茅根(1990)による〔『地球規模のCO2循環におけるサンゴ礁の役割』(11-13p)から〕


1. はじめに
2. サンゴ礁・サンゴとは
 2.1 サンゴ礁の分布、地形と形成過程
 2.2 サンゴ礁地形の分帯構成

 2.3 サンゴとは
 サンゴというと宝石になる赤やピンクの石を思い浮かべる人が多いが、これは成長が遅く深い海に住む動物で、浅い海でサンゴ礁を作る造礁サンゴとは別のグループに属している。サンゴ礁を作る造礁生物には、サンゴばかりではなく、石灰藻・有孔虫・貝類など多様なものが含まれる(第1表:略)。石灰藻は前述のようにサンゴ礁の海側に高まりを作ることがあるし、有孔虫の殻はサンゴ礁陸側の礁池や礁湖に有孔虫砂として堆積している。しかし、サンゴ礁の枠組みを作り、またそその豊富な有機物の生産を支えているのは明らかに造礁サンゴである。
 造礁サンゴは刺胞動物に属し、イソギンチャクと近縁であるが、何百・何千と集まって群体となり石灰質の骨格を作る点と体内に藻類を共生させている点でイソギンチャクと異なっている。第7図(略)はサンゴ群体の構造を示したものであるが、上部が生きているサンゴ体(ポリプ)で、下部がサンゴが作った骨格である。ポリプは上部に口のある巾着状の袋で、口の周りを刺胞をもった触手が取り囲んでいる。袋の中は胃腔と呼ばれ、ここで消化・吸収・排泄を行ない、生殖巣もここに生じる。胃腔内は、消化壁の表面積を大きくとるために6枚(あるいはその倍数)のひだ(隔膜)に分かれている。各ポリプの直径は1mmから数cmであるが、多くの場合、ポリプは数十から数千集まって群体を作る。ポリプは、体の一部が分裂して新しい個体をふやし群体を作っていく(無性生殖)。また、サンゴは卵と精子を放出して有性生殖も行なう。受精した卵はプラヌラ幼生になって2週間から数ヵ月間浮遊した後、新たな場所に定着して群体を作る。
 サンゴの生育は、水温・水深・塩分濃度などによって規定される。サンゴ生育の最適水温は25-29℃で、18-36℃の範囲でも多数のサンゴが活発に生育する。造礁サンゴが防波構造を作り地形としてのサンゴ礁を現在作っている北限は、日本では種子島と屋久島で、最寒月の表面海水温が18℃の位置にあたる。造礁サンゴ分布の北限は千葉県の館山湾で、本州南岸にも、地形としてのサンゴ礁は作らないが、岩盤上に造礁サンゴが散在しているのが見られる。最適塩分濃度は34-36‰で、多種の造礁サンゴが生育する範囲は27-40‰である。ほとんどの海域で塩分濃度はこの範囲に入るが、河口など淡水の流入するところでは塩分濃度が低下して、サンゴ礁の分布が途切れている(第2図:略)。
 サンゴの生育には後に述べる共生藻の光合成が大きく関与しているから、造礁サンゴの分布は光の照度条件を通じて水深にも規定されている。サンゴの生育は水深5m以浅でもっとも活発で、普通水深20mまでは多種類のサンゴが分布している。また、サンゴの群体型は、水深・波の強さ・濁度などに応じて変化している。

 2.4 サンゴと共生藻
 サンゴは、触手を使って動物プランクトンを捕らえ餌として取り入れている他に、体内に入っている共生藻の光合成産物も利用している。この共生藻は、渦鞭毛藻科に属する単細胞の藻類で、褐色をしていることから褐虫藻(zooxanthella)とも呼ばれる(写真1:略)。褐虫藻は直径10μmと微細だが、サンゴ体内に膨大な数のものが住んでいて、この褐虫藻が活発に光合成を行なって二酸化炭素を有機物に変えている。サンゴ礁の海に潜ってみると、サンゴを始めとして様々な魚や甲殻類などの有機物の消費者ばかりが目について(表紙写真・口絵4:略)、有機物の生産者である植物は見あたらないのだが、実は植物は、動物であるサンゴ体内に住んでいて、サンゴ礁の多様で膨大な生物群集を支えているのである。
 共生藻はサンゴが呼吸によって放出した二酸化炭素を利用して光合成を行ない、酸素と有機物を作る。酸素は再びサンゴの呼吸に利用され、有機物もそのほとんどがサンゴに利用される。また、サンゴの代謝過程において作られる無機的なちっ素・リンなどの老廃物は、共生藻の光合成には必要なもので、こうした老廃物がすみやかに取り去られることによってサンゴの代謝も速まる。第8図(略)は、一日の間に骨格重量15gのハナヤサイサンゴの共生藻によって作られた有機物の収支をエネルギーで示したものである(Davies、1984)。共生藻が光合成によって生産した有機物のうち、藻自身が呼吸や成長に使うのはわずか1割で、9割はグリセリンなどの単純な栄養物となってサンゴ体内にもれ出している。サンゴはこのうちの約半分を呼吸や成長に使い、残りは主に粘液の形でサンゴの外に分泌され、サンゴ礁の生物を養っている。
 さらに共生藻の光合成によってサンゴ体内がアルカリ側に傾き、炭酸カルシウムが沈殿し易くなる。これについては後でまた述べるが、共生藻による光合成はサンゴの骨格形成の駆動力にもなっている。』

 2.5 サンゴ礁生物群集 

3. CO2循環におけるサンゴ礁の役割についての異なる考え方
 サンゴ礁は、CaCO3の堆積とサンゴの共生藻による一次生産とを通して、海洋の沿岸表層部において、CO2循環に大きく関わっていると考えられる。しかしながら、大気−海洋のCO2循環におけるサンゴ礁の役割については、以下の大きく異なる3つの考え方がある。
@ サンゴ礁におけるCaCO3の生成に伴って海水のpHが下がり、CO2は大気に放出される。
A サンゴ礁による炭素の固定量は、CO2循環の中では無視できる程度である。
B サンゴ礁の形成によって海水の全炭酸濃度が下がり、CO2は大気から吸収される。その量はCO2循環において無視できない。

 @の考え方は、以下の(1)−(5)式によって示される、海洋における炭酸系の無機化学的平衡に基づいている。
CO2(gas) CO2(aq) (1)
CO2(aq) + H2O H2CO3 〔Ko (2)
H2CO3 HCO3- + H+ 〔K1 (3)
HCO3- CO32- + H+ 〔K2 (4)
Ca2+ + CO32- CaCO3 〔Ksp (5)

 この反応系において(5)が右に進む(CaCO3が生成する)と(4)も右に進みH+が増える(pHが下がる)。海水中にはH+の10万倍のHCO3-が存在するので、これを打ち消すように(3)が左に進み、これによって(2)、(1)も左に進み、CO2は大気へ放出される(角皆、1989)。
 一方、これとはまったく逆の考え方であるBは、サンゴ礁における炭酸カルシウムの生成が生物学的な過程であるということに着目する。表層海水は炭酸カルシウムについて過飽和であるにもかかわらず、海洋におけるすべてのCaCO3の生成は、無機化学的にではなく生物学的な過程として行われている。海洋生物によるCaCO3の生成(石灰化)は、主に光合成に伴って行われている。サンゴの場合も、その軟体部(ポリプ)に共生するばく大な量の褐虫藻の光合成に伴い、CaCO3が生成される。すなわち、以下の(6)〜(9)式において、
光合成 CO2 + H2O CH2O + O2 (6)
  HCO3- CO2 + OH- (7)
  HCO3- + OH- CO32- + H2O (8)
石灰化 Ca2+ + CO32- CaCO3 (9)

(6)において、光合成によってCO2が用いられる結果、(7)が右に進みpHが上がる。その結果、(8)、(9)も右に進み、CaCO3が生成する。CaCO3の生成は、その数倍から10倍以上の速度で進む光合成に伴って起こるから、CaCO3の生成によってpHが下がることはない。
 ここで、全炭酸濃度(ΣCO2)は次の式で表わされる。
 [ΣCO2]=[CO2(aq)]+[H2CO3]+[HCO3-]+[CO32-]   (10)
この式に(2)〜(4)から導かれる式を代入して変形すると、海水のCO2分圧([CO2(aq)]とΣCO2、pH([H+])の関係を示す次の式が得られる。
 [CO2(aq)]=[ΣCO2]・{1+Ko(1+K1・[H+]-1(1+K2・[H+]-1))}-1   (11)
すなわち、海水のCO2分圧はΣCO2とpHとによって決まる。CaCO3の生成と光合成とによってpHが一定に保たれれば、それによるΣCO2の減少分だけ海水のCO2分圧は減少して、CO2は大気から吸収される。
 では、実際のサンゴ礁の海水の化学的性質は、サンゴの活動によってどのように変動しているのであろうか。第9図(略)は、ハワイ諸島のFrench Frigate Shoalsというサンゴ礁の礁原上において、サンゴの共生藻の光合成とサンゴの骨格形成に伴って海水に付加または海水から取り去られる酸素・有機炭素・炭酸カルシウム量を示したものである(Atkinson and Grigg、1984)。夏・冬とも、日中には共生藻の光合成活動に伴って海水中に酸素が放出され、海水から二酸化炭素が有機炭素として固定されている。一方、夜間には呼吸によって酸素が奪われ二酸化炭素が放出されている。最下段のグラフによれば、日中の光合成に伴って炭酸カルシウム骨格が形成され、夜間にはほとんど骨格が形成されない。光合成によって固定されるCO2の量は、炭酸カルシウムとして固定されるCO2の量の4倍程度である。太平洋のエニウェトック環礁礁原の海水のpH、アルカリ度の測定結果を第10図(略)に示す(Smith、1973)。海水のpHは、日中光合成に伴って8.4まであがり、夜間は呼吸によって8.2まで下がる(第10図左)。サンゴ礁の海水のpHは、このように外洋の平均的なpH(=8.3)の前後を変動するが、決してサンゴ骨格の形成に伴い海水が酸性化するという傾向は認められない。第10図右には、各測定点における海水のCO2分圧をpHとアルカリ度から計算によって求めたヒストグラムであるが、すべての測定点においてCO2分圧は、当時の大気のCO2分圧320ppmより低い値となっている。こうした測定結果は、Bの考えを支持している。』

4. 地質学的にみたサンゴ礁の形成と大気CO2濃度
 4.1 CO2濃度変動とサンゴ礁
 4.2 現成サンゴ礁にCaCO3として固定されるCO2量の概算
5. 現在のサンゴ礁におけるCO2固定速度
 5.1 炭酸カルシウムとしての固定速度
 5.2 有機物としての固定速度
6. まとめと今後の課題
引用文献



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