”The Weight of Nations”「国家の重さ」
マテリアルフローの国際比較に関する共同研究報告書の出版について  http://www.env.go.jp/press/press.php?serial=1330

 環境省の『報道発表資料』の中のページ(平成12年10月18日)。




環境省の『報道発表資料』の中の『マテリアルフローの国際比較に関する共同研究報告書の出版について』(平成12年10月18日)から〕

「国家の重さ−工業経済諸国からの物質の排出―」序文(仮訳)

 「国家の重さ−工業経済諸国からの物質の排出−」と題するこの報告書は、世界資源研究所(WRI)と欧州・日本の共同研究者との間での注目すべき協力の2つめの産物である。我々の仕事は、工業経済諸国における物資の流れを記述し、貨幣単位の国民経済計算とともに使えるような国家の物量勘定体系を構築することであった。加えて、我々は国内総生産(GDP)のような経済指標を補うような、マテリアルフローに着目した指標の開発を進めてきた。

 標準的な経済指標、すなわち経済の中での貨幣のフローの勘定は、経済活動の環境に対する帰結や環境面での含意について不完全な情報しか与えることができない。より環境効率が高く、長期的に持続可能な経済の発展に向けての進捗状況を監視できるようにするには、新たな情報ツールや計量尺度が緊急に必要である。指標は、経済の貨幣的側面だけでなく、物理的側面も計測すべきである。

 本質的に、経済成長は持続可能な発展に対して挑戦的である。経済生産の継続的な成長が経済への投入される資源量と産出される排出物の継続的な増加を意味する限り、人間活動の自然環境への悪影響を封じ込めることには僅かの望みしかない。

 今後50年の間に、世界人口は50%増加し、地球全体の経済活動は凡そ5倍に膨らむと予想されている。従来型の需要ベースの予測によれば、世界のエネルギー消費量は3倍近くに、製造業の活動は少なくとも3倍に増加するものとされ、これらの大部分が、発展途上地域の工業化とインフラストラクチュア整備によってもたらされる。また、従来型の予測によれば、世界全体の物資の流通量もまた3倍になることが見込まれる。これらの予測は(経済成長と物質の消費との)「分離(デ・カップリング)」の手段がありうることを示唆している。すなわち、経済成長の速度が資源消費率の増加率を上回ると予測されることである。しかし、エネルギーや物資の消費の300%もの増加は、大変な量である。経済成長が物資の流通量と実質的に分離されなければ、環境への負荷は急増するであろう。

 そうした分離が起こりつつあるかどうかを、どうすれば知ることができるだろうか。どうすれば部門部門について、分離を推進するための施策を企画し、その有効性を計測することができるだろうか。こうした問いは、マテリアルフローの包括的な計測が求められる例である。よい指標があれば、物的なフローを正確に計量し、これを経済フローと対比することができるようになる。

 1997年の我々の第1の報告書(資源のフロー〜工業経済諸国の物的基盤〜〔Resource flows: The material basis of industrial economies〕)では、工業経済諸国への物資の投入量をとりまとめ、主なOECD加盟国(ドイツ、日本、オランダ、米国)の総物質需要量(TMR)が年間一人あたり45〜80トンに上ることを明らかにした。ある程度の量がリサイクルされたり、使用中のストック財(多くはインフラストラクチュアや耐久財)に加わることを除けば、投入された物資は汚染物質や廃棄物として速やかに環境へ戻され、潜在的に環境への脅威となる。

 今回の新しい報告書は、第一の研究の4ヶ国にオーストリアを加えて、物資の排出フローを記述することにより、マテリアルサイクルを完結させるものである。これらの国々はその大きさ、気候、資源の賦存状況、経済構造、ライフスタイルなどの諸点において違いがある。しかし、これら諸国の経済から環境への物の排出フローは、多くの共通点がある。

 人の健康にとって有害あるいは環境において有毒として知られるいくつかの物質の排出は、規制され、削減や安定化に成功してきた。その例として硫黄化合物、いくつかの重金属、塩素化合物、リンなどがあげられる。しかし、我々は多くの有害な、あるいは有害な可能性のある物質のフローが増大していること、とくに物資の加工や製品への製造段階よりも、物資の採掘段階(例えば鉱業)や使用段階、廃棄段階で生じる場合にそうした傾向があることを見出した。我々の見積もりでは、米国における燃料関連の有害物質のフローの推定値は1975年から1996年の間に25%も増加した。

 また、大気圏が、工業経済諸国にとっては他をはるかに凌ぐ最大のゴミ捨て場であることを結論づけた。排出フローの大部分を、化石エネルギー資源の採掘と使用に関するものが占めた。土壌侵食や土地の掘削といったバルクフローを除けば、二酸化炭素は5ヶ国の物質の排出フローの平均80%の重さを占める勘定となる。また、これには増加傾向がみられる。埋立処分地に送られる固形廃棄物の量は安定傾向で推移したり、いくつかの場合には30%以上も減少してきた。こうした減少はリサイクルの努力によってもたらされ、あるいは捨て方の選択として焼却を選択したことで達成された。しかし、この方法は廃物の捨て場を土地から大気に移したにすぎず、大気の汚染に貢献することになった。

 工業経済諸国は、経済成長と物資流通量の間のリンクを断ち切ろうとしているだろうか。分離の証拠が強いか弱いかは、その計量の方法に依存する。研究対象とした期間の大きな経済成長にもかかわらず、投入される資源の量や産出される排出物の量は、一人当りでみればわずかな増加傾向であるが、経済生産高あたりでは劇的に減少した。資源産品の実質価格の下落傾向や、多くのOECD諸国で資源採掘や消費への補助金が継続していることを考えれば、分離の程度は注目に値するとみなせるかもしれない。また、工業経済諸国の性質の奥底にある構造的な変化の兆候かもしれない。

 しかし、経済成長と資源の流通量との分離が一人当りやGDP当りで生じているとしても、資源の消費や環境への排出物のフローの絶対的な量が成長を続けていることを理解することが不可欠である。従来型の廃棄物、排気や排水の量は、研究対象とした国では1975年から1996年の間に16〜29%増加した。電子取引の急速な発展やここ数十年に象徴的産業が重工業から知識・サービス集約型産業にシフトしたにもかかわらず、今回の研究対象国のいずれにおいても、資源需要量の絶対量の低減の証拠は全くみられなかった。

 発展途上国と先進国が共通にもつ経済発展の野望のもとでは、発展途上国が経済先進国と同じような物的基盤、すなわち同レベルの一人当りの資源消費を達成することが起こりそうに思える。先進国、発展途上国の双方の物質集約度が、先進国の現状よりもはるかに低いレベルに収束する場合においてのみ、気候変動のような地球環境問題解決の望みが出てくる。したがって、「脱物質化」の努力を政策課題として取り上げることは明快な主張である。また、先進国からの技術移転を加速し、発展途上国が旧来の汚染型、非効率な技術を一足跳びに改善できるようにする必要がある。

 この報告書に示された結果は、技術の進歩や経済の構造改革が経済成長の割合と物資流通量の成長の割合のかなりの分離には貢献するものの、資源の消費や排出物の総量の削減は達成できていないことを示している。それゆえ、「脱物質化」に向かうトレンドを加速し、環境にとって危険な物質をより環境にやさしい物質に代替することを奨励するために、明確な目標をもった政策の加速が必要である。

 我々は、WRIのこの共同研究への貢献と、この報告書の出版を可能ならしめた米国環境保護庁の支援に謝意を表する。また、スウェーデン環境発展協力庁、欧州連合統計局(EUROSTAT)、オランダ住宅・国土計画・環境省、日本の環境庁による地球環境研究総合推進費、オーストリア農林・環境・水管理省およびオーストリア運輸科学技術省の予算的支援を得たことを記して謝意を表する。

ジョナサン・ラッシュ(世界資源研究所長)
エルンスト・フォン・ワイツゼッカー(ヴッパータール研究所長)
大井 玄(国立環境研究所長)
ローランド・フィッシャー(オーストリア大学学際研究所所長)
へリアス・ウド・デ・ハエス(ライデン大学環境科学研究センター所長)


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