まえがき
第1章 鉱物を鑑定する
第2章 手がかりとなる性質
第3章 七つ道具とその選び方
第4章 スーパー鉱物図鑑
第5章 名前と分類
第6章 水晶
第7章 結晶の話
第8章 きらら
第9章 金と金色の鉱物
第10章 岩を造る鉱物
第11章 オパール
第12章 青い石の歴史
第13章 万葉翡翠
第14章 鎌倉のめのう
ブックス&データ
主要鉱物肉眼鑑定チャート
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鉱物はいろいろの性質を持っている。色が赤いとか、重たいというのも性質である。一つの鉱物の性質はほぼ一定している。辰砂(しんしゃ)は赤色だ。色の白い辰砂というものはない。方鉛鉱(ほうえんこう)は重たい。軽い方鉛鉱というものはない。
しかし、鶏冠石(けいかんせき)は辰砂のように赤いし、方鉛鉱のように重たい鉱物はほかにもある。けれども辰砂は鶏冠石よりずっと重いし、鉛灰色のひじょうに重い鉱物で、軟らかく、サイコロ形に割れる性質を持つ鉱物は、まず、方鉛鉱しかない。
石英と方解石(ほうかいせき)はどちらもいちばんありふれた白色の鉱物である。この二つを識別するには、はじめにその割れ口に注意する。石英は普通、不規則に割れる。方解石はマッチ箱をつぶしたような斜めの四角形に割れる。つぎに硬さを調べてみる。ナイフの先でひっかいてみればいい。石英は硬くてキズがつかない。方解石は軟らかく、キズがつく。問題の石が割れ方と硬さから、どうも方解石らしいということになってきたとする。しかし、まだ方解石と決めるのは早い。苦灰石(くかいせき)、菱苦土石(りょうくどせき)などの似た鉱物があるからである。これらを区別するためには、さらに別の性質をチェックしなければならない。
以上の例のように、鉱物の性質の組み合わせによって鑑定をするというのが、この方法の原理である。したがって、たくさんの性質を調べるほど精度が上ってくる。
この方法は古典的ではあるが、現代でも無用の長物のカビくさい方法というのではない。素人にもアマチュアにも専門家にも必要な方法であることは昔も今も変わっていない。
今の大学の鉱物研究室ではX線回折分析装置によって鉱物を鑑定していると前に書いた。しかし、古典的な方法を使って五分間で方解石と決定できるサンプルを、なにも長時間かけてX線分析を行う必要はないのである。
だいいち、鉱物の産地に行って、そこにあるすべての石を持ち帰って、X線分析することは不可能である。野外にはX線の眼はないので、自分の肉眼で必要なものを見出す以外に方法はない。
日常の鑑定、屋外の鑑定では、古典的な方法を使い、難しいサンプルや研究発表などで確実なデータを示したいときにだけX線分析を利用するのが、現在の専門家のやり方である。昔の専門家はX線装置がなかったので、その代わりに、たとえば、化学定量分析を行った。当時、一つの鉱物の化学定量分析を実施するのは、かなり手間ひまがかかり、専門の分析室に依頼して数週間ないし数か月も待たなければならなかった。そのため、当時の鉱物学者は鉱物の性質を詳しく調べて、いくつかの性質の組み合わせで、手軽に鑑定をするように努力した。その努力の成果はたくさんの書物になって残っている。
このような伝統的な鉱物の鑑定法を肉眼鑑定法という。この本では、これから、読者のみなさんが、できるだけ簡単に、できるだけ的確に肉眼鑑定が行えるように、いろいろなやり方を追求していくつもりだ。とは言っても、すでに、お気づきのように鉱物の肉眼鑑定は貝殻の名前を図鑑で調べるようなわけにはいかない。やはり難しいことは否めないのである。
難しいのならやめたという人、難しいのはかえってやりがいがある、ひとつ取り組んでみようという人。いろいろの考えがあるだろう。しかし、ここでいちばん大切なのは、あなたが鉱物に対する興味をどのくらい持っているかだ。小さな岩の穴のなかでキラリと光る水晶、磯の波に洗われる優美なめのうの一片、こうした鉱物の世界に興味さえ持っていれば、この本に出てくる難しさなどはなんでもないだろう。
ところで、つぎの章からは鉱物の性質などについて具体的な説明に入るが、その前にちょっと念を押しておきたいことがある。それは鉱物と岩石の違いである。
水晶や黄鉄鉱のようなものが鉱物、花崗岩や安山岩のようなものが岩石であることは、おわかりいただけるだろうが、一般にはこの二つを混同している人もいるようなので、その違いをもう少しはっきりさせておこう。
花崗岩は、よく見ると白い粒と黒い粒が入りまじっている。黒いところは黒雲母(うんも)、白いところは長石(ちょうせき)、またやあ灰色のところは石英である。つまり、花崗岩は雲母、長石、石英という三種の鉱物が混合してできている。石灰岩は肉眼では粒が見えないが、プレパラートにして顕微鏡で見ると方解石の粒が集合していることがわかる。岩石は鉱物の粒が集合したものである。
ところが、方解石や石英や長石のような鉱物はルーペや顕微鏡で拡大しても、粒は見えてこない。強いて拡大をつづければ、見えるのは原子やイオンだろう。
つまり、鉱物は地球や宇宙を構成する固体の最小単位であり、生物にたとえれば細胞にあたるものと言えるかもしれない。
もう一つ、鉱物のきわだった性質は結晶することで、水晶は六角柱状に、黄鉄鉱はサイコロ形などに結晶する。できるときの条件によって、肉眼的な結晶になるものも、ならないものもあるが、どんな鉱物でも、鉱物はすべて結晶する可能性を持っている。普通の鉱物で、結晶しないのはオパール一種だけである。』