兼岡(1988)による〔『図説地球科学』(170-171p)から〕


19 同位体地球科学

 地球物質を扱う科学者は、いろいろな物質に秘められた情報をさぐり出して、地球でなにが起こったか、あるいは起こっているかをつきとめようとしている。使える情報は何でも使おうというのが地球科学者の基本的態度である。物理・化学の進歩と科学技術の発達のおかげで、今世紀後半には、元素レベルでの情報よりさらに細かく、同位体レベルでの情報も使えるようになった。その結果、地球に関する理解には格段の進歩があった。この章ではその一端を紹介したい。なお、放射年代決定についてはすでに前章で解説したが、同位体地球科学の扱う範囲はたいへん広く、この章でとりあげる例は本書第6、9、11、13、20の各章に関連している。
 同位体は放射性の不安定な同位体(たとえば40K、87Rbと放射性でない安定同位体(たとえば40Ar、87Sr、18O)とにわけられる。安定同位体はさらに放射性起源のもの(たとえば40Ar、87Sr)とそうでないもの(たとえば86Sr、18O)とにわけられる。放射性起源でない安定同位体の総原子数は変わらないのに対して、放射性同位体や放射性起源同位体の総原子数は時間とともに変わるのが特徴である。これを年代効果という。
 同位体の数量あるいは濃度を直接測定するよりも、同位体同士の比を測定する方が精度がよい。また、後で(19.1)式などでみられるように、同位体比の方が重要なので、以下すべて比の形で記述してある。表19.119.2に、地球科学においてよく用いられる放射性起源でない同位体比および放射性起源同位体を含む同位体比の組みあわせを示す。同位体地球科学では、放射性起源でない同位体比を扱う場合は、標準物質中の同位体比を基準としてそれからのずれの割合をパーミル(‰)で表わし、これをδ値として表示するのが慣習となっている。放射性起源同位体を含む同位体比を扱う場合には、各同位体比ごとに異なった表示が用いられている。
表19.1 地球科学で最もよく用いられる放射性起源でない安定同位体比とその国際標準物質
δ値 iM jM R=[iM]/[jM]* 国際標準として用いられる主な物質 国際標準物質のRの値
δD D(2H) H [D]/[H] SMOW(標準海水) 1.5576×10-4
δ13C 13C 12C [13C]/[12C] PDB(白亜紀Pedee層中のBelemnite(頭足類)の化石) 1.1081×10-2
δ18O 18O 16O [18O]/[16O] SMOW(標準海水) 2.0052×10-3
δ34S 34S 32S [34S]/[32S] Canyon Diablo(鉄隕石)中のトロイライト(FeS) (4.501×10-2
δ(iM)=[(R試料−R標準物質)/R標準物質]×1000 (‰、パーミル) 〔注:Mは元素記号。その前のiは数字。jMの場合も同様。〕
* [ ]付の記号は、原子数を示す。
表19.2 地球科学でよく用いられる、放射性起源同位体を含む同位体比
同位体比 放射性起源同位体 親核種
87Sr/86Sr 87Sr 87Rb
143Nd/144Nd 143Nd 147Sm
206Pb/204Pb 206Pb 238U
207Pb/204Pb 207Pb 235U
208Pb/204Pb 208Pb 232Th
3He/4He 4He 238U、235U、232Th
40Ar/36Ar 40Ar 40K
129Xe/130Xe 129Xe 129I*
136-131Xe/130Xe 136,134,132,131Xe 238U、244Pu*
* 消滅核種。半減期が129I(1.7×107年)、244Pu(8.2×107年)とそれぞれ地球の年代46億年に比べて短いため、現在の地球上では天然の状態では見いだすことの困難な核種。



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