小倉(1984)による〔『一般気象学』(18-22p)から〕


2 大気の鉛直構造

2.1 対流圏と成層圏

 大気の温度・湿度・圧力など大気の状態を表わす物理量の値は水平方向にも変化しているが、鉛直方向にもっと激しく変化する。真夏の暑さにあえぐとき、数千kmも旅をして北極圏にいかなくても、わずか10kmも上に昇れば、そこは気温が零下数十度という世界である。大気科学では記述の便宜上、大気を鉛直方向にいくつかの層に区分する。この区分の仕方も大気のどの物理量に着目するかでちがうが、ふつう使われているのは図2.1(略)に示したように、温度の高度分布に基づいた区分である。
 一番下の層は対流圏(troposphere)とよばれ、平均して約11kmの厚さをもつ*。“トロポ”というのは、回るとか混ざるという意味のギリシア語である。対流圏内では名前のとおり、いろいろの運動によって圏内の空気が上下によくかき混ぜられているのが特徴である。雲がたち雨が降るなど目に見える気象現象をはじめとして、温帯低気圧・前線・台風など、日々の天気の変化をもたらす大気の運動はほとんどすべて対流圏内で起こっている。この圏内では温度は1kmについて約6.5℃の割合で高度とともに減少する(表2.1)。この現象は平均して高度約11kmまで続くが、そこからは高度とともに温度はほとんど変わらなくなる。ここが成層圏(stratosphere)の下部である。
*対流圏界面の高さは赤道付近では約16km、高緯度帯では約8kmである。中緯度帯でもその高さは一定ではなく、温帯低気圧に伴って低く、高気圧に伴って高くなり、その差は数kmに達する。
表2.1 諸物理量の各高度における値(米国標準大気モデル、1976)
高度

(km)
気温
T
(K)
気圧
p
(mb)
密度
ρ(kg/m3
重力
加速度

g(m/s2
数密度
n
(1/m3
平均
分子量

m
オゾン数
密度

ni(1/m3
0
5
10
15
20
25
30
35
40
45
50
60
70
80

90
100
110
120
150
200
300
400
600
1,000
288.15
255.68
223.25
216.65
216.65

221.55
226.51
236.51
250.35
264.16
270.65
247.02
219.59
198.64
186.87
195.09
240.00
360.00
634.39
854.56
976.01
995.83
999.85
1,000.0
1.013(3)*
5.405(2)
2.650(2)
1.211(2)
5.529(1)
2.549(1)
1.197(1)
5.746(0)
2.871(0)
1.491(0)
7.978(-1)
2.196(-1)
5.221(-2)
1.052(-2)
1.836(-3)
3.201(-4)
7.104(-5)
2.538(-5)
4.542(-6)
8.474(-7)
8.770(-8)
1.452(-8)
8.21(-10)
7.51(-11)
1.225(-0)
7.364(-1)
4.135(-1)
1.948(-1)
8.891(-2)
4.008(-2)
1.841(-2)
8.463(-3)
3.996(-3)
1.966(-3)
1.027(-3)
3.097(-4)
8.283(-5)
1.846(-5)
3.416(-6)
5.60(-7)
9.71(-8)
2.22(-8)
2.08(-9)
2.54(-10)
1.92(-11)
2.80(-12)
1.14(-13)
3.56(-15)
9.807
9.791
9.776
9.761
9.745
9.730
9.715
9.700
9.684
9.669
9.654
9.624
9.594
9.564
9.535
9.505
9.476
9.447
9.360
9.218
8.943
8.680
8.188
7.322
2.547(25)
1.531(25)
8.598(24)
4.049(24)
1.849(24)
8.334(23)
3.828(23)
1.760(23)
8.308(22)
4.088(22)
2.135(22)
6.439(21)
1.722(21)
3.838(20)
7.116(19)
1.189(19)
2.144(18)
5.107(17)
5.186(16)
7.182(15)
6.509(14)
1.056(14)
5.950(12)
5.442(11)
28.964
28.964
28.964
28.964
28.964
28.964
28.964
28.964
28.964
28.964
28.964
28.964
28.964
28.964

28.91
28.40
27.27
26.20
24.10
21.30
17.73
15.98
11.51
3.94
7.50(17)
5.68(17)
1.12(18)
2.63(18)
4.75(18)
4.27(18)

2.51(18)
1.39(18)
6.04(17)
2.20(17)
6.60(16)
7.30(15)
5.36(14)








* A(b)はA×10^bを表わす。
 対流圏の上に現在成層圏とよぶ層があることが発見されたのは、それほど昔のことではない。無人の気球に温度計をつけて飛揚させ、その気球が高空で破裂して落下した記録を回収し、温度の高度分布を直接測定するという方法で、成層圏の存在が確認されたのは1902年のことである。それまでは、対流圏と同じく、温度はそのまま大気の果てまで下降していくと信じられていた。それだけに、対流圏の上に温度がほぼ一様な層があるという発見は大きな驚きであり、等温層と名づけられた。しかしその後スイスの物理学者ピカール(A.Piccard)が1931年自分でつくった気球に乗って16kmの高度に達したり、第二次大戦後はロケットなどによる観測がなされた。その結果等温層の上では温度は高さとともに逆に上昇し、約50kmで270Kくらいの極値に達するということがわかって、等温層という言葉は捨てられ、代りに高度約11kmから50kmまで、温度が高度とともに上昇している層を成層圏とよぶようになった。
 成層圏と命名した理由はこうである。3.9節で述べるように、温度が高度とともに増加している大気層は安定であって、その層の中では上下の混合が起こりにくい。一般に種類のちがう液体をよく混ぜてから放置しておくと、重い液体は下に沈み、上のほうに軽い液体が浮かぶ。海底油田から噴出した石油が海面に広がるのがその例である。気体でも同じことで、上下に混合させなければ重力の作用で重い(すなわち分子量の大きい)気体と軽い気体の分離が起こる。対流圏とはちがい、成層圏内では上下の混合がないであろうから、この気体の分離が起こり、空気は層を成して静かに存在しているものと考えられたわけである。しかしその後の研究により、これはとんでもない思いちがいであることがわかってきた。第9章で述べるように、いろいろの形態の運動が絶えず起こっているのである。その結果として、大気の化学組成は高度約80kmまでほぼ一様なのである。
 対流圏と成層圏の境界面を対流圏界面(tropopause)という。本来“ポーズ”は止まるとか限界を表わす。その意味でトロポポーズを止対流面と訳していた時代もあったが、現在では対流圏界面に統一されている。
 図2.1に示したように高度約50kmで温度は極大になる。これは2.2節で述べるように、オゾンが太陽からの紫外線を吸収するからである。この高度から温度は再び高度とともに低下しはじめ、高度約80〜90kmで極小となる。この層を中間圏(mesosphere)といい、成層圏と中間圏の境界面を成層圏界面(stratopause)という。中間圏の上端が中間圏界面(mesopause)で、その上に熱圏(thermosphere)がある。
 すでに述べたように高度約80kmまでは乾燥空気の化学成分の割合は高度によらない。しかしそれより高度が増すにつれ重力による分離がはじまり、空気の成分は軽い(すなわち分子量の小さい)気体の分子や原子の割合が増大していく。100kmくらいまでは窒素が主成分であったが、170kmくらいからは酸素原子が空気の主な成分になり、さらに1,000kmくらいではヘリウムが多くなる。そのさらに上では一番軽い水素が大部分になる。
 このように空気の組成がちがうことを表わすのに便利な量が空気の平均分子量である。空気はいろいろの気体の混合物であるから、空気の分子というものはない。一般に空気のような混合気体の分子量というときには、その混合気体を構成する各気体の分子量に、その気体が全混合気体の何%の割合を占めているかの重みをつけて平均する。大気の下層では表1.4(略)に示したように窒素が78%、酸素が21%、アルゴンが1%を占めているから、
   空気の平均分子量=28×0.78+32×0.21+40×0.01=28.96
となる*。空気にはその他の気体が含まれているが、その量は少ないので、平均分子量を計算するときには無視してもよい。こうして下層大気の平均分子量は約29であり、窒素の28に非常に近い。これは窒素が78%も占めているから当然である。
*3.1節ではこれと少しちがった平均のとり方をした平均分子量を定義している。
 表2.1にはいろいろの高さにおける空気の平均分子量が示してある。100kmくらいの高度から次第に軽い分子が占める割合が多くなり、空気の平均分子量が減少していく様子がよくわかる。
 またこの表にはいろいろの高さにおける空気の圧力や密度も示してある。下のほうの空気ほど、その上にある空気に圧縮されるので密度は大きい。またある高度の圧力は、それより上にある空気の重量に比例すると考えてよいから、上にいくほど圧力は減少する。このような圧力や密度の高度分布については、3.2節で詳しく述べる。』



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