阿座上(1999)による〔『金属製錬工学』(1-6p)から〕


1.序章
1.1 金属製錬概説

 人類に金属が利用されるようになってから数千年の歴史があり、その種類も元素金属、合金を合わせると無数といってもよい程である。従ってそれらの製錬・製造の技術も性質に応じて変化に富み、複雑多岐にわたっている。
 周期表には100あまりの元素が記載されているが、そのうち、およそ80の元素が金属あるいは半金属といわれるものであり、かなり多数の元素が金属材料として実用されている。それらの中でもFeの生産量はとびぬけて多いが、非鉄金属のAl、Cu、Zn、Pbなどのいわゆる量産金属がこれに次いでいる。
 主な金属の全世界年間生産量と単位量あたりの市場価格とを両軸として図1.1(1)(略)に示す。両者の関係は最も大量かつ安価な鋼を起点としてやや幅広の曲線で示されるが、Au、Agなどの貴金属は希少価値以外に経済単位など貴金属としての特別な価値をもっていることが暗示されている。
 金属は鉱石その他いろいろな原料から取出されるが、合成樹脂や化学薬品などのように合成されることはない。従って金属を取出すプロセスすなわち製錬工程は目的とする金属と不要な物質とをわける工程であり、いわば分離工学ということができる。
 表1.1(2)(略)に元素の製錬からみた特性を考慮してまとめた周期表を示す。左端の点線で囲まれた1〜3族元素は、金属のうちでも反応性に富む卑金属群で、普通の還元方法による金属採取が困難なため、溶融塩電解などが用いられる。次の4〜10族は遷移金属群で一般に融点が高く、とくにMo、Wなど中央部でその傾向が強い。下段の第7周期には核燃料元素が並んでいる。遷移金属群の右下部にはAu、Agを中心として貴金属群が配列される。さらに12〜15族にかけて実線で囲んで示すように700K以下の低融点金属群が存在するが、これらは概して金属、化合物の蒸気圧も大きく、とくに12族のZn、Cd、Hgは製錬温度で蒸気として採取される。いわゆる蒸留製錬が適用される。この群と表右端に点線で囲んだ15〜18族の非金属群との間はいわゆる半金属、半導体元素群である。表1.1では製錬上問題となる金属元素にはそれぞれ記号をつけ、表の下に説明してある。これにより製錬特性や重要度を知ることができる。
 製錬工程は、それぞれの金属とその化合物の各種の性質を利用して組み立てられるが、基本となる反応は、通常酸化数の高い電気的に正の状態で存在する原料中の金属原子になんらかの方法で電子を与え遊離金属とする、すなわち広義の還元反応であり、この際、固−液、液−液など異相間の分配の関係を利用して随伴不要物質との分離がはかられる。分離はなるべく早い時期に効率良く行うことが大切で、製錬が分離工学といわれる理由もここにある。このような反応、分離を行うためにかなりのエネルギーが投入されるのが一般で、これらをまとめて円滑に金属を生産する工程を製錬(extractive metallurgy)と呼ぶ。
 製錬では金属の種類や状態に応じ、種々の還元法が行われる。すなわち、
 (1) 炭素質還元剤により MO+C→M+CO、MO+CO→M+CO2 のように金属Mを得る方法は酸化鉱またはこれに準ずる原料に広く適用され、Fe、Zn、Sn、Pbなどの製錬はこの例である。
 (2) 還元剤として水素を用いる場合がある。W、Mo、Niのように予備処理工程で精製された化合物から還元する場合が多い。
 (3) MX+Y→M+XY のように目的金属よりXに対する親和力が強い物質Yを用いることがある。Cr2O3のAl還元、TiCl4のMg還元や、Na還元など、金属還元剤の利用がこの例である。
 (4) 熱解離により金属を得ることもある。ニッケルカーボニルからのNi製造、Ni(CO)4→Ni+4CO はその例である。
 (5) 水溶液中での還元の例として、Cu2++2e-→Cu、Cu2++H2→Cu+2H+、Cu2++Fe→Cu+Fe2+ などがあり、電解還元、水素還元、置換還元にそれぞれ相当する。これらは湿式製錬の最終段階で用いられる。
 (6) 電位列で水素より著しく卑な金属は水溶液電解による採取は困難であり、溶融塩中での電解還元が行われる。氷晶石(Na3AlF6)にアルミナ(Al2O3)を溶解して電解し、Alを得るのはその典型例である。
 実際には上記のような金属への還元の前に、還元をやりやすくするために原料に高温あるいは水溶液中で種々の予備処理を行う。個々の金属の製錬工程はこのような予備処理と還元工程の組み合せで構成される。表1.2に主要金属の製錬法の概略をまとめて示した。
表1.2 金属製錬法の概要
金属 原料 予備処理 金属への還元 金属の精製
Na 塩化物 化学分離(NaCl) 溶融塩電解  
Mg 海水・塩化物
炭酸塩鉱
化学分離(MgCl2
か焼(MgO・CaO)
溶融塩電解
減圧下でFe-Siで還元
 
Al 酸化鉱 アルカリ浸出、化学分離(Al2O3 溶融塩電解 3層式溶融塩電解
Ti 酸化鉱 塩化処理・化学分離(TiCl4
化学分離(TiO2
Mg還元、Na還元
Al還元(Fe-Ti)
 
Cr 酸化鉱 精鉱
アルカリ焙焼・化学分離(Cr2O3
化学分離(NH4Cr(SO4)2・12H2O)
Fe-Si還元(Fe-Cr)
Al還元
電解
水素処理沃化法
Mo 硫化鉱 酸化焙焼・化学分離(MoO3 炭素還元(Fe-Mo)
水素還元
 
W 酸化鉱 精鉱
アルカリ焙焼・化学分離(WO3
炭素還元(Fe-W)
水素還元
 
Mn 酸化鉱 精鉱
硫酸処理・化学分離(MnSO4
炭素還元(Fe-Mn)
電解
 
Ni 硫化鉱
酸化鉱
混合硫化鉱
焙焼・マット溶錬・焙焼(NiO)
硫化鉱と溶錬・還元焙焼−浸出
アンモニア加圧浸出・溶媒抽出
炭素還元(Ni、Fe-Ni)
電解
水素による加圧還元
電解
Ni(CO)4の生成・分解
Co Ni、Cu鉱に随伴 上記のほか、硫酸化焙焼・沈殿・溶解分離・溶媒抽出 水素による加圧還元 電解
Cu 硫化鉱
酸化鉱
焙焼・マット溶錬(Cu2S・FeS)
硫酸浸出(CuSO4
溶媒抽出
転炉製銅
Feによるセメンテーション、電解
電解
Ag 自然銀、硫化銀
電解スライム
貴鉛
青化法(NaAg(CN)2
化学分離
Znによる溶融分離(Zn-Ag)
Znによるセメンテーション
灰吹
蒸留・灰吹
電解
Au 自然金
Ag電解スライム
青化法(NaAu(CN)2)
化学分離
Znによるセメンテーション 電解
Zn 硫化鉱
製鋼ダスト
焙焼・焼結(ZnO)
焙焼・硫酸浸出(ZnSO4)
炭素還元(蒸留)
電解
精留
Cd 煙灰、浄液滓 化学分離(CdSO4、CdO) Znによるセメンテーション 電解、蒸留
Hg 硫化鉱   蒸留(脱硫) 最蒸留
Si 酸化鉱 化学分離(SiHCl3
化学分離(SiH4)
炭素還元(Fe-Si)
水素還元
熱分解
帯溶融
Ge 製錬中間物 塩酸処理・化学分離(GeO2 水素還元 帯溶融
Sn 酸化鉱 焙焼 炭素還元 電解
Pb 硫化鉱
製錬中間物
焙焼・焼結(PbO) 炭素還元
相互反応による還元
電解
溶離、選択酸化、第3元素添加
Sb 硫化鉱 溶離(Sb2S3
揮発焙焼(Sb2S3)
Feによる還元
炭素還元
フラックス処理、電解
Bi 硫化鉱
製錬中間物
焙焼(Bi2O3)
化学分離(BiOCl)
炭素還元 フラックス処理、電解
Se 煙灰、電解スライム 化学分離(SeO2
揮発焙焼(SeO2
SO2による還元 蒸留

 燃料の燃焼あるいは電熱などによる高温状態で行う製錬操作を乾式製錬(pyrometallurgy)と呼び、一方常温近くで水溶液など溶媒を用いて抽出したり置換したり還元したりする製錬法を湿式製錬(hydrometallurgy)という。これらのうち、電熱や電解を利用する製錬法をまとめて電気冶金(electrometallurgy)と呼ぶ。
 製錬全般に関する参考書を章末12頁に示した(3)〜(14)。』

参考文献(関係分のみ)
(1) 金属時評編集部編:新金属データブック、ホーマット・アド、(1998)、稲垣勝彦、日本鉱業協会技術部:私信、他。
(2) C.W.Dannatt and H.J.T.Ellingham: Discussion Faraday Society、 (1948)、 No. 4、 126。
(3) V.Tafel: Lehrbuch der Metallhuttenkunde、T(1951)、U(1953)。 
(4) 的場幸雄、渡辺元雄、小野健二編:金属製錬技術ハンドブック、朝倉、(1963)。
(5) 亀田満雄、矢沢 彬:冶金物理化学と製錬基礎論(吾妻 潔他編)、朝倉、(1960)。
(6) T.Rosenqvist: Principles of Extractive Metallurgy、McGraw Hill、(1974)。
(7) J.D.Gilchrist: Extraction Metallurgy 2nd ed.、Pergamon Press 、(1979)。
(8) A.D.ポゴレールイ著、鈴木隆三訳:製錬法の理論、アグネ、(1973)。
(9) P.Hayes: Process Selection in Extractive Metallurgy、Hayes Publishing、(1985)。
(10) R.D.Pehlke: Unit Processes of Extractive Metallurgy、Elsevier、(1973)。
(11) C.B.Alcock: Principles of Pyrometallurgy、Academic Press、(1976)。
(12) 日本金属学会編:金属便覧、丸善、3版(1971)、4版(1981)、5版(1990)。
(13) 後藤佐吉、相馬良胤著、日本化学会編:金属の化学、大日本図書、(1971)。
(14) 資源・素材学会編:資源と素材、非鉄製錬号、109(1993)、12号。』