今井ほか(2001)による〔『国内外の地球化学図と日本全国をカバーする地球化学図プロジェクト』(9-11p)から〕


1.まえがき
 地球化学図とは地殻表層における元素の濃度分布図のことである。このような地球化学図は最近問題となっている土壌汚染などにおいて、例えば有害物質であるヒ素や水銀、カドミウムなどがわれわれの周辺にどれくらいの濃度で分布しているか、またそれがわれわれにどのような影響を与えているかに答えるものである。しかしながら、自然界には鉱床などのように、自然的な要因でもともと特定元素の濃度の高い地域があり、環境汚染を正しく評価するためにはこれらの自然起源の元素による自然のバックグラウンド値を正しく把握する必要がある。
 現在、地質調査所では全国カバープロジェクトとして、これまで全く手つかずであった日本全国における地球化学図を作成する計画が進行中である。この中で有害元素(As、Be、Cd、Hg、Mo、Sb等)をはじめとする約50元素の地球化学図を作成するための技術開発を行い、地球化学図による各種元素の地球化学的挙動の解明と有害元素による人為汚染の評価をめざしている。試料は広域代表性にすぐれた河川堆積物を用い、効率的な試料の採取・選定法と分析法を開発し、元素の広域分布特性と地質的、地理的、地球化学的要因を総合的に解析して自然バックグラウンドと人為汚染の評価を行う予定である。

2.国内外の地球化学図
 地球化学図を作成することは、地表での重金属の局所的な異常濃集帯を発見して、その周辺に存在する鉱床を探査する目的で古くから行われていた。これらはいずれも一定の狭い地域で行なわれたが、これをより広い地域で、すなわち北アイルランド(Webb et al., 1973)やイギリス全土(Webb et al., 1978)のような広域的な地球化学図を作成して大きなインパクトを与えたのがイギリスのImperial CollegeのWebbらのグループであった。彼らはイギリス全土(約151,000km^2)から約50,000個の試料を採取して全国をカバーする地球化学図を作成し、地球化学アトラスと名付けた。第1図(略)および口絵(略)に英国におけるBaの分布を示した。英国中西部でBaの濃度が高いことがわかる。その後これに刺激されてアラスカ(口絵:Uの分布、Weaver et al., 1983:略)、西ドイツ(口絵:Crの分布、Fauth et al., 1985:略)、フィンランド(口絵:Asの分布、Koljonen, 1992:略)、ポーランド(口絵:Znの分布、Lis et al., 1995:略)などで全国規模の地球化学図が完成した。西ドイツではCrが、アラスカではUが中央部それぞれ濃度が高い。また、フィンランドでは南部のAsの濃度が北部と比べて1桁以上高いという顕著な違いが見られる。これらはいずれも主に背景の地質を反映したものであるとされている。ポーランドでは口絵に示したように、土壌、地表水、河川堆積物の3種類の異なる試料を同時に採取して地球化学図を作成した。3種類の試料によるZnの分布はいずれもよく類似しており、この地域では元素分布に対して同じ因子が支配していることがわかる。このほかオーストラリアなどでも一部地域で地球化学図が作成されている。この延長線上に世界規模の地球化学図作成という壮大な計画が国際地質科学連合(IUGS)のもとで1988年にたてられた。これは世界70カ国以上の関係各機関に呼びかけて全世界をカバーしようという計画であり、現在も各地域ごとに実現に向けて検討が行われている。特にヨーロッパ各国は熱心で、欧州地質調査所フォーラム(FOREGS)を中心として統一的な手法で欧州全体をカバーする計画が実際に進行中である。
 第1表に世界各国の主な地球化学図について出版年、面積(km^2)、試料数、採取密度、試料の種類、スケールを示した。イギリス、西ドイツなど多くの地域で1試料/3〜10km^2の密度で数万個の試料を採取し、200〜600万分の1程度のスケールで地球化学図が作成されていることがわかる。第2表に世界各国の地球化学図の測定元素と分析法を示した。元素数は河川堆積物については21〜45元素で、地表水に対しては10〜24元素(成分)である。分析法は発光分光法、原子吸光法、ICP発光分析法、ICP質量分析法などである。年代が早い時期に作成された地球化学図では、当時一般的に用いられていた多元素同時分析の可能な発光分光法により分析が行われたが、最近では多数の元素を比較的簡単・正確に測定できるICP発光分析法が中心となってきていることがわかる。
表1 世界各国の地球化学図
国等 出版年 面積(km^2) 試料数 採取密度 スケール
イギリス 1972 151,000 河川堆積物50,000 1試料/3km^2 200万分の1
北アイルランド 1978 15,000 河川堆積物4,800 1試料/3km^2 200万分の1
西ドイツ 1983 249,000 河川堆積物70,000
地表水80,000
1試料/3km^2 200万分の1
アラスカ 1983 932,000
  
河川堆積物38,000
湖沼堆積物24,000
中高地1試料/10km^2
低平坦地1試料/23km^2
600万分の1
フィンランド 1992 338,145 氷河堆積物1,057
地下水6,000
1試料/300km^2
1試料/56km^2
400万分の1
ポーランド 1995 323,250 河川堆積物12,778
土壌10,840
地表水12,955
1試料/4km^2
1試料/30km^2
1試料/25km^2
250万分の1
北関東 1991 4,000 河川堆積物3,850 1試料/1km^2 20万分の1
日本全国 作成中 377,801 河川堆積物3,000 1試料/120km^2 200万分の1

表2 世界各国の地球化学図の測定元素と分析法
国等 元素数 測定元素 分析法
イギリス 21 Al,As,Ba,Ca,Cd,Co,Cr,Cu,Fe,Ga,K,Li,Mn,Mo,Ni,Pb,Sc,Sn,Sr,V,Zn OES
西ドイツ 河川堆積物29 Ag,As,B,Ba,Be,Bi,Cd,Co,Cr,Ce,Cu,Ga,La,Li,Mn,Mo,Nb,Ni,Pb,Sb,Sc,
Sn,Sr,W,Y,V,Zn,Zr
OES、
AAS
地表水10 pH,伝導度,Cd,Co,Cu,F,Ni,Pb,U,Zn  
アラスカ 42 Ag,Al,As,Au,Be,Bi,Ba,Va,Ce,Co,Cr,Cs,Cu,Dy,Eu,Fe,Hf,K,La,Li,Lu,
Mg,Mn,Na,Ni,Pb,Sb,Se,Sc,Sn,Sr,Ta,Tb,Th,Ti,U,V,W,Yb,Zn,Zr
NAA、XRF、
OES
フィンランド 氷河堆積物45 Ag,Al,As,Au,B,Ba,Br,Ca,Cd,Co,Cr,Cs,Cu,F,Fe,K,La,Li,Lu,Mg,Mn,Mo,
Na,Ni,P,Pb,Pd,Rb,S,SO4,Sb,Sc,Si,Sm,Sn,Sr,Ta,Th,Ti,U,V,W,Y,Yb,Zn,Zr
ICP-AES、
NAA
地下水24 pH,EC,Eh,溶存酸素,CO2,COD,HCO3,SO4,Cl,F,SiO2,NO3,Ca,Mg,Na,
K,Fe,Mn,Zn,Cu,Ni,Pb,Cd,U
AAS、
伝導度計等
ポーランド 河川堆積物20 Ag,As,Ba,Be,Ca,Cd,Co,Cr,Cu,Fe,Mg,Ni,P,Pb,S,Sr,Ti,V,Y,Zn ICP-AES、AAS
地表水23 Al,As,B,Ba,Ca,Cd,Co,Cr,Cu,Fe,K,Li,Mg,Mn,Na,Ni,P,Pb,SiO2,SO4,Ti,V,Zn ICP-AES、Color
北関東 26 Ba,Ca,Ce,Co,Cr,Cs,Cu,Eu,Fe,Hf,La,Lu,Mg,Mn,Na,Ni,P,Pb,Sc,Sm,Sr,Th,
Ti,U,V,Zn
ICP-AES、
NAA
日本全国 53 Al,As,Ba,Be,Bi,Ca,Cd,Ce,Co,Cr,Cs,Cu,Dy,Er,Eu,Fe,Ga,Gd,Hf,Hg,Ho,K,
La,Li,Lu,Mg,Mn,Mo,Na,Nb,Nd,Ni,P,Pb,Pr,Rb,Sb,Sc,Sm,Sn,Sr,Ta,Tb,Th,
Ti,Tl,Tm,U,V,Y,Yb,Zn,Zr
ICP-MS、
ICP-AES、
AAS
AAS:原子吸光分析、ICP-AES:ICP発光分析、ICP-MS:ICP質量分析、NAA:放射化分析、OES:発光分光分析、Color:分光光度法

 国内では地質調査所が1991年に水戸市からいわき市にいたる北関東地域約4,000km^2の地域で地球化学図を作成した(伊藤ほか、1991、本誌上岡の稿参照)。試料は河川堆積物を北関東地域から約3,850試料採取し、コバルト、クロム、銅、ニッケル、リン、鉛、ウラン、亜鉛などの26元素の地球化学図を作成した。この他に北関東以外の地域として、地質調査所が行っている仙台市及び山形市周辺地域(今井ほか、1997、2000)、秋田大学が行った秋田県(椎川ほか、1984)、金属鉱業事業団(山本、1999)、及び北海道立地下資源調査所が行った北海道の中・北部地域(菅ほか、1996)、名古屋大学が行っている愛知県(山本、1998、本誌田中の稿参照)、及び海域で地質調査所が行った能登半島から秋田沖にかけての表層堆積物について求めた海域の地球化学図(今井ほか、1997、本誌寺島の稿参照)がある。これらはいずれも一部の限られた地域で、しかも各地域で対象とする試料の種類や採取法及び粒度などが異なり統一的な評価は不可能な状況にある。基盤となる地質が同一であっても元素の分布は異なる場合もあり、より正確な情報を入手するためには同一手法による全国規模の地球化学図を早急に作成することが強く望まれており、本研究により日本全国をカバーする地球化学図が作成され、全国規模での元素の分布と環境影響評価が可能となることが期待されている。』

3.全国カバープロジェクト
3.1 試料の種類
3.2 試料採取位置
3.3 試料採取・試料処理法
3.4 試料の分析
4.中国地方の地球化学図
5.まとめ
文献


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