3−4 基盤の確立−刷新的手法の開拓導入
これまで見てきたように、意外性のある事実の発見とか、地球変動のシナリオを語るテクトニクスモデルなどの提案は、研究者の知的好奇心と野心を励起し、新しいアイディアや研究動機の形成に大きな役割を果たす。一方、洞察の効いたモデルやアイディアの提案があっても、その検証のためには、信頼できる新しいデータやその取得にしっかりした基盤を必要とする。それがないと、モデルは思いつくまま、無限に作れてしまう。一見地味だが決定的な役割を果たすこの基盤の開拓には、研究の手堅い推進に格段の役割を担っている。「科学」に公表された論文の数はすくないが、その重要性を考慮し、ここに一つの節を設けた。
最近のトピックスとして、地球ダイナミクス研究のお手本のような発見が須田ほかによって報告されている。地球内部の地震波トモグラフィーには、縦波や横波のように伝播する実体波を使うのが普通であるが、地球の長周期の固有振動を使う方法がある。その方法では、最近地球上に広く分布させた高感度観測網で得る雑音振動記録から、振幅が0.1nm(=1オングストローム!)程度の極微弱な固有振動の検出と解析をするのである。だが、その妨害になる雑音の緻密な解析から、大気や海洋の波による地球全体の固有振動の励起が明らかになったのである。大気のような薄衣が巨大な固体地球を常時ゆさぶっている、という意外性のアル発見には、雑音や波動のデータから重要な情報を抽出解読する解析理論に加えて、近代的な観測網の確立と整備が基盤にある。プルームテクトニクスモデルの形成に資した地球内部のトモグラフィーの精密化も、このような基盤に支えられている。同じような事例は、GPS(人工衛星測位システム)という新技術の開発と実用化にもみられる。多田ほかはGPS観測データに基づいて、日本列島が1枚の剛体的なプレートとして挙動していないことを定量的に示した。日本列島は最大で年間cmオーダーの伸び縮みをしている。
地層の放射年代測定は地球の歴史の解明に不可欠の手段であるが、市販の汎用装置のマニュアルを読んだだけでは目的を果たせない。年代測定の研究は装置の非常に細かな技術的な問題にまで研究者自身が関わって初めて成立する。高分解能で精密な分析も同じである。要するに手段としての技術の開発と、目的としての研究に上下や優劣を感じない強い目的意識と展望を持つ必要があるだけでなく、さらに技術も必要とする仕事である。このような開発研究の具体例が、平田、圦本、高野の各論文である。
太古代に遡って歴史を解読するのに精密なU-Pb年代測定技術などは欠かせない。日本はこの面でかなりの遅れをとっていたが、平田はそれを一気に回復し、世界のトップレベルを目指す技術開発を短く紹介している。それはミクロンレベルに絞ったレーザービームを用いて、プラズマ化したサンプリング試料を、多重検出方式を採用した質量分析計で測定する。排気系からイオンレンズまで、すべての技術要素の愚直な改良の積み上げによって、Re-Os微量同位体の分析感度世界一を達成した。
二次イオン質量分析計の設計思想までを再吟味して、走査型同位体顕微鏡の開発を達成したのが圦本である。太古代のジルコン結晶や隕石中の微小鉱物粒部の内部をミクロンレベルの分解能で作成する同位体分布図は、鉱物の成長と変成過程におこったさまざまなイベントを鮮やかに示すことができるようになった。
高野は、10mにも及ぶ長い連続縞状堆積物の試料の元素分析を、高分解能で効率よく連続的に取得する走査型蛍光X線分析顕微鏡を開発した。これは、測定試料の寸法から研磨加工方法までを規格化し、0.05mm程度の分解能で、主成分と微量成分元素のプロファイルを空気中で自動的に得ることができる。これによって、38億年前の海底堆積物から、CrやPが濃縮する特異なイベントの存在が発見されている。注目すべき技術開発として、堆積岩中に含まれる微量有機物の走査型ガスクロマトグラフィが鈴木徳行によってなされた(鈴木徳行:堆積有機物の計測と解析、環境計測の最先端、小泉英明編、三田出版会(1998)pp.209-219)。これは生命の進化や環境変動を解読する新しいアプローチを提供するものであろう。』