1. はじめに
2. サンゴ礁・サンゴとは
2.1 サンゴ礁の分布、地形と形成過程
2.2 サンゴ礁地形の分帯構成
『 2.3 サンゴとは
サンゴというと宝石になる赤やピンクの石を思い浮かべる人が多いが、これは成長が遅く深い海に住む動物で、浅い海でサンゴ礁を作る造礁サンゴとは別のグループに属している。サンゴ礁を作る造礁生物には、サンゴばかりではなく、石灰藻・有孔虫・貝類など多様なものが含まれる(第1表:略)。石灰藻は前述のようにサンゴ礁の海側に高まりを作ることがあるし、有孔虫の殻はサンゴ礁陸側の礁池や礁湖に有孔虫砂として堆積している。しかし、サンゴ礁の枠組みを作り、またそその豊富な有機物の生産を支えているのは明らかに造礁サンゴである。
造礁サンゴは刺胞動物に属し、イソギンチャクと近縁であるが、何百・何千と集まって群体となり石灰質の骨格を作る点と体内に藻類を共生させている点でイソギンチャクと異なっている。第7図(略)はサンゴ群体の構造を示したものであるが、上部が生きているサンゴ体(ポリプ)で、下部がサンゴが作った骨格である。ポリプは上部に口のある巾着状の袋で、口の周りを刺胞をもった触手が取り囲んでいる。袋の中は胃腔と呼ばれ、ここで消化・吸収・排泄を行ない、生殖巣もここに生じる。胃腔内は、消化壁の表面積を大きくとるために6枚(あるいはその倍数)のひだ(隔膜)に分かれている。各ポリプの直径は1mmから数cmであるが、多くの場合、ポリプは数十から数千集まって群体を作る。ポリプは、体の一部が分裂して新しい個体をふやし群体を作っていく(無性生殖)。また、サンゴは卵と精子を放出して有性生殖も行なう。受精した卵はプラヌラ幼生になって2週間から数ヵ月間浮遊した後、新たな場所に定着して群体を作る。
サンゴの生育は、水温・水深・塩分濃度などによって規定される。サンゴ生育の最適水温は25-29℃で、18-36℃の範囲でも多数のサンゴが活発に生育する。造礁サンゴが防波構造を作り地形としてのサンゴ礁を現在作っている北限は、日本では種子島と屋久島で、最寒月の表面海水温が18℃の位置にあたる。造礁サンゴ分布の北限は千葉県の館山湾で、本州南岸にも、地形としてのサンゴ礁は作らないが、岩盤上に造礁サンゴが散在しているのが見られる。最適塩分濃度は34-36‰で、多種の造礁サンゴが生育する範囲は27-40‰である。ほとんどの海域で塩分濃度はこの範囲に入るが、河口など淡水の流入するところでは塩分濃度が低下して、サンゴ礁の分布が途切れている(第2図:略)。
サンゴの生育には後に述べる共生藻の光合成が大きく関与しているから、造礁サンゴの分布は光の照度条件を通じて水深にも規定されている。サンゴの生育は水深5m以浅でもっとも活発で、普通水深20mまでは多種類のサンゴが分布している。また、サンゴの群体型は、水深・波の強さ・濁度などに応じて変化している。
2.4 サンゴと共生藻
サンゴは、触手を使って動物プランクトンを捕らえ餌として取り入れている他に、体内に入っている共生藻の光合成産物も利用している。この共生藻は、渦鞭毛藻科に属する単細胞の藻類で、褐色をしていることから褐虫藻(zooxanthella)とも呼ばれる(写真1:略)。褐虫藻は直径10μmと微細だが、サンゴ体内に膨大な数のものが住んでいて、この褐虫藻が活発に光合成を行なって二酸化炭素を有機物に変えている。サンゴ礁の海に潜ってみると、サンゴを始めとして様々な魚や甲殻類などの有機物の消費者ばかりが目について(表紙写真・口絵4:略)、有機物の生産者である植物は見あたらないのだが、実は植物は、動物であるサンゴ体内に住んでいて、サンゴ礁の多様で膨大な生物群集を支えているのである。
共生藻はサンゴが呼吸によって放出した二酸化炭素を利用して光合成を行ない、酸素と有機物を作る。酸素は再びサンゴの呼吸に利用され、有機物もそのほとんどがサンゴに利用される。また、サンゴの代謝過程において作られる無機的なちっ素・リンなどの老廃物は、共生藻の光合成には必要なもので、こうした老廃物がすみやかに取り去られることによってサンゴの代謝も速まる。第8図(略)は、一日の間に骨格重量15gのハナヤサイサンゴの共生藻によって作られた有機物の収支をエネルギーで示したものである(Davies、1984)。共生藻が光合成によって生産した有機物のうち、藻自身が呼吸や成長に使うのはわずか1割で、9割はグリセリンなどの単純な栄養物となってサンゴ体内にもれ出している。サンゴはこのうちの約半分を呼吸や成長に使い、残りは主に粘液の形でサンゴの外に分泌され、サンゴ礁の生物を養っている。
さらに共生藻の光合成によってサンゴ体内がアルカリ側に傾き、炭酸カルシウムが沈殿し易くなる。これについては後でまた述べるが、共生藻による光合成はサンゴの骨格形成の駆動力にもなっている。』
2.5 サンゴ礁生物群集
『3. CO2循環におけるサンゴ礁の役割についての異なる考え方
サンゴ礁は、CaCO3の堆積とサンゴの共生藻による一次生産とを通して、海洋の沿岸表層部において、CO2循環に大きく関わっていると考えられる。しかしながら、大気−海洋のCO2循環におけるサンゴ礁の役割については、以下の大きく異なる3つの考え方がある。
@ サンゴ礁におけるCaCO3の生成に伴って海水のpHが下がり、CO2は大気に放出される。
A サンゴ礁による炭素の固定量は、CO2循環の中では無視できる程度である。
B サンゴ礁の形成によって海水の全炭酸濃度が下がり、CO2は大気から吸収される。その量はCO2循環において無視できない。
@の考え方は、以下の(1)−(5)式によって示される、海洋における炭酸系の無機化学的平衡に基づいている。
CO2(gas) | = | CO2(aq) | (1) | ||
CO2(aq) + H2O | = | H2CO3 | 〔Ko〕 | (2) | |
H2CO3 | = | HCO3- + H+ | 〔K1〕 | (3) | |
HCO3- | = | CO32- + H+ | 〔K2〕 | (4) | |
Ca2+ + CO32- | = | CaCO3↓ | 〔Ksp〕 | (5) |
光合成 | CO2 + H2O | = | CH2O + O2 | (6) |
HCO3- | = | CO2 + OH- | (7) | |
HCO3- + OH- | = | CO32- + H2O | (8) | |
石灰化 | Ca2+ + CO32- | = | CaCO3↓ | (9) |
4. 地質学的にみたサンゴ礁の形成と大気CO2濃度
4.1 CO2濃度変動とサンゴ礁
4.2 現成サンゴ礁にCaCO3として固定されるCO2量の概算
5. 現在のサンゴ礁におけるCO2固定速度
5.1 炭酸カルシウムとしての固定速度
5.2 有機物としての固定速度
6. まとめと今後の課題
引用文献