萩原(1982)による〔『測地学入門』(2-10p)から〕


1.2 エラトステネスの地球円周測定
 地球が球形であるとの考え方は古代ギリシアからあった。海岸に立って沖へ遠ざかる船をみていると、次第に船の姿が水平線下に没してみえる事実、南から北へ旅すると、北極星の高度が次第に高くなるという事実などから、地球は丸いという考え方が生まれたものと思われる。アリストテレス(Aristoteles、384-322B.C.)は地球が丸い根拠の1つに月食を加えた。月食のときに、月面に地球の影が映る。その影が丸いことから、地球を球形と推論したのである。
 地球が球であることを知って、はじめて地球の大きさを求めたのはギリシアのエラトステネス(Eratosthenes、276-192B.C.)である。アレキサンドリアからナイル河を南にさかのぼること5,000スタジア(約920km)のところにシエネの町(現在のアスワン)があり、夏至の日の正午に、シエネの深井戸の底を太陽の光が照らすことが知られていた。つまりシエネは北回帰線上にある。同じ夏至の日の正午に、エラトステネスはアレキサンドリアにある日時計の中央に垂直に立てられた棒の長さと、棒の影の長さとの比をとり、太陽は天頂から南に7.2゚のところへくることを知った。都合のよいことに、アレキサンドリアとシエネはほぼ同一経度上にあったのである。
 地球の大きさに比較して太陽までの距離は非常に遠いので、太陽光線は平行光線と考えてよい。図1.1(略)において、地球の中心をO、アレキサンドリアをA、シエネをB、日時計の棒をCA、その影をADとする。太陽をSあるいはS'とすると、夏至の正午にはS'BOは一直線上に並ぶ。また平行光線のため、DS‖OS'であるから、平行線の錯角の定理で∠AOB=∠ACD=7.2゚となる。したがって、地球の円周の長さは
     5,000×360÷7.2=250,000スタジア(46,000km)
と計算できる。
 エラトステネスの計算した地球の円周の長さは現在の最も正確な値に比べて、わずかに15%大きいだけである。当時の技術水準からみると、この推定は驚くほど正確だったといえる。今日、この業績をたたえて、彼を“測地学の父”とよぶ。
 中世になって、これと類似した方法で、いくつかの地球円周測定が行なわれた。しかし正確さは少し高まったものの、測定方法において本質的に大きな進歩はなかったようである。

1.3 地球楕円体
1.3.1 ケプラーの法則と万有引力の法則

 中世の長い歴史はコペルニクス(N. Copernicus、1473-1543)の地動説によって眠りから醒めた。恒星は互いの位置関係を変えることなく、北極星(Polaris)を中心に1日1回転するようにみえる。この現象を日周運動(diurnal motion)というが、日周運動は天が回転すると考えても、地球が自転(rotation)すると考えても説明できる。しかし惑星の運動となると、天動説での説明は困難である。コペルニクスは地球は1つの惑星であって、太陽のまわりを円軌道を描いて公転(revolution)すると考えたのであった。
 ケプラー(J. Kepler、1571-1630)チコ・ブラエ(Tycho Brahe、1546-1601)の火星の観測データを整理しているうちに、火星は円軌道をはずれて公転していることに気づいた。これが惑星の楕円軌道を発見する端緒となったのである。惑星運動に関するケプラーの法則(Kepler's law)は次のようである。
 (1) 惑星は太陽を焦点の1つとする楕円軌道上を公転する。
 (2) 太陽から惑星までの動径は、等しい時間に等しい面積を描く。
 (3) 太陽からの距離(軌道の半長径)の3乗と、公転周期の2乗との比は一定である。
 図1.2(略)によってケプラーの法則を説明しよう。図のSとS'とを楕円の焦点とすると、Sは太陽であり、楕円は惑星の軌道である。いま軌道上の1点Aにある惑星が一定時間ののち点Bまで動いたとする。この間に動径は扇形SAB(図の斜線の部分)の面積を描く。同じ惑星が軌道上の他の1点A'から同じ時間ののち点B'まで動くとき、扇形SA'B'の面積は扇形SABの面積に等しい。これが面積速度一定の法則、つまりケプラーの第2法則である。惑星が太陽に最も近い点Pを近日点(perihelion)、反対側の最も遠い点P'を遠日点(aphelion)というが、面積速度が一定ならば、Pの付近で惑星は速く動き、P'の付近では遅く動くことになる。
 ところで、面積速度が一定ということは、太陽に向かう中心力(centripetal force)が惑星に働いていることを意味する。この中心力こそが太陽が惑星に及ぼす引力(gravitational attraction)にほかならない。もし引力がなかったら、惑星はその進行方向を変えることなく飛び去ってしまうであろう。遠心力(centrifugal force)と太陽の引力とが釣り合っているので、惑星は安定して太陽のまわりを公転するのである。
 ニュートン(I. Newton、1642-1727)は地球がリンゴを引っぱる力と太陽が惑星を引っぱる力とは同質のものであると考えた。そして“2個の物体間に働く引力は質量の積に比例し、距離の2乗に反比例する”ことをつきとめたのである。この万有引力の法則(universal gravitation law)はケプラーの第3法則から導き出せる。
 半径rの軌道上を回転する単位質量の物体に働く遠心力は、その回転の角速度をωとすればω2・rである。公転周期をTとすれば、ω=2π/Tと書けるので、遠心力は4π2・r/T2となる。この遠心力と釣り合う太陽の引力がr2に反比例してGM/r2(Gは定数、Mは太陽の質量)であるならば
     4π2・r/T2=GM/r2
が成り立つ。これを
     r3/T2=GM/4π2(=一定)
と書きかえれば、これはケプラーの第3法則にほかならない。もし引力が距離の2乗以外に反比例すれば、ケプラーの第3法則と矛盾することになる。定数Gをニュートンの万有引力定数(gravitational constant)といい
     G=6.6720×10-11(m3・kg-1・s-2)
の値をとることがわかっている。

1.3.2 引力と重力
 ここで話を地球上に戻そう。地球上にあって地球とともに自転している物体には、2つの力が働く。第1の力はその物体と地球との間の引力であり、第2の力は自転によって生じる遠心力である。重力(gravity)とは引力と遠心力の合力である。
 いま簡単化のために、地球を半径R、質量MEの球であると仮定する。地球上の1点Pに単位質量の物体があるとき、この物体に作用する引力はGME/R2である。これは質量MEに比例し、距離Rの2乗に反比例するという万有引力の法則にほかならない。引力の方向はPから地球の中心Oに向かう。
 次に、Pから地球の自転軸におろした垂線の足をQとする(図1.3参照:略)。点Pにある物体の回転半径はPQ(注:下線は原著では上。以下同様)である。線分OPが赤道面となす角、すなわち点Pの緯度(latitude)をφとすると、PQ=Rcosφとなる。自転の角速度がωであれば、点Pにある単位質量の物体に働く遠心力はω2・Rcosφである。遠心力はPからQと反対方向に働く。
 重力は引力と遠心力の合力である。図1.3をみてもわかるように、一般に重力は地球の中心Oに向かわない。とくに赤道上(φ=0)の重力γE
     γE=GME/R2−ω2・R
となる。また極(φ=±90゚)における重力γPは
     γP=GME/R2
となる。極では遠心力は0である。すたがって地球の形を球と仮定したとき、極における重力は赤道上の重力より大きく、その差は
     γP−γE=ω2・R≒34(mm s-2
程度である。
 ここで重力の単位について述べておこう。重力を単位質量に作用する力と定義するときには、単位をN kg-1とする。地球上の平均重力値は約9.8 N kg-1である。また加速度として定義するときには、9.8 m s-2とする。重力に関する実験の歴史的先駆者であるガリレイ(G. Galilei、1564-1642)の名をとって、980 cm s-2を980 galと呼び、10-3 galをmgal、10-6 galをμgalとするが、c.g.s.単位系は次第に姿を消しつつある。現在はまだgal単位が使用されることが多いため
     1 gal=10 mm s-2
     1 mgal=10 μm s-2
     1 μgal=10 nm s-2
の関係を知っておくと便利である。

1.3.3 ニュートンの地球楕円体説
 1672年、パリ天文台のリシェー(J. Richer、1630-1696)は赤道に近い南米仏領ギアナのカイエンヌで火星の視差を観測した。このとき彼はパリで正確に調整した振子時計を携行したのだが、カイエンヌでこの時計は1日に2分28秒遅れることに気づいた。そこで彼は振子の長さを約3mm短くして時計を調整した。ところがパリへ戻ると、この時計は1日に2分28秒進んだ。
 リシェーの報告を聞いた科学者のなかには、振子の温度調節を疑った者もいた。だがたとえパリとカイエンヌで30℃の気温差があったとしても、振子が3mmも伸びることは考えにくい。この原因はパリとカイエンヌの重力差にあると結論したのはニュートンである。
 ニュートンは地球の形を赤道面のもり上がった扁平な回転楕円体(ellipsoid of revolution)であると考えた。このとき、回転軸が楕円体面を切る点を極(pole)といい、回転軸を極軸(polar axis)ともいう。楕円体の中心を通り極軸に垂直な面と楕円体面との交線が赤道(equator)であって、赤道を含む面が赤道面(equatorial plane)である(図1.4参照:略)。また楕円体の中心から赤道までの距離を赤道半径(equatorial radius)、極までの距離を極半径(polar radius)といい、通常それぞれaとbで表わす。a>bであって
     f=(a−b)/a     (1.1)
扁平率(flattening)と呼ぶ。
 ニュートンは次のようにして地球の扁平率を推定した。まず地球を極軸のまわりに自転する密度一様な回転楕円体と仮定した。この地球の赤道上の1点と極の1つから、それぞれ地球の中心に達する井戸を掘り、その中に非圧縮性の液体を満たすものとする。地球全体が静水圧的釣合いにあると仮定すれば、楕円体の質量による引力と自転による遠心力によって、2本の井戸の液体は地球の中心において静水圧的釣合いを保つはずである。このような仮定のもとに、ニュートンは地球の扁平率をf=1/231と計算した(計算法については坪井忠二:重力、第2版、岩波全書、1979参照)。
 これと同じ頃、オランダのホイヘンス(C. Huygens、1629-1695)も地球の扁平率について研究していた。ニュートンの考え方とは異なり、地球の全質量がその中心に集まっていると仮定して、彼はf=1/578を得た。現在、人工衛星の軌道観測から知られている正確な扁平率はf=1/298.257であり、ニュートンとホイヘンスの値の中間にある。このことは実際の地球内部の密度分布が、この2つの仮定の中間にあることを示している。

1.3.4 子午線弧長測量
 本題に入る前に、子午線(meridian)について簡単に説明したい。図1.4(略)において、楕円体の極軸を通る面のうち、楕円体面上の1点Pを通る面をPの子午面(meridian plane)といい、子午面と楕円体面との交線が子午線にあたる。とくに英国ロンドン郊外のグリニジ天文台を通る子午線をグリニジ子午線(Greenwich meridian)という。子午線の名は十二支で子(ね)(北)と午(うま)(南)の方角に由来する。
 極軸に垂直な面と楕円体面との交線を平行圏(parallel)と呼ぶ。赤道も平行圏の1つである。緯度は赤道を0゚とし、北半球を正、南半球を負の角と約束する。緯度の定義については1.4において述べる。経度(longitude)はグリニジ子午面とその地点を通る子午面とのなす角で、東経(east lomgitude)を通常正の角で、西経(west longitude)を通常負の角で表わす。
 楕円体の中心を原点にとった直角デカルト座標(rectangular Cartesian coordinates)を用いるとき、原点から赤道とグリニジ子午線との交点に向かってx軸を、赤道上で経度+90゚の方向にy軸を、北極に向かう極軸をz軸にとる習慣がある。
 さて、ニュートンが地球の形として扁平な回転楕円体を提唱した当時、地球をたて長の卵形であると主張する人たちもいた。17世紀末から18世紀初頭にかけて実施されたパリ付近の子午線1゚の弧長測量の結果をもとに、カシニ父子(D. Cassini、1625-1712;J. Cassini、1677-1756)は地球をたて長の楕円体と考えたのである。このようにして、科学史上で有名な地球の形状に関する国際的論争がまき起こった。
 子午線弧長によって地球楕円体が扁平かたて長かを決定する原理は次のようである。もし地球が扁平な楕円体であれば、図1.5(略)に示すように、緯度差1゚にあたる子午線弧長は赤道付近で短く、高緯度地方で長いはずである。赤道付近で緯度差1゚の2点をMとM'とし、高緯度地方で同じく2点をNとN'とすると、MとM'から楕円体面に立てた2本の垂線が交わってつくる扇形よりも、NとN'がつくる扇形の方が大きい。したがってNN'MM'(注:原著では下線は上の位置で、下側に開いて湾曲している。以下同様)となる。もし逆に地球がたて長の楕円体ならば、NN'MM'でなければならない。
 フランス学士院では、地球が扁平な楕円体か否かを実測によって確かめようという動きが起こった。1735年にはブーゲー(P. Bouguer、1698-1758)を隊長とする測量隊を赤道に近い南米ペルー(現在のエクアドル)に、その翌年にはスカンジナビア半島の北部ラプランドにモーペルチュエ(P. Maupertuis、1698-1759)を隊長とする他の一隊を派遣して、子午線の弧1゚にあたる長さを求めさせた。これらの測量の結果を表1.1にまとめる。こうして緯度が高いほど子午線弧長が長く、地球が扁平楕円体であることが明らかとなった。
表1.1 緯度差1゚あたりの子午線弧長
場所 緯度 緯度差1゚あたりの子午線弧長
ラプランド
フランス
ペルー

66゚20'N
45゚N
1゚31'N

111,992.6m
111,162.0
110,657.0



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