成長の限界−ローマ・クラブ「人類の危機」レポート−


目次

監訳者はしがき

 ここ数年来、私がいろいろな機会に出席する国際会議において、このままの勢いで経済が成長し、資源が消費され、環境が汚染されていった場合に、はたして地球がいつまで人間の棲息を保障しうるだろうかという問題意識が急速に高まりつつあることを感じる。ローマ・クラブも、こうした問題意識から誕生した国際的な団体の一つである。その成立の経緯や活動状況については、巻末の安川第五郎氏の解説をごらん願いたい。
 私がローマ・クラブの活動に参加するようになったのは、1969年6月にOECDの会議に出席するためパリを訪れた際、当時のOECD日本代表部の加藤大使から話を聞かされ、キングOECD科学局長のオフィスでローマ・クラブの設立者であるペッチェイ氏(イタリアのオリベッティ社副社長)と面会したときに参加を要請されたのがきっかけであった。そのときペッチェイ氏が、自分がこのような仕事にとりかかった最大の理由は、子どもたちのためにつぎの世代の社会を少しでも住みよいものにしたいという念願からであると語っていたのが印象的であった。以来ローマ・クラブの常任委員として2、3か月に1回開かれる委員会に、ペッチェイ氏をはじめ、キング氏、スイス・バッテル研究所所長のティーマン氏、ハノーバー大学教授のペステル氏、MIT教授のウィルソン氏らとともに出席することになった。
 本書は、ローマ・クラブが第1段階の作業を委嘱したMITのメドウズ助教授らのグループの研究成果をとりまとめたものである。今、その報告ができあがってみると、あらためて、従来のような、地球が無限であることを前提としたような経済と人口の成長のやり方を改める必要のあることが痛感される。ただし、ローマ・クラブとしては、この報告書が無条件に正しいと考えているわけではない。常任委員会でもこの報告書の草案についていろいろと議論し、その意見の一部は最終報告書にもとり入れられているが、同時に常任委員会としての見解もとりまとめてコメントという形で報告書に付して発表することとした。これについては私も起草者の1人である「ローマ・クラブの見解」をお読み願いたい。起草の際私が強く主張したのは、経済開発の遅れた国の現状が固定化されることのないよう、先進国が成長を減速させると同時に、発展途上国の成長率を引き上げ、少なくとも人間らしい生活が可能な水準に早く到達できるよう援助を拡大しなければならないという点であった。これは困難なことではあるが、世界的な均衡に向かう際にどうしても満たされなければならない要請であり、それだけに先進国の責任は重大である。一方、人口については、先進国と発展途上国の双方でその増加を減速し、できるだけ早い機会に、ゼロ成長にもっていくことが望ましい。
 また、一国の中でも、低所得層の物質的な生活水準の改善は依然として緊急な必要時であることはいうまでもない。本書はグローバルな接近方法の最初の試みであるので、こうした点にまでは言及していないが、忘れてはならない点である。ここで展開されているような反成長論が、ともすれば物質的に満ちたりた一部の上層階級のいわばぜいたくな環境や自然の保護論であると受けとられるおそれがないでもないが、それはけっしてわれわれの意図するところではない。
 本書に対しては国際的に活発な賛否両論が行なわれている。方法論が粗雑であるとか、技術進歩の可能性を過少評価しているといった批判もあるが、大多数のコメントは、多少方法論に問題があるとしても、人間社会が真剣にとり組まなければならない重要な問題を提起しているとして、その意義を高く評価している。ただ、問題の重要性を認めるとしても、それが正確にどの程度緊急であるかという点は意見の分かれるところである。この点については、本書が契機となって、各方面の専門家をまじえ、深く掘り下げた研究が活発に行なわれることが期待される。
 現にローマ・クラブの活動が刺激となって、世界の各地でも同様な問題意識に立った作業が行なわれるようになってきた。MITでもさらに作業が続行される予定のほか、スイス、オランダ、カナダ、西ドイツでも作業が行なわれている。日本でも、東大の茅陽一助教授を中心とする若手のメンバーからなるローマ・クラブ日本チームが、1970年以来MITとはやや異なった角度から研究を行なってきている。
 また本書に対する一般の反響も大きかったことは、アメリカでは1週間で2万部が売り切れとなり、オランダ語版も1週間で1万部が売り切れとなった事実からもうかがわれる。フランス語版、ドイツ語版、スペイン語版も、近く出版される予定となっている。これは、本書の序論の図1にある、人々の関心の時間=空間グラフでいえば、意外に多数の人々が、時間的にも空間的にも広がりの大きい問題に関心をいだいていることの証左でもあり、喜ばしいことである。
 今回の報告書でも指摘されているように、問題の性質上、適切な措置をとるのが遅れればとり返しのつかない事態になる可能性が強いので、本報告書がその第一歩である基礎的な研究の続行と並行して、研究の成果を政策レベルでとりあげ、ディシジョン・メーキングに反映させていく努力が重要である。そのために、今回の報告書は全世界の有力なディシジョン・メーカーに送られているし、アメリカ、スイスなどで報告会も開催されている。また、その後の研究成果と政策問題を討議するために、ローマ・クラブの世界大会を東京で開催することも計画している。
 最後に翻訳について触れると、本報告をできるだけ早く日本にも紹介する必要があると考え、つぎのような分担でローマ・クラブ日本チームの参加者の一部の方々に協力してもらって訳出をすすめた。序論・田中努(経済企画庁)、第T章・直井優(東京大学助手)、第U章・中村良邦(経済企画庁)、第V章・石谷久(東京大学講師)、第W章・石川真澄(東京大学大学院)、第X章・鈴木胖(大阪大学助教授)、「ローマ・クラブの見解」・石川好男(科学技術と経済の会事務局長)・吉見一郎(科学技術と経済の会)。訳稿は田中君がいちいち原文と照合しながら必要な調整をはかった上、私が最終的に校閲した。
 出版にあたられたダイヤモンド社の長井弘勝氏のご尽力と関係者の好意あるご協力に感謝したい。
 1972年5月
                                            大来佐武郎』



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