水収支研究グループ(編)(1993)による〔『地下水資源・環境論』(1-4p)から〕


1.1 日本の地下水利用の現況
A. 水利用に占める地下水の役割

 水の惑星とよばれる地球には約14億km^3の水が存在しているという。その約97%は生命をはぐくんだ海水で、のこる3%が陸上にある淡水である。しかし淡水の約70%は極地方や高地に雪氷となって固定されており、地表水や地下水などとして存在する利用可能な淡水量は、地球上の全水量のわずか0.8%にすぎない。このわずか0.8%の淡水が、動・植物の生命を維持するうえできわめて重要であることは論をまたないが、人類にとっては生産活動のさまざまな段階で必要不可欠な資源のひとつとなっている。
 陸上の淡水は海洋から大気を経由した水の循環の過程で、降水のかたちで大気から補給され、河川水・地下水となって海へ流出したり、あるいは蒸発散でふたたび大気にもどっていく。このように陸上の淡水は循環性をもっており、つねに更新される性質をもっているが、同時に供給が降水量で規定される有限な資源でもある。さらに地表水にはさまざまな水利権が設定されており、これらの既得水利権による水利用の制約、すなわち社会学的な有限性も存在していることもわすれてはならない。近年、首都圏をはじめとした、多くの地域で多発する渇水も、水資源の社会学的・自然科学的な有限性の反映ともいえる。地下水も、陸上に存在する淡水の一形態であるとともに、地下水そのものが地球上の水の循環系の一環をなしている。
 最近の資料によると日本列島の年平均降水量は約1,750mmといわれ、世界の都市の平均降水量約970mm(1977年)を大きくうわまわっている。しかし日本は国土面積が狭いうえに、山地部が多く、さらに人口密度も高いことから、ひとりあたりの年平均降水総量は5,500m^3となって、世界平均34,000m^3の18%にもみたないほど少量となってしまう。さらに河川こう配が急であるために、降水量の多くは洪水となってすみやかに海に流出してしまい、利用可能な水量はそれほど多くはない。
 降水量は年ごとにかわり、また季節によっても、地域によってもことなるため、利用可能な水量も大きく変化するが、ここではこのような降水のかたよりを無視して、日本列島全域における年間の水の流出・流入と利用の状況、すなわち水収支の大略をみてみることにしよう。
 図1.1(略)にしめすように日本全土で、降水でもたらされる水の総量は先の年平均降水量に日本の国土面積38万km^2をかけた値で、6,600億m^3/年となる。このうちの1/3にあたる2,200億m^3は蒸発散で大地の表面や植物をとおって、大気にもどると考えられるので、のこる4,400億m^3が陸上への実質的な供給量である。しかしこの供給量のうち、ダムなどで制御可能な水量は河川流出量の半分の2,200億m^3と推定され、のこる2,200億m^3は洪水となっていちどきに海に流出してしまう。降水のうちの地下水転化量はきわめて概略的であるが、113億m^3程度と推定される。
 以上が日本列島の水収支の収入にあたり、支出、すなわち各種用水の利用状況は次のようになる。用水の代表的なものは農業用水・工業用水・生活用水の3種で、これ以外にも、水産用水・消・流雪用水・発電用水、あるいは建築物の水洗便所・冷房用に利用されるいわゆるビル用水、などがある。
 ところで用水とは自然物である水(地表水・湧水・地下水)を、さまざまな施設(水利施設)をとおして、人間がつかえるように加工した水で、それまでの過程で費やされた、人間の労働がくわわったひとつの生産物である。そして工業用水や発電用水などは原材料に相当する生産材であるのにたいし、生活用水は最終消費財に相当している。したがって用水には当然生産価格があり、商品としての価値も付与されるわけであるが、生産材と消費財という相違にくわえて、企業に有利なかたちで用水生産がおこなわれていると佐藤武夫はのべている。一例として1987年現在の水の価格についてみると、上水道基本料金の全国平均は1m^3あたり113円で、給水人口がすくないほど高くなるのが一般的であるのに反し、工業用水は17円/m^3で、上水道用水のほぼ1/7程度である。
 さて農業用水をはじめとする各種用水の利用量は、資料によって多少のちがいがあるが、表1.1にしめしたように合計985億m^3にもたっすると推計される。このうち、地表水の利用量が787億m^3、地下水のそれが197億m^3である。地表水の利用率は利用可能な河川流出量(2,200億m^3)の35.8%にとどまっている。山地が多く、急流河川の多い日本ではダムの貯水効率はひくく、今後とも利水施設の建設も用地難のために進捗せず、河川水の利用率の大幅な向上は期待できそうにない。

表1.1 日本の水利用量一覧−水使用量(億m^3/年)・地下水依存率と水源別の用途別比率(%)(農業用水:国土庁・科学技術庁資源調査会;工業用水:通商産業省;生活用水:厚生省生活衛生局水道環境部編;消・流雪用水・ビル用水:国土庁;温泉用水:環境庁自然保護局施設整備課:水産用水:農林水産省統計情報部)

種別 農業用水 工業用水 生活用水 消・流雪 ビル用水 温泉用水 水産用水 合計
表流水など 547.5(69.5) 63.3( 8.0) 103.5(13.1) 9.7(1.2) - (0.0) - (0.0) 63.9( 8.1) 787.9
浅層地下水 24.2(31.3) 9.6(12.4) 23.6(30.5) 0.7(0.9) - (0.0) - (0.0) 19.2(24.8) 77.3
深層地下水 13.3(11.1) 31.9(26.7) 21.7(18.1) 0.0(0.0) 11.5(9.6) 10.0(8.4) 31.2(26.1) 119.6
地下水合計 37.5(19.0) 41.5(21.1) 45.3(23.0) 0.7(0.4) 11.5(5.8) 10.0(5.1) 50.4(25.6) 196.9
合計 585.0(59.4) 104.8(10.6) 148.8(15.1) 10.4(1.1) 11.5(1.2) 10.0(1.0) 114.3(11.6) 984.8
依存率(%) 6.4 39.6 30.4 6.7 100.0 100.0 44.1 20.0
 地下水利用量は全体の水利用量の2割にすぎないが、これは地下水が地表水に比較して、単一の施設による利用可能量がいちじるしく制限されているからである。したがって地下水は補助水源として利用されることが多いが、さまざまな特性をいかした積極的な利用も増加している。
 地下水の特性、あるいは長所としては、つぎの5点をあげることができよう。すなわち@水質が良好なこと、A恒温性があり、おもに低温であること、B慣行水利権などによる制限がすくないこと、C取水費用が低廉であること、D平野部ではたいていのところで比較的手軽に利用できることの5点である。この特性をいかして、工業用水・ビル用水を中心に、とくに第2次世界大戦後の復興期からさかんに地下水を利用してきたため、地盤沈下に代表される各種の地下水障害をひきおこしてしまった。
 地下水利用上の問題点は、地下水揚水量がかん養量をうわまわっていることである。現在、地下水揚水量はかん養量を80億m^3/年程度うわまわっていると思われ、その赤字の大部分は被圧地下水で生じている。この地下水の赤字分を、ごく簡単に不圧帯水層におきかえて、日本全土の水位低下量に換算してみると、有効間げき率が20%の帯水層の場合、10cm/年の水位低下が生じている計算となる。なお、この水収支の結果を過去の計算事例と比較すると、水産用水と温泉用水をくわえたぶんだけ赤字幅が大きくなっているが、不圧地下水の収支はほぼ均衡がとれている勘定になる。
 地下水は地表水にみられないすばらしい性質をもっており、古くから人間に利用され、生活にうるおいをあたえ、人類にかぎりない恵みをあたえてきた。しかし地下水の値段がやすいこともあり、これまではほうらつに利用してきたため、人間の社会生活にさまざまな障害をあたえてきた。地下水の基本的性質をしり、人間のはたらきかけにたいする地下水の挙動を科学的に解明することが、地下水を、将来にわたる貴重な資源として活用していくことにつながるのである。
 以下、日本における各種用水の利用状況についてのべることにする。』