田中勝久(1995):沿岸・河口域のリン循環過程におよぼす土壌物質の影響南西水研研報No.28、73-119.


(Abstract)
目次
第T章 序論
第U章 懸濁土壌物質、底泥中の形態別リンの分別と吸着態リン酸の定量法
 方法
 結果と考察
  吸着態リン酸の定量法の検討と吸着態リン酸量の変動
  増水時懸濁土壌物質と河口表層泥の形態別リン組成
第V章 沿岸・河口域における土壌吸着態リン酸の挙動
 第1節 河口・干潟域における土壌物質の挙動と溶存リン酸分布
  方法
  結果
  考察
 第2節 河口域の土壌物質による溶存リン酸濃度の吸着平衡作用
  方法
  結果
  考察
第W章 河川からの懸濁態リン負荷の実態
 方法
 結果
  河川増水時の懸濁土壌物質負荷の実態
  増水時負荷土壌物質の形態別リン組成
 考察
第X章 内湾域表層泥中の形態別リン組成と無機態リン循環
 第1節 広島湾湾奥部表層泥の形態別リン組成
  試料と方法
  結果と考察
 第2節 大阪湾表層泥の形態別リン組成
  試料と方法
  結果と考察
 第3節 別府湾表層泥の形態別リン組成
  試料と方法
  結果と考察
第Y章 総括

摘要
 河川増水時に海域に負荷される懸濁土壌物質の形態別リン組成に関しては、その重要性が指摘されているにも関わらず研究はほとんどない状況にあった。また、富栄養化した内湾域底泥からのリンの溶出源の究明が室内実験を中心に進められた結果、貧酸素環境下では底泥中の有機態リン(Org-P)よりむしろ無機態リンが溶出源であることが示された。しかしながら、この無機態リンの起源や内湾域への負荷過程については、無機態リンを大量に含む河川負荷土壌物質の特性の理解なしには不可能であり、その解明が待たれていた。
 本研究では、河川増水時に海域に負荷される土壌物質の形態別リン組成とその負荷過程、ならびに、土壌物質中の無機態リンの海域における挙動の解明を目的とした。得られた成果の概要は以下のとおりである。
 海水で土壌物質から吸着態のリン酸を繰り返し洗い出し、溶脱するリン酸の総量(吸着態リン酸量:Ads-P)を求める方法を開発した。増水時に河口域に負荷される懸濁土壌物質からの吸着態リン酸の溶脱量は塩分の増加とともに増加する。土壌物質は吸着平衡作用により河口低塩分域の溶存リン酸濃度変化を緩衝する働きを行い、河口高塩分域では、土壌物質からの吸着態リン酸の溶脱が進行する。
 広島湾とその湾奥部に流入する太田川をモデルとして、土壌物質の河川からの流入過程の実態を調査した結果、太田川増水時に海域に負荷される懸濁土壌物質の発生源は、河道内に堆積した土壌物質の流出より、陸上表土の降雨浸食による河川への直接の流出の割合が高いものと推定された。また、土壌物質負荷の大部分は年間数日間の集中豪雨時に負荷され、太田川増水時の高濁度土壌物質によるCitrate-Dithionite-Bicarbonate抽出リン(CDB-P:Ads-Pおよび鉄結合型リン)の負荷量は、広島湾への排水負荷原単位計算によるリン流入負荷量の68%に達し、そのうちAds-Pは、平均してCDB-Pの50%以上を占める。一方、全国の主要な河川において増水時河川懸濁物中のCDB-Pは全リン(Total-P)の25〜56%を占める主要な成分となっており、その負荷量は懸濁態有機リンに匹敵、もしくはそれを上回るものと推定された。
 梅雨増水期の広島湾では河川から負荷された懸濁物のCDB-Pは、海域に堆積する過程で、まず大部分のAds-Pが塩分変化にともなって溶脱し、CDB-Pのうち好気的条件下で溶脱しにくい画分(Reductant soluble phosphate:Red-P)が底泥に蓄積するが、Red-Pは貧酸素水塊の形成されやすい河口域から湾内に拡散する過程で溶出し、濃度が低下する。一方、溶存酸素濃度の高い沖合では、溶存リン酸の底泥から底層水への負荷は、一次生産起源のOrg-Pの分解にともなう溶出が中心で、溶出した高濃度の間隙水中のリン酸は表層泥に吸着・蓄積する。
 夏季の大阪湾河口貧酸素水域で急激な濃度の減少が認められるのはCDB-Pのみであり、貧酸素河口域におけるリン酸塩の溶出源が主に河川起源のCDB-Pであることが明らかになった。別府湾深部無酸素環境下では、表層泥中のCDB-P濃度の低下が還元環境下でのCDB-Pの溶出によるものと考えられ、沈降粒子中の易分解性有機リンは沈降過程で、または沈降初期に分解され、底泥中ではその後のOrg-Pの分解はほとんど進まないものと推察された。
 NaOH-P(Al結合型リン)は、CDB-Pと同様に河川負荷の影響を受け河口域で高く、沖合では含泥率の低下にともない次第に濃度が低下するが、CDB-Pの場合とは異なり、貧酸素環境下でも顕著な濃度低下は認められなかった。従って、これらは貧酸素環境下でもCDB-Pに比較して安定な成分であるものと考えられる。また、1N-HClで抽出されるアパタイト型リンは細粒砂質域で高濃度となる傾向が認められた。』

謝辞
文献

図2-1.Williams et al.(1976)の方法に倣った無機リンの分別法.(元は図)

試料

処理

分別リン画分
試料 0.1-0.2 g 0.22M sodium citrateクエン酸ナトリウム
0.11M sodium bicarbonate炭酸水素ナトリウム
0.2 g sodium dithionite亜ジチオン酸ナトリウム
85℃で20分間
Watanabe and Olsen(1962)の方法による
CDB-P
残渣 1N NaOH水酸化ナトリウム
25℃で16時間
アスコルビン酸還元法による
NaOH-P
残渣 1N HCl塩酸
25℃で16時間
アスコルビン酸還元法による
HCl-P
残渣


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