熊澤・丸山(編)(2002)による〔『プルームテクトニクスと全地球史解読』(399-403p)から〕


あとがき

 学問的な交流のない伝統的個別分野の混合物であった地球科学は、プレートテクトニクスによって総合されつつ、作業仮説としての機能を具えた“新しい地球観”を提示できたといえよう。この合本で紹介したのは“もっと新しい地球観”をもとめて動き出した昨今の地球科学の姿である。科学研究の進展も社会の科学への見方の変遷も著しく速い。数年後にはまた“もっともっと新しい地球観”へ向けてこれまでと異なる課題が明らかになり、新たなアプローチが求められることになろう。ではそれはいったい何か?
 われわれの見解では、科学の行く道は、“われわれ地球生命が生き継ぐのに寄与する知恵を得ること”である。いわゆる“モード2”の科学(1)といってもいいかもしれない。地球科学という発想も発展的に解消して、もっと大きい理と利に立つ宇宙/世界観を求めるということだ。それを伝統的な地球科学という立場でもう少し詳しくいえば、相互に関連する次の四つに分けて考えてよいだろう。

(1) 地球のダイナミクス
 今、われわれが住んでいるこの地球の変動について、事実と時間発展の法則性を具体的に明らかにし、自然変動の予測を実現するレベルの理解を目指す。その変動は、もちろん固体地球、大気、海洋、生命圏を含む一つのシステムとして、40億年から秒単位の時間スケールまでを考える。“自然”は生命圏を含み、その中には産業活動という大規模な代謝をする人間社会を含むので、今や自然変動と人為変動の間に厳密な一意的な境界は設定できない。したがって、地球のダイナミクスの理解も、社会価値観や倫理とさえも無縁ではなくなる宿命にある。

(2) 全地球史の解読
 歴史的存在である地球の動態の理解は、現在の地球のダイナミクス理解だけでは原理的に不可能である。過去から現在までの歴史に学ぶ視点には二つある。一つは、成り行きで進化してきた古典的な意味で無機的な地球の歴史であり、もう一つは、われわれ知的群生生物が、“何処から来たのか”“何者であるのか”、それを歴史に学んで理解することだ。これは、われわれの自然の科学的理解だけでなく、それがわれわれの価値観や意思決定にまで影響をおよぼす大事であり、事実すでにそうなりつつある。

(3) 惑星探査と惑星科学
 地球だけがわれわれの生まれ育った星という意味で特別であるが、その深い理解には、他の惑星との比較だけでなく、もっと広く、太陽系/銀河/宇宙の中の地球として見る必要がある。また、地球生命にとって将来移住する新世界としての可能性を見越して考えることも必要だろう。当然、惑星探査という惑星現地での研究が強く求められる。

(4) 地球と生命の将来予測と設計制御
 生命と地球の未来を見据えて、将来を予測、設計、制御する知恵と技術を得る。ゴーギャンの“どこへ行くのか”から、さらに“どこへどう行こうか”と問うて答えようとするのである。これは古典的な意味での自然法則と自然変動実態の理解に加えて、それに基づいた私達地球生命とその文化の生き継ぎをはかる究極の目標である。言葉を換えれば、環境科学である。

 さて、上に述べた方向をもっと細分化して詳しく述べないと、抽象的でわかりにくいという意見があるだろう。しかし、上の各事項をさらに細分化すると莫大な項目がある。そこで、本合本の表題ともなっている、プルームテクトニクスと全地球史解読について当面の課題を提示しておく。とくに水と関係した話題を挙げておこう。
 なぜ、水(水素)に注目するのか? これまでのダイナミクス研究では、地球の動態は熱機関として働く熱対流による、という固定観念があったであろう。しかし、冷静に考えてみると、熱もさることながら、物質が駆動する“物質対流”を否定する根拠はほとんど存在しない上に、水が決定的な鍵を握っていると推察するに十分な兆候や資料はすでに散発的ながらかなり存在する。ホットスポットから出てくるヘリウムの同位体比が始源的な特徴を示しているのはその象徴的な一例であろう。不活性なヘリウムでさえ地球深部に取り込まれていたのだ。反応性が高く、宇宙にもっとも多量にある水素が形成期に地球内部に取り込まれなかったなどということは、きわめて考えにくいことだ。水素エネルギーの貯蔵のための研究や鉄など金属の水素化物の研究などによれば、核を構成する高温高圧状態の鉄への水素溶解度はきわめて高い。いったん地球深部に取り込まれた軽い水素が長い地球史の過程で何らかのメカニズムで地表に出てくると考えるのは、きわめて自然なことではなかろうか? 水素の化学的活性は他の元素に比べて格段に高いのでマントルのケイ酸塩鉱物の相関係も、力学物性も、電気物性も、水の存在で激変する。ここでとくに水に焦点を当ててまとめと問題提起をする理由は、プルームテクトニクスと全地球史解読研究から発展的に出てきた課題でもあるからだ。以下に概略を述べるように、水(水素)の果たす役割が地球の動態解明に不可欠で、地球ダイナミクスの統一的理解に大きな刷新をもたらす可能性が期待されるのである。

(1) スーパープルームの燃料と潤滑剤
 プレートテクトニクスは地球半径の10分の1程度の領域を支配する現象にすぎない。それを駆動するのは、さらにその下部で地球変動のダイナミクスの主因となるスーパープルームが存在し、これが地球変動を駆動するメインエンジンとなっていると推定される。
 それでは、そのエンジンを直接駆動する燃料は何であろうか。古典的説明は、地球内部に蓄えられている熱エネルギーであって、温度差がもたらす密度差が重力場において駆動力を生む、というものである。しかし、ホットスポット火山岩の研究や地震波のP/S波を組み合わせた、近年のトモグラフィーの研究から、温度差よりも組成差(組成異常と呼ばれる)が重要であるとする研究が出始めている。組成異常の実態(例えば、カルシウムペロブスカイトに富む)(2)については今後の研究を待つが、密度差の原因を比較的少量の水だとする説も成立する。つまり、外核から放出される水素がD''層(外核とマントルの境界)中で酸化してH2Oになり、これが組成差を誘発して浮力発生の原因となるとともに、岩石を流動しやすくする効果を持つためにマントル底の物質がスーパープルームとなって上昇を開始すると考えられる。この描像はまだ概念的であり、これまで等閑視されていた水の効果を徹底的に洗うことによってもっと具体的なマントルの姿が見えてくるはずだ。

(2) 核から流出する物質
 外核には10%程度以上の軽元素(炭素、水素、酸素、硫黄など)が含まれていると観測データに基づいて推定されている。これらの軽元素は高温高圧の溶融鉄と合金しやすいので、地球の成長形成期に初期マントルから分離沈降して核に取り込まれていたのであろう。核の冷却とともに、軽元素の溶解度の小さい固体の内核成長も手伝って、軽元素は核全体として過飽和になり、結局、地球の全冷却史を通じてマントルを経由して地表まで出てくる宿命にある。内核/外核の境界には、外核から析出する固体鉄粒の間隙を軽元素に富む液体が埋める堆積岩層ができているだろう。そこで発生する対流が内核のダイナミクスを支配駆動するとともに、絞りだされて外核に放出される軽元素は外核の対流を駆動することになる。これが地球ダイナモの駆動に寄与していることは疑いをいれない。こうして外核中に濃縮する軽元素がさらにマントル中に漏れ出して、マントルプルームを駆動すると推理される。要するに、固体地球の動態は、核中の軽元素に端を発するカスケーディグダイナミクスとも見られよう。このような概念モデルは、物質科学の立場からはどのようにして検証可能なダイナミクスモデルに仕立て上げられるのであろうか。

(3) プレート、大気、海洋
 大気と海洋の間を水が激しく移動して気象変動の原因となっているのは常識だが、プレートが、わずかな密度差を原因として水平方向に簡単に横滑りする原因については昔から謎とされてきた。具体的にはアセノスフェアの物性を支配する要因が温度だけではなく、そこに少量存在する水が主役ではないかという考えが主流になりつつある。金星では表面温度は500℃に達し、地球よりも高温だが、水がないためにアセノスフェアは硬くて、表層のプレートを横に滑らせるプレートテクトニクスが存在しないか小規模なのであろう(2)。このようにプレートの実体と挙動の原因を見直すことが次の課題となった。
 このプレートは、海底火山の並んだ海嶺で形成される時、地球内部から水を海洋に供給する。プレートが地球内部に沈降する時、海水をケイ酸塩の水和化合物として吸い取り再び地球内部に持ち込む。プレートが沈降して温度が上がると脱水反応によって解放された水は、大陸の下でマグマを作り、火山を発生させることになる。このような水の大循環がもつ間歇性や定常性は、海水の総量や大気組成の大きな変動をもたらすはずである。大気と海洋の状態にどのような機構でどのような時間尺度の変化をもたらすのであろうか、具体的な描像はまだあきらかではない。このように、地球深部の水と地球表層の水の循環は複合的で多様な全地球のダイナミクスを駆動するエネルギー源と潤滑剤と担い手のすべてを兼ねているのではないか。

(4) 表層環境変動、生命進化、および固体地球変動の共進化
 全地球史解読の成果の一つは、地球の歴史上の大きな地球表層における変動は突発的で、従来考えられてきたような連続的あるいは定常的なものではないことを明らかにしたことだ。それは、地球内部の熱、したがって水が、地質学的な尺度での短時間に集中して放出されるからである。もちろん、これはスーパープルームがマントルから突発的に上昇してくることに起因する。このような突発的な事変と同調して表層環境が大きく変化し、生命進化もまた不連続的におきた物証が見つかってきた。これは、固体地球変動、地球環境変動、生命進化の三者同時性の発見だと言ってもよく、これらの“共進化”という見方が出て、それを詳しく検討する段階になった。
 固体地球の変動の大きさに対応して、生命進化が陸上だけ、浅海まで、および中-深海にまで及ぶといった対応関係を指摘することができる。また、35億年前の初期生命の棲息環境(水深、海水のpH、二酸化炭素、メタン、酸素の濃度、塩分濃度など)が現在とは大きく異なっていたこともわかった。また生物の爆発的放散や大量絶滅がおきた場と時代の地理的物理化学的環境の特異性を読み出す研究も進展しつつあるが、まだ未解読要素が莫大にある。こうして生命科学と地球科学に新たな接点が見え始めたので、各地理的条件と物理化学的環境と分子レベルの進化の相互依存性解明など、学術的な生命地球進化論の発展が期待される。

(5) 地震の発生
 地球内部のテクトニクス研究は、地震発生を地球内部の透視用音波源に利用して、時間尺度の極めて大きい地球変動解明に手段のひとつとして使うものであった。一方、地震発生そのものは、テクトニックな場における固体力学的な破壊という力学現象としての研究対象であった。しかし、秒スケールの地震発生現象にも、水の存在が場の物理的、物理化学的な前駆過程を支配し、かつ地震発生の直接的な引き金として働く、という重要な役割をもっていると考えられるようになった。
 地震を発生場所で大きく分けると、陸域地殻の中深部でおきる浅発地震(20〜30km)と沈み込むプレートとその近傍で起きる2グループ(<300km及び500〜600km)の深発地震がある。浅発地震が発生する地殻の上部と下部の境界面付近では350℃付近を境界として、流体の水の存在を示唆する弾性波反射層(ブライトレイヤー)や高電気伝導度層が各地域で観測され始めた。ここに存在する水は脱水反応によってマントルから供給され、いずれは地表に抜けて行くか、冷却にともなって水和化合物として固定される宿命にある。また、超臨界状態にある水は、圧力と温度の高い深部では地殻の主成分である石英の溶解度が著しく高く浅部では非常に低い。したがって岩石の組織中の微小割れ目を水が静かに上昇すれば、ある深度以浅では石英の析出による目詰まりで水を通さないシールができ、深部には流体の貯留層ができる。この構造はさまざまなタイプの不安定性をもつので、その動きを引き金にして地震発生をもたらす場が形成されることになる。
 一方、沈み込むスラブ中に期待される多数の脱水反応を調べた最近の研究(3)によると、深発地震の発生深度の温度圧力条件には脱水反応があり、2グループの中間の地震が少ない深度には脱水分解反応がほとんど存在しないという見事な対応が見出された。これは水の存在が地震発生に密着していることが確認されたことになる。また、流体が介在して発生すると推定される低周波地震が、最近プレート沈降域の地殻深部に見つかって、ほとんどの地震発生に水が関与しているとの確信が広がりはじめた。これは地震発生の前駆過程や機構を解明する重要な手がかりが見えてきた、ということである。その最近の状況は、‘科学’の特集号(4)にまとめられている。しかし、実際に地震発生にいたるには多様で多数の複合過程が想定されるので、その特定がこれからの課題である。

(6) 地震発生場の監視観測と予測
 1970年代に予知を目指す地震学者を興奮させたディラタンシーディフュージョンモデルは、震源域を通過する地震波速度変動観測の精密化によって棄却されたかに見えた。このモデルは流体(水)の力学的効果だけを考慮したものであった。しかし、水の解離で生じる水素イオンのもつ著しい化学的活性がもたらす物理化学的効果は、流体の力学効果を修飾しながら、地震波速度だけでなく各種の物性に多様な構造敏感性を発現させると予測される。現実問題に対応するためには、構造敏感物性を二つに分けて考えよう。地震場の時間発展過程を支配する岩石の流動性や水の浸透率など、場の状態や過程を支配する“支配物性”には不安定性があり、場の不均質性との相互作用をしながら時間発展するはずである。この支配物性を観測的に捕捉するのは容易でないが、弾性波や電磁波の伝播特性を決める物性と波の自発的放射特性は観測できる“観測物性”である。観測物性は支配物性とともに時間発展するはずだから、その相互作用の解明とダイナミクスモデリングを併せて、深部にある地震発生場の実態を地表からの遠隔監視観測の対象にすることができる。
 高度に非線形性(カオス)をもつ個別地震場の時間発展の理解と予測には、その適切な特徴を的確に監視することが愚直だが最も健全なアプローチであろう。その“適切な特徴”の把握と“的確な観測手段”の開拓について、われわれはレビューワーとしてでなく研究者としていずれ報告する予定である。想定地震発生場を地表から覆うことのできる内陸地震の場合には、ブライトレイヤーなどの3次元構造の解析とその時間変動監視観測は容易であろう。日本列島にあるプレート間地震の想定断層面は、東海地震を除いてすべて海域にあるが、精密監視観測もできないことではあり得ない。地震発生場の継続的遠隔観測の蓄積による地震発生過程の把握によって、地震発生の予測精度の向上、ひいては制御までを夢でなくするのは21世紀の課題である。

熊澤峰夫
丸山茂徳

文献
(1) M.ギボンズ編:現代社会と知の創造−モード論とは何か、小林信一監訳、丸善ライブラリー(1997)
(2) 唐戸俊一郎:レオロジーと地球科学、東京大学出版会(2000)
(3) S. Omori et al. : Morphology of the intraslab seismic zone and devolatilization phase equilibria of the subducting slab periodotite. Bull. ERI, 76, 455 (2002)
(4) 2月号特集「地球の中で水は何をしているのか」:科学、72、169(2002)』


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