住(1996)による〔『地球システム科学』(119-122p)から〕


目次

4.3 全球の水循環
 前節で、エネルギー輸送は同時に水循環と不可分のものであり、大気の運動、海洋の運動、海面水温の分布、雲量の分布などとあわせて考えてみなければならないということを述べた。しかしながら、エネルギー循環と水循環はまったく同じではない。エネルギー輸送では、水のような媒質がとくになくてもよいのに対し、水循環ではまず実際に水そのものを運ばなければならないからである。
(a)全球の水循環
 図4.10(略)には、気候システムでの放射収支、および気候システム内部での水の循環、すなわち地球全体の各部分(リザーバー)にどれだけの水が存在するか、またそれらの部分の間をどれだけの量の水が動いているか(フラックス)が示されている(第2章参照)。もちろん、これらの数値は不確かであり、今後の観測等により改定されてゆくと考えられるが、大筋は間違っていない。この図を見てみると、地球上の水のほとんどが「海洋」という形で蓄えられていることがわかる。
 フラックスで貯留量を割ると、そのリザーバーでの水の平均滞留時間を見積ることができる(第2章参照)。そのようにしてみると、大気中の水の滞留時間は約10日、海洋や氷床では1000年程度、深さ100m程度の表層海洋では100年程度、陸上では局地的な条件に強く依存するが、河川で2週間、土壌水で2〜50週間、地下水で1万年程度と見積られている。海から蒸発した水は、大体、大気中に10日程度の間水蒸気として漂い、雨として地面に降り注ぐ。もちろん、これは平均的な描像で、具体的な状況は各地域ごとに異なっている。例えば、アマゾンなどの熱帯雨林帯では、主に降った雨がすぐ蒸発してはまた雨になるという早いサイクルで水が循環しているといわれているのに対し、西太平洋などの亜熱帯収束帯などの降水は、広く太平洋からの水蒸気の輸送によっても降水がまかなわれるといわれている。
(b)全球の降水・蒸発分布
 大気や海洋、地表面での間の水のやりとりは、降水と蒸発というプロセスを通して行われている。このような水の出入りを考えることを水収支(water balance)の研究と呼んでいるが、前にも述べたように水の蒸発や降水に伴う水蒸気の凝結などには凝結熱などの形で熱の出入りが伴うために、水収支はエネルギー収支(熱収支ともいう;energy balance, heat balance)と無関係ではあり得ない。例えば、たくさん雨を降らそうとすれば、たくさんの水蒸気を大気中に補給しなければならないことになる。そうすると、蒸発により海面の温度が下がることになる。太陽の入射エネルギー以上に蒸発が続けば、海面の温度はどんどん下がることになる。大量の雨が降ることで、その凝結熱によって大気の温度も一時は上がるであろうが、やがて大気中の水蒸気の量も減り、最初の頃の降水量を維持することが不可能になる。言い換えれば、地球上のすべての気象現象のエネルギーが太陽から補給されている以上、地球上で降る雨の上限値は太陽エネルギーで規定されていることになる。一方、地球上の雨量の分布は、大気の運動によって支配されている。すなわち、海陸や山岳分布などによって決定されていることになる。
 地球全体の降水量は、1年1m^2当たり約1mとされている。また図4.10(略)でもわかるように、陸上と海上の降水量の比は、約1:4となる。これは、海が地球の表面の7割を占めることから考えると、海上に雨が降りやすいということになる。
 降水も蒸発も大気の運動なくしては不可能である。それゆえに、全球上で一様ではない。再度、図4.8(略)に示した全球の年平均降水量の分布を見ていただきたい。このように全球上で一様に雨が降っていないということは、あるところでは蒸発量よりも降水量が多く、あるところでは、蒸発量が降水量を上まわっているということを示している。参考のために、年平均の蒸発量の推定値を図4.11(略)に示す。このような差が存在するということは、蒸発量が多いところから降水量が多いところへ水が輸送されなければならないということを示唆している。東西平均した降水・蒸発分布と水蒸気輸送量が図4.12(略)に示されているが、基本的に降水は、熱帯と中緯度の高低気圧に伴う前線帯で起きており、水蒸気の補給源は、亜熱帯高圧帯であることがわかる*。
* さきほどから分布図を引用しているので、全球上の降水分布・蒸発分布などはわかっているものと錯覚する人も多いと思われるが、実際、それが正しいかといわれるとはなはだ心許ないというのが正直なところである。例えば、「降水量は雨量計を置けば測れる」と簡単に考える人もいるだろうが、その地点の雨量は測れるとしても、雨量は局所的な条件の影響を強く受けるので、広域にわたる雨量の正確な測定を行うことはなかなかと困難である。まして、雨量計を置けない海洋上の雨量観測は、大きな問題となっている。このような問題に対する取り組みのひとつがリモートセンシングである。レーダーなどを用いた地上での雨量測定、あるいは人工衛星に搭載したさまざまなセンサーによる雨量の観測などが行われており、着実にわれわれの知識は進展しているといえる(詳細は、第4巻『地球の観測』を参照されたい)。


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