、それは生命をもっているといえるのだろうか? 始原細胞の発生をたどってきたこの章を終わるにあたっては、生命とは何かが定義されなければならない。
 生命は、ある物質系においてかもしだされる属性である。比喩的にいえば、生命は“劇”のような表現の一つの様式である。舞台(細胞質基質)があり、監督(DNA)と俳優(タンパク質など)が、生命と呼びうる劇を演じているのである。ここに2羽のヒヨコがいるとしよう。そして、その一方をミキサーにかけたと仮定しよう。そこで、処理したものと未処理のものとをただちに化学分析して成分を調べたならば、両者の間にはまったく差はないだろう。しかし一方は生きているし、他方は死んでいる。つまりミキサーにかけたほうは、俳優はそろっているけれども生命劇が演じられていない状態にあるといえるだろう。
 生命の起原とは、舞台と監督と俳優がそろい、生命劇が演じられはじめたときの状態をいう。では、生命劇のテーマともいえる“生命の特徴”を考えてみることにしよう。

 生命、これほど不思議な存在はない。どうしてこのようなものが太陽系の一惑星上に発生したのか。かつては他の天体から飛来したとする学説がだされたが、それは「解明を一つ先送りするもの」と批判された。現在、生命系は地球上で形成された、という解釈で研究者の意見は一致している。』



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