山脇道夫・山名 元・宇根博信・福田幸朔(2005):特集 トリウム燃料サイクルの研究開発と動向 高い核拡散抵抗性と優れた特性を有するトリウム燃料サイクル(第1部)日本原子力学会誌47(12)、802-821.
山脇道夫・山名 元・宇根博信・福田幸朔(2006):特集 トリウム燃料サイクルの研究開発と動向 高い核拡散抵抗性と優れた特性を有するトリウム燃料サイクル(第2部)日本原子力学会誌48(1)、20-34.


T.緒言
U.Th燃料サイクルの特長とその利用
 1.緒言
 2.核拡散性抵抗性の観点から
 3.環境適合性の観点から
 4.資源性の観点から
 5.核的な特性の観点か
 6.燃料性能の観点から
V.Th利用炉の概念と動向
 1.Th利用に係る過去から現在の流れと最新動向
 2.軽水炉におけるTh利用
 3.高温ガス炉におけるTh利用
 4.熔融塩炉におけるTh利用
 5.加速器駆動未臨界炉におけるTh利用
 6.核融合ハイブリッド炉におけるTh利用
 7.重水炉におけるTh利用
 8.高速炉におけるTh利用
 9.インドにおけるTh利用
 10.Th 利用炉に関連した炉実験物理の動向
参考文献

第1 表トリウム利用の特長

1.核不拡散性の観点から

  • 核物質に同伴するγ 線が強く核兵器利用に不向きなこと
  • 核物質の発熱性が高く,核兵器利用に不向きなこと
  • 核分裂性核種の単独抽出の可能性が低いこと
  • 核物質の検知性が高いこと

2.環境適合性の観点から

  • TRU 核種の生成量が少ないこと
  • したがって,高放射性廃棄物の放射線毒性を低くできること
  • したがって,Pu の燃焼やMA の燃焼の効率がU 母材を使う場合より良いこと

3.資源論の観点から

  • Th の世界的埋蔵量が豊富で分布が広範であること
  • Th の採掘・精錬が極めて容易であること
  • Th 採掘での放射性残滓の発生が少ないこと
  • 溶融塩炉の場合,核物質インベントリーが小さく倍増時間を短くできること

4.核的特性の観点から

  • 233U の再生率(η )が熱および中速域で高く,熱炉での増殖が可能であること
  • 232Th の熱領域での捕獲断面積が高く,親物質として優れること
  • 233U の炉内(in..situ)燃焼に向くこと

5.燃料性能の観点から

  • ThO2は化学的に極めて安定であり,照射に対する耐性が強いこと
  • ThO2の熱伝導度および融点が高く,熱膨張は低く,燃料設計の裕度を高めること
  • ThO2は核分裂生成物の保持性が高いこと
  • 照射耐性が高く,核的にも高燃焼度燃料に向くこと
  • ThO2はU やPu の固溶性が高いこと
  • ワンススルー利用の場合,廃棄物としての特性が良いこと

  • W.トリウム燃料の特徴
     1.酸化物燃料の特性と特徴
     2.酸化物燃料の製造の特徴
     3.その他のTh燃料の特徴と製造法
     4.Thフッ化物熔融塩燃料の特徴
    X.トリウム燃料の再処理技術
     1.湿式再処理法
      (1)ThO2の硝酸による溶解
      (2)抽出フローシート
      (3)Paの問題
     2.Th溶融塩燃料の乾式再処理
    Y.トリウムサイクルの経済性評価の現状
    Z.結言
    参考文献


    Z.結言

     トリウム(Th)燃料サイクルの特徴は,エネルギー資源的にはウラン(U)より3〜4倍は多く存在し,採掘容易で安価な資源が広く存在していると見込まれることが挙げられる。この特徴に加え,近年では核不拡散性,環境適合性上の特長が強調されるようになった。核不拡散性は,233U に同伴する232U の娘核種に強いγ-放射体が含まれることに起因しており,検知容易性,取扱い上遮蔽必要性,発熱による核兵器化困難性などをもたらしている。環境適合性は,高レベル放射性廃棄物となる超ウラン元素(TRU)の生成が極めて少ないことによる。
     Th の性能の点では,U,Pu に比べ,融点,熱伝導率などの熱的特性が優れているほか,4価のみ安定で酸化物ではThO2のみ生成し,しかも熱力学的に安定性が高いことなど,燃料として好ましい特長を持っている。ただこの点は,再処理では硝酸溶解性が悪いという欠点につながりかねないので,硝酸にHF を微量添加することが考えられ,その場合,容器腐食の問題を避けるため,MgO の燃料への添加,フッ化物イオンのマスキング,
    HF に替わりNaF の添加などの対策が考えられている。再処理には湿式法に加え,フッ化物や塩化物溶融塩による乾式再処理も検討され有望なシステムの提案もなされている。
     Th 利用原子炉として多くの炉型が提唱されているが,軽水炉では燃料増殖が実証された後,高燃焼度化や余剰Pu 燃焼等を目指してシステムの研究が続けられており,多くのシード-ブランケット方式のコンセプトが提案されている。高温ガス炉では酸化物,炭化物のTh燃料利用が実証された後,種々のオプションが検討されてきた。溶融塩炉ではORNL でMSRE の運転実績が積まれ,MSBR の設計が行われた後,多くの設計概念が
    提案され,Generation Wでも検討対象に選ばれている。加速器駆動未臨界炉では,ルビアらによる「エネルギー増殖装置」概念においてTh を用いて燃料増殖とエネルギー生産,さらにTRU の核変換処理を組み合わせるシステムの提案がなされたのに続き,種々の概念が提案されている。重水炉では,インドとカナダが熱心に検討しており,特にインドではPHWR でのTh 利用の実証が行われた。高速炉での利用は,インドで本格的に開発が
    進められているほかは,研究が多くないが,Th 利用の新分野として注目される。その他,核融合炉とのハイブリッド炉への利用の提案などもある。
     Th 燃料の経済性評価については,フロントエンドコストの増加を高燃焼度化によるサイクルコスト低減によりどれだけカバーできるかに集約されるケースが多い。既存軽水炉にTh 混合酸化物燃料を使用するケースの経済性評価の結果によれば,現行U 燃料に匹敵する経済性を達成できる可能性が示されており,注目に値する。
     Th 燃料サイクルを導入するためには,現行インフラストラクチャの変更は不可避ではあるが,本質的に新しい技術開発の必要性はないこと,その経済性評価によれば現行U 燃料サイクルにコスト的に匹敵しうる可能性があること,などを考慮すれば,核拡散抵抗性,環境調和性などTh 燃料サイクル特有のメリットを生かすため,またグローバルな視点からの有効性にも注目するならば,今後の原子力エネルギー開発におけるひとつの重
    要なオプションとして,十分な検討に値する対象であると結論できよう。


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