高橋(1998)による〔『水循環と流域環境』(265-268p)から〕


目次

7.1 水循環と水環境と水資源
 水とわれわれの関係は、ある場合には水環境(water environment)、また水資源(water resources)、さらには水社会から水文化に至るまできわめて多様である。しかし、いずれの観点に立っても、それを貫く際立った特徴は「水はつねに循環している」点である(図7.1:略)。循環することによって、水は所を変え、姿を変え、多様にわれわれと接触する。その接触のどの場面も水循環(water cycle)の一過程である。それを確認して水と付き合うことこそ、水循環保全の第一歩である。
 明治以降われわれは、洪水によって暴れる水を、現代科学技術によって抑制することに多大な精力を傾倒した。第二次大戦以後の高度経済成長時代には、水はもっぱら資源として開発の対象となった。これらの水への対応において重視すべきは、水が自然界において妙なる循環過程を通して、われわれと深い関係を持っていることである。すなわち、水は循環系を形成することによって、物質移動や生態系に決定的ともいえる影響を与えているのである。換言すれば、水循環系の営みによって、生物の生命活動とその多様性は維持され、あるいは気候を和らげ、自然の浄化作用を促進している。人間との直接的関係からみれば、人類の文明はまず大河のほとりか地下水の豊かな地点から誕生し、水を介して人々の交流が始まり、水への接近が生活に潤いと安らぎをもたらした。やがて自然界の水循環に育てられて、それぞれの地域固有の水文化が栄えた。一方、水産業、交通路、そして産業の糧としての水との関わりが、経済の発展を支えた。このような広範囲かつ多面的な水との付き合いにおいて、われわれは、水を資源としてあるいは部分的な環境としてのみ捉え、それらによる恩恵が、水の循環によって享受されていることを十分に認識していなかった。つまり、水循環系の維持と保全こそが、われわれが尊重すべき自然の摂理の基本だったのである。しかし、開発の世紀ともいわれる20世紀において、水循環と開発や生活との密接な関連への配慮が不十分であった。
 われわれが生活向上を求めて土地利用や水利用を高度化すれば、自然の水循環に影響を与える。その影響がある限度を越すと、さまざまな異変が生じ、われわれの生活を脅かす。都市水害の頻発、地下水位低下や地盤沈下がその典型である。そこで、健全な水循環の復元が求められる。ここに、健全な水循環とは、次の諸条件を満たすものと考えられる。
 1 人間にとって安全にして快適であること、すなわち、洪水氾濫を押え、飲用、農業、工業用水などの水利用を適度に充たし、潤いと安らぎを与え、すぐれた河川湖沼景観を提示することなど。
 2 自然の本来の水循環への復元、すなわち、開発などによって変化してしまった水循環を少しでも修復して本来の水循環へと近づけること。
 3 多様な生物群との共生、本来それぞれの地域ごとに生育されていた生態系を維持できる流量、水質、河床や護岸、水辺などの連続性の確保。
 4 持続的発展を保証できること。

 水環境とは水に関わる環境であり、水域の水量および水質、水辺空間、生態系、さらに景観などの要素を含む概念である。健全な水循環を保つことが、水環境向上の条件でもある。
 水資源とは、開発によって利用できる水を総称する。従来、ダムや堰建設など、河川開発によって生み出される水をもっぱら水資源と考えていたが、技術の進歩、社会情勢の変化によって、開発や利用の対象は変わって行く。現在は水資源の需給および技術をめぐる状況が転換期にあり、水資源の実質的内容が変わりつつある(図7.2:略)。ここに循環資源としての水の特性が活かされる。元来、水はどのような状態にあろうと、水資源開発の対象となり得る。河川開が、最も有利で唯一の水資源開発であった時代が終り、水資源開発の可能性は多様になってきたといえる。したがって、河川湖沼の水のみならず、雨水から下水処理水、さらには淡水化の対象となる海水に至るまで、水開発の可能性が生じた段階で水資源ということができる。』